結婚はそれほど悪いものでもないよ
娘が7、8歳のころ、前を歩いていた娘と友達に向かってその友達のママが、結婚なんてするもんじゃないよ、ろくなことがない、と話していてのが聞こえてきた。娘たちはそれに気を留めるわけでもなく、その後普通におしゃべりをしながら歩いていたが、私はその時の一言がずっと引っかかっていた。
娘の友達のママが結婚に否定的なのは理解出来ないわけではない。というのも彼女の両親はどちらもアル中で、彼女は親戚を転々としていたので親の愛情をほとんど受けていなかった。そんな彼女は16歳のころに付き合っていたときに妊娠し、1人で産んで育てたのが娘の友達だった。
驚くことに私の周りには若くして妊娠・出産をしている人がたくさんいて、子供3人父親がみな違う、なんて人も割と多い。うちのステップシスターがね、なんて言葉も普通に飛び交うほど義家族が交錯している家庭も多く、結婚はしていないけど子だくさんの家族もたくさんいる。そして父親が誰であろうと、新しい生命の誕生をみな心から祝福するのだ。父親は誰なの?籍は入れるの?これからどうやって育てていくの?と日本だったら騒ぎになりそうな噂もそれほど立たないのは、どう見られようが関係ないというお国柄と、シングルマザーが得られるベネフィットが充実しているからかもしれない。そもそも、日本のように妊娠=結婚という図式はまずない。
私と夫は私のビザの都合上結婚しなければビザが降りなかったし、(当初夫は私に学生ビザを取得して欲しいと思っていた)一緒に暮らすなら結婚した方がいいよね、と半ば強制的に結婚するに至った。後々考えれば夫は決断力がある方ではないので、私がイギリスに住めるビザを持っていたら結婚していなかったかもしれない。こと子供を作ることに関しても、夫はまだ準備が出来てないの一点張りだったが、私はその時に30を過ぎていたし、あまり遅くなるのは嫌だったので夫も納得して、運よく子宝にも恵まれ、33、36歳の時に出産をした。
子育てが始まってからは、生活が180度変わって夫も私も仲良しカップルからはほど遠く、けんかも絶えなかった。夫婦だけで出かけることもほとんどなく、私たちの生活の中心は常に子供で、空いている時間があれば私は一人の時間が欲しかった。トイレにこもる時間が唯一ホッとできる時間だった。口を開けばお互い文句の言い合いで、いっそシングルマザーになってベネフィットをもらってくらそうか、日本に帰ってしまおうか、としょっちゅう妄想していた。隣の芝は青いもので、どうしてうちの夫は友達の旦那さんのように優しくないの、としょっちゅう比べては落ち込んでいた。
それから数年後、コロナ禍になり、夫が会社に行かなくなって家にいる時間が増えたことで一緒に過ごす時間が増えた。通勤時間がなくなり自分の時間を取り戻した夫はDIYをするようになり、イライラしたり不機嫌になることも次第に減っていった。その後在宅で出来る会社に転職し、仕事用の小屋も建てて自分だけの空間を確保した彼は心にも余裕が生まれたようだ。子供が送り迎えなしに学校に行けるようになったのも大きい。そのためにすべてを中断することがなくなって自由の羽を取り戻した気分になった。
現在私は居間で仕事をしているが、仕事中に夫に会うのは夫がコーヒーを淹れにキッチンに寄るときくらい。同じ空間にいるとはいえ、いつもべったり一緒にいる、という感覚がないのが心地よい。でもね、じゃあなんで一緒にいるの?一緒にいる意味はあるの?というと、言葉で言うのは難しいけれど、お互いの存在が「そこにいつもあるもの(人)」になっているのだと思う。
夫婦だからって同じ趣味がなくてもいい、一緒にテレビを見なくてもいい。私は納豆ごはんが好きだけど、夫は納豆は大嫌い。
夫はベーコンサンドが好きだけど、私はベーコンの臭いが耐えられない。
だけど、夫が納豆を好きになる必要もないし、私がベーコンを好きになる必要もない。
結婚とはそういうものだ。
そこにいればそれでいいんだと思う。
もし結婚に迷っている人がいたら、今なら結婚ってそれほど悪くないよと言える。それに気づくまでに18年かかったけどね。