見出し画像

夜に舞う(蛾・スカート・再生)

 夜だ。
 何も見えない夜だ。
 誰にも、何も見えない。
 この闇が、私は好きだ。
 この闇が、私を隠してくれる。

 私は夜に舞う。
 昼は嫌い。
 お日様の光は、私の醜さを照らすから。
 大きなお腹。太い手足。ここまで来ると、大きな触角もついているのかも知れない。いくら着飾ってみても、お日様は何も隠してくれない。
 まるで蛾みたいだ。
 昼間は皆に嫌われる。
 だから、じっと身を隠す。
 日の光を避けて、誰にも見つからないところで、じっと隠れて過ごす。


 私は、あの子が嫌いだ。
 綺麗で、ふわふわ飛んで、まるで蝶みたい。
 ひらひらと舞うスカートから覗く足はスラっと細い。
 彼女のお洋服は綺麗だ。何だか儚くて、羽の生えた妖精みたいだ。
 でも私のはそうじゃない。けばけばしくて、薄暗くて、綺麗じゃない。
 彼女は、お日様に愛されてる。
 でも私はそうじゃない。
 羨ましくて、妬ましくて、大嫌い。
 だけど……
 叶うなら、いつかあんな風に昼の光の中を飛んでみたい。
 叶うなら、あんな風に愛されてみたい。


 ある日のこと。
 いつもどおり、誰もいない薄暗い場所から、光に照らされた世界をぼんやり眺めていた。
 そうしたら、ひらひらと蝶が舞ってきた。
 嫌なもの見ちゃったな、と思っていると、彼女の背後にキラリと光る糸のようなものが見えた。
 あっと思った時にはもう、捕まっていた。
 それは彼女を一瞬で絡め取って、無残に捕食していった。
 私は見てしまった。
 衣服のはだけた白い手には、沢山の、ためらい傷があった。


 夜。
 私はいつもより自由だった。
 あの蝶はもういない。
 あの暗い感情ももういない。
 胸は晴れやかに、だからいつもよりも遠く、高く飛べる気がした。
 私は大きな羽を広げ、毒々しく、けばけばしく、嫌うなら嫌え知ったもんか、という気持ちではためく。
 夜の闇に紛れ、初めて自由な気持ちで空を飛ぶ。
 今なら、昼の光の下でも飛べるかも知れない。今なら、皆に愛してもらえるかも知れない。だってあの子はもういないから。

 そしていつもよりほんの少し高く舞ってみたら、音もなく捕まった。
 しっかりと爪が食い込んで、ものすごく痛い。
 首をよじってその姿を見ると、大きなコウモリだった。
 私と同じ、闇に紛れて生きるもの。
 やっと自由になれたと思ったけど、仕方ないか。私は案外、素直に諦めてしまった。

 もし、生まれ変われるとしたら何が良いかな。
 あの子みたいな蝶?
 あんな風に痩せていて、綺麗で、ひらひらと儚げならきっと、生きていても楽しいことばかりだろうな。
 でも、あんなに手になるのか。
 私みたいな蛾?
 太っちょで、夜しか飛べない醜い身体の蛾?

 どっちもイヤだな。



参加させていただきます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?