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此岸の果て(通話・寿命・窓)

 死神は探している。
 街を彷徨って、次の贄を探している。
 魅入られた人間は、彼に呼ばれて、二度と帰ってこない。

 この地獄は、いつまで続くのだろう。
 地獄。いや、これは現実で、どうしようもないほど現実で。何か一つでも良い方向に歯車が回ってくれていれば、もう少し救いがあったのかも知れない。
 でも救いってなんだろう。この現実から、いつか誰かが、掬い上げてくれるかも。いつかって、いつだろう。誰かって、誰だろう。誰を頼れば良いのかな。いつまで待てば良いのかな。自分で行動すべきだって、誰かにも言われたな。何回言われたっけ。そうできてれば良かったな。
 良かったな。
 良かったんだろうな。
 全部、僕の中では過去になってしまっている。
 死んだらどうなるだろう。
 地獄に行くのかな。それとも完全な無なのかな。最近はそればっかり考えている。考えても答えなんか出るはずないのに。ただ、ただ、もう終わりにしたい。そこから出発しているものだから、もうあんまり、意味なんてない。全部に意味なんてない。

 だから、あの噂がやけに耳に残っていたのかも知れない。
 それは何処のかは知らないが、公衆電話らしい。彼に選ばれてしまった人間はその前に導かれる。そこにかかってくるのだと、彼から。そして呼ばれて、その人は何処かに消えてしまう。
 今時公衆電話なんだ、と思った。緊急用とか災害用とかで使うって聞いたことはあるけど、使い方も分からない。そもそも何処にあるんだろう。やけにアナログな神様だな。
 そんなことをぼんやりと考えていた。

 そして今、僕の目の前で、この緑色の電話が鳴っている。
 いつもの駅。いつもの風景。普段気にもとめない、言われてみればあるかもねくらいの。
 公衆電話って大きいんだ。スマホとは大違い。こんな音が鳴るんだ。でも他の人は気付いてないみたい。僕だけに聞こえるのかな。この着信音は。
 誰かが間違えて電話してきたのかも。案外、この緑の大きな受話器みたいのに耳を当てたら、あっすみません間違えました、なんてことも。でもそもそも、公衆電話宛てに電話って出来るものなのかな。
 震える。
 震えるけれど、身体の戦慄きも、有耶無耶な思考も、今までの思い出も、全部が後頭部の彼方に遠のいていくように感じた。
 僕はこの電話を、取らなければならない。
 受話器に手を伸ばす。

「おいで」

 そこからはよく覚えていない。
 気付いたら僕は、小さな部屋にいた。多分、部屋だ。真っ白で、窓一つない。さっき入ってきたと思ったドアも、消えてしまった。
 そこには、一人の少女がいた。
 風貌も何もよく分からない。でも、少女だということは分かった。そして、彼女が死神だということも分かった。彼じゃなかったんだ。
 もう一つ、僕は理解していた。ここはどん詰まりなのだ。前にも後にも、上にも下にも、右にも左にも行けない。何処にも行き場がない。この世の、最後の最後なのだ。
 未練なんて、毛ほども感じなかった。
 ただ、ただ、目も眩む程の白の中で、薄れていく意識の中で、彼女の優しい抱擁を感じていた。
 おかしいな、死神って、もっと恐ろしいものだとばかり思っていた。
 でもこれじゃ、まるで


 彼女は今日もそこにいる。
 此岸の果てに、たった一人で。
 次はきっと、良い人生を。
 そう祈りながら、今日も呼ぶ。

「おいで」


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