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【2023年10月17日、福島取材その1 大熊町大川原地区散策】

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<続き>

 10月17日の朝は6時に起きた。福島にいるときはいつも朝5時には起きるが、昨夜少し飲みすぎたこともあって、この日は6時まで寝ていた。僕はホテルではほとんど熟睡出来ないのだが、この日は朝まで目が覚めることはなかった。酒のせいなのか、定宿があるいわきと違って静かだからなのかはわからない。

 30分ほどで支度をして、朝の散歩に出る。大川原地区に来るのは三度目だが、周囲を歩いたことはほぼない。とりあえず、目星をつけていた1Fが見えるポイントを目指して歩く。

 「大川原地区は復興している」としてやたらとメディアに取り上げられるが、おおくまーとの敷地の道路を隔てた反対側には、人が暮らしている気配のない大きな屋敷があった。ちゃんと管理はされているようで家は綺麗だが、周囲は高く伸びたセイタカアワダチソウやススキに囲まれている。そしてその脇には、「売却物件」と書かれた看板の立つ建物があった。

開店から3年と持たずに「売却物件」となったダイニング大川原。東電の顧客を見込んだ60人の宴会スペースがコロナ禍もあり無駄となったこと、地方としては高めの値段設定などが響いたとも思うが、何にせよ、このエリアで商売は厳しいのかもしれない。

 「ダイニング大川原」。「復興」の象徴としてメディアに取り上げられ、SNSでもそのメニューや食事風景が紹介されたりしていた店だ。夜な夜な役場職員が貸切でどんちゃん騒ぎをしているという噂もあった。ここがオープンしたのは震災から9年の2020年3月。調べてみれば、2022年末には売りに出ていたという。3年と持たず休業、閉店、そして売却。開店とコロナ禍が重なったこと、近くに1000人住む東電社員は、特に1Fの作業員は感染が許されないこと等々、理由を挙げれば色々あるのだろうが、それにしても残念だ。ここを経営していた株式会社サンライフは2015年10月に広野町で法人登録されているが、今、その場所には廃工場が建つのみ。2020年3月に大熊町に移転しているが、その場所は今は売りに出ている。

 これは「復興」ですか?

 いたたまれない気持ちでご立派な大熊町役場を抜け、山麓線(県道35号)へ。たくさんの車が走り抜けていく。ほとんどが商用車に乗った作業員ばかりで、「地元の人」が乗っているらしき車は非常に少ない。帰還しているのは高齢者ばかりだから当たり前といえば当たり前なのだけど。原発事故で町を壊されて、しかし東電の廃炉事業で食べていくしかない現実。

仕事に向かう商用車など。
右が渡部家住宅(登録文化財)。

 登録文化財である「渡部家住宅」の前を過ぎ、東電の社宅前を抜けると、鬱蒼とした森の中へ。そこに大山祇神社があった。ひとまず鳥居だけ撮影し、その先の1Fが見えるポイントへ。森を抜けると、パッと空が開けた。そして、海側を見ると、遠くに1Fの排気筒が見えた。そこで望遠レンズをホテルに忘れてきたことに気付き愕然とするも、気を取り直して、17mmの広角レンズで撮影をした。また今度大川原にきた時は、ここでも撮影をしてみようと思う。しかし、夜来るとしたら真っ暗だろうな… この周囲に数軒家はあるが、人が暮らしている気配はない。

遠くに1Fの排気筒が見える。夜はどのような形で見えるのだろう。
大山祗神社(1655年建立)。

 来た道を引き返し、再び大山祇神社へ。夜は絶対に来たくない場所だが、緑に囲まれ、朝はとても心地がいい。空気が澄んでいるし、野鳥の鳴き声も気持ちいい。しかし手元の線量計の音は早くなる。0.4〜0.8μSv/h程度で、大野駅周辺と比べれば随分と低い数値ではあるが、しかし、埼玉ではこんな数字を見ることはまずない。美しい自然とのそのギャップに、心は締め付けられる。

鬱蒼とした森を抜ける。
社殿は再建されたものだという。杉の木は樹齢400年と言われている。

 山は綺麗だし空気も澄んでいるが、どうにももやもやしたまま、時間も7時半を過ぎたので、宿へと戻った。おおくまーと内のデイリーヤマザキにて、野菜ジュースとおにぎり1つを買い込み、部屋で食べた後、出発予定の8時半に部屋を出た。

<続く>


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