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曇天のそらは晴れて

30年ぶりである。
別に逃げていたわけではない。
逃げていたわけでは無いが、避けてはいたのかもしれない。
微妙なニュアンスの違いという奴だが、とにかく30年ぶりに扉を開いた。

急を要するような状態ではないが、気になる状態ではあった。
しかし、これはきっと面倒なことへ発展するはずだと根拠のない自己防衛本能と自己正当化に浸ること30年。
私は目を背け続けた。

予約をしていた時間の10分前に到着。
かなり久しぶりなので緊張することは織り込み済みで、第一印象がこわばるのを避けるために、全開の笑顔で挨拶をするシミュレーションも前日に済ませてある。題して「笑顔全開挨拶作戦」
30年ぶりだということは、自分にも相手にも微塵も感じさせたくないのだ。

扉を開くと、受付に一人。
受話器を片手に持って、下を見ながら何かに書き込んでいる。
「本日の15時でしたら空いてますが、どうされますか?」
どうやら予約の電話対応中らしい。
私の笑顔全開挨拶作戦はひとまず機を逸した。

電話が終わるのを待って笑顔全開挨拶作戦を再開する。
「あっ、おはようございます。9時で予約した者ですが。」
作戦の成否はひとまず置いておこう。

30分ほどで終了。
30年ぶりの呪縛はいとも簡単に解かれ、帰りの扉は想像以上に軽かった。

初めての体験は誰しも多少の緊張はするものであろう。
そして、何十年ぶりの体験というものも、それに匹敵するぐらい緊張するものである。

そう、それが、たかがずっと気になっていた前歯の歯石取りであったとしてもだ。

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