文章は育つのか?それとも…
私、ウルトラパワーブロガーでベストセラー作家の幸坂ゆうあさんに『文章は育つからね』と言ったらしい。
ゆうあさんの記事を参照ください。
https://www.facebook.com/100005862106672/posts/1529328820605840/?d=n
『言ったらしい』と表現したのは、言ったことを覚えていないからだ。
でも、なんだか私が言いそうな言葉ではある。
言葉は案外、放った人より、受け取った人の方が覚えているものなのかもしれない。
あ、でも、言った言わない問題を考えると、言葉を受け取った人の方が忘れているということもあるか。
記憶という観点から観ると、より感情の動きが大きいと記憶されやすい。
ゆうあさんが「いたく感動した」と言ってくれているので、おそらく言葉を放った私より、受け取ったゆうあさんの記憶に刻まれたんだろう。
こうやって、私以外の誰かが私の言葉を記憶していてくれるのはありがたい。
そして、私が放った時の意味と受け取った人が感じた意味が違ってもいいかなとも思う。
ゆうあさんは、過去に書いた文章をご自身で見返した時に、しっかりと今の自分と向き合いながら加筆修正してくれる。
『文章は育つ』というか、文章の書き手自身が変化、成長しているんだから、過去に書いた文章に違和感を持って当たり前だ。
そこに違和感を感じることなく『よく書けてるなぁ』と思ってしまうのはもったいない。
今だからこそ表現出来ることを書き留めるからこそ輝くものがある。
文章を書くのは子育てと一緒で、放置しっぱなしだとよろしくない。
紙の本だと、加筆修正する機会はなかなかないから、私たちの想像を絶する量のやり取りが、作家さんと担当編集さんの間で繰り広げられる。
私の幼なじみがBL作家で商業誌で文章を書いているけども、本当にガチンコのやり取りをしているのを見せてもらったことがある。
文章を生み出す現場の空気を少しでも垣間見れたのは、今の私にとって良い経験だった。
だから、今、ゆうあさんに送るんだったら、『文章は育つもの』じゃなくて『文章は育てるもの』という言葉を送りたい。
言葉は届いた相手先で勝手に育つことはあるかもしれないけど、文章を生み出す人であるならば、育てる観点で文章と接したら、より文章変態ライフを楽しめるんじゃないかな。
私はそんな文章変態さんたちの生み出すコたちを、必要な人に届けるお手伝いをする。
それが一番好きだ。
今日の編集日誌はここまで(*´-`)
またね|´-`)チラッ
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