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孤独

ぼくの孤独の魔法を解いてくれおくれよ

夜の森の静けさを知らない君は、いつも物憂い溜め息で屋敷の窓を曇らしている

きみのその安楽な人生の、一ったいどこに憂鬱の種が蒔かれたといふのだらう

月明かりに照らされて蒼白い肌の華奢な両腕を絹のワンピースの袖から伸ばして、暖かな胸の前で花の根のように腕を組んで項垂れるきみ

羽を開いた蝶のごとく長い睫毛をぱちぱちとさせて、けれどもひたすらに物憂げに、少女は飽きもせず、ため息などついて、いつまでも月を眺めている

優しく柔らかな唇は微かに動いて「どうしてあたしはこんなにも不幸なのでしょう」と呟いた、と森の影に息を殺して潜む僕には見えた

一ったい、君の何が不幸というのだらう

家の中に引きこもるきみに世界の何がわかるといふのだらう

西洋人形のやうな愛らしい顔、瑞々しい若さ、美しく着心地すべらかな着物、女の求めるすべてを、少女には有り余る富と幸福を、きみは既にその拙い両の手に抱えているのに

きみは夜闇の中でなおも陰りを見せぬ向日葵のやうだ

月の光を白粉に変え、鴉の声に鼻歌を歌うきみを、きみの安楽を、世の少女たちがどれほど羨んでいることだろう

どれほどぼくが苦しく感じることだらう

ぼくは太陽のしたにあって影であり、月の光のしたにあってなお小さくみすぼらしい影であった

だからぼくにはきみが輝いて見えた

その輝きを憎悪さへした

きみの美しさがぼくには苦しくてならなかった

ぼくはきみに恋していた

けれどもきみがぼくを見つけることはない

深緑の淵、森の影に潜むぼく、穢れた子、いと卑しき手づつなるぼくをきみが一目でも見つけることはできないだらう

しかし明日は新月の日

ぼくはランタンもつけず、獣の香りを頼りにして森に火をかけ駆けまわらう

業火の先にきみははじめてぼくの姿を知る

そしてこの世で最後にぼくを見たひととなる

それではさやうなら

ぼくは明日を境に旅に出ます。




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