お金をめぐるクロニクル_

お金をめぐるクロニクル。

父方の祖父母は、岐阜県大垣市に住んでいた。
だから僕たち家族は二人のことを「大垣のおじいちゃん、おばあちゃん」と呼んでいた。

二人は電気店を営んでいた。「ツバサ電気」という名前で、地域では親しまれた店だったらしい。頑固だけど腕のいい技術者だった祖父と人付き合いの上手な祖母の相性も商売にはよかったようだ。一時期は、何人かの従業員を抱えるまでになっていたとか。

ぼくの小さい頃にはもう従業員さんはいなかったけれど、細々と店は続けていて、ぼくは妹と店の中を走りまわりながら何台も置かれたテレビを観たり、おもちゃに入れる電池をもらったりしていた。

大垣のおじいちゃんとおばあちゃんは、そんなぼくたちをうれしそうに見ていた。帰省が終わり名古屋の家に帰るときには「また来てくれよな」と言って握手をして、三階の窓からずっと手を振っていた。

そのツバサ電気が後継者に悩み、廃業になったと聞いたのは、ずいぶん大人になってからだ。父は祖父と意見が合わずに別の仕事を選び、父の弟が継ごうとしたが、時代は変わり、地域の電気店では食べていけなかった。

そうして店をたたみ、晩年、祖父母は老人ホームに入ることになる。
大垣の家には愛着があったからずいぶん抵抗していたが、住居が三階にあった上に階段での上り下りが必要で、足の筋力が衰えてそれがかなわなくなったのが決め手になった。

老人ホームでの祖父は、荒れていた。もともと二人とも「早くお迎えがほしい」が口癖だったけれど、ますます怒りっぽくなり、他の入居者とのトラブルも絶えなかった。

その頃、ぼくはと言えば、会社員をやめ、退職金でいろんなことをした挙げ句、自分探しに行き詰まり、ニート状態になっていた。だから、介護をしている父に付いて祖父母に会いに行き、いっしょにとんかつを食べたり、話を聞いたりしていた。

お年寄りは、だんだんと話すことが同じになっていく。祖父にとってのそれは、いつも戦争の話だった。

意外だったのは、それが明るい話として語られたことだ。
「ハリキリボーイ」と呼ばれ、上官にベルトで顔面を殴打されながらも認められて、だんだんと重要な仕事を任されていく。

クライマックスは砲弾が飛び交う中、部品を運ぶためにどこかからどこかまで走った話だ。その話をするたびに、祖父は当時のスリルを思い出し、声は大きくなって高揚していた。

この話をするのは、大抵二人きりでいるときだった。父が用事から戻って入室すると、祖父の口調からあの興奮が消え、元の愚痴っぽさが戻った。

そうして最後には「がんばれよ」「お前ならやれる」と声をかけられて面会は終わった。ぼくはいい学校に入っていたこともあって、目をかけられていた。「また来てくれよな」とは言われなくなっていた。

で、今日はお金の話がしたいんだった。
長くなったけれど、ここからがその話。

老人ホームの祖父の部屋には、いつもお金を入れた黒いかばんがあった。それは誰も触ることができなかった。銀行に預金を下ろしにいくときにも、自分でやりたがった。

祖父にとって、お金は守り抜いてきた誇りだった。戦時中を生き延び、ツバサ電気を起業し、銀行でも顔パスで支店長に接待される。そういうステータスの象徴だったのだと思う。

だから、銀行に行って本人確認をされると、祖父は憤った。
父がどんなに諭しても「わしだ。通せ」と言って、聞かない。
祖父はまだ社長のつもりだったが、銀行から見れば一人の老人に過ぎなかった。時代は進んでしまっていたのだ。

「お金が喜ぶように遣えよ」

祖父から唯一、お金について聞いたのがその一言だった。
そして、確かに祖父はお金を人のために使っていた。生活は極めて質素で、ぼくたちのお年玉は奮発してくれた。また、一人一人のために預金口座をつくってくれて、そこに相当な額のお金を入れていた。

本当はね、「今年もお金の話には振り回されました」ということを書くつもりだったんだけど、書きはじめたらこんな話になってしまった。

祖父は、数年前に亡くなった。
先に祖母が亡くなり、その半年後に後を追うようにして。

「大垣のおじいちゃん、おばあちゃん」が住んでいた家は、買い手がつかずに固定資産税だけを払い続ける状態になっていて、父はそのことをずっと気にしていた。

でも、この年末にようやく買い手がついて、澤家から離れる。

「これで負の遺産の処理を開始できます。子孫に災いが行くことを避けられそうです」

と父はラインで知らせてくれた。

「おじいちゃん、おばあちゃんが大事にしていた土地なので災いとは思っていなかったけれど、気遣ってくれてありがとう」

と僕は返した。

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