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ムスメとタマなし、公開告白その後。

高校水泳チームキャプテンミーティングでコーチに時間をとってもらい、皆の前でムスメにI LOVE YOUと宣言したタマなし。それがある金曜の放課後。

逃げ帰ってきたムスメの運転でTarrytownに向かい、ムスコ&Katyaと合流して楽しい二泊三日を過ごした。週末中に噂が広まって大騒ぎになるかと思ったら、拍子抜けなほど何も聞こえてこない。その場にいたスイマー8人。あまりの居心地の悪さに沈黙を守ったらしい。こういうところがスイマーらしいと私は思う。ラクロスとかサッカーチームだとこうはいかない。

それからの一週間。ムスメがタマなしと顔を合わせることもなく、タマなしからテキストとかsnapが入ることもなく。黙っていたErikにも腹を立てていたムスメは、Erikとも連絡を取らず。

やっと一週間後に、ある教室の前でタマなしが立っていて(待っていて?)"Hi"と声をかけた。ムスメは"Hi"と返事して、彼の前を素通り

それから数日後。
"I am sooo done with him!" (もううんざりっ!もうおしまいっ!)
と私に言い、彼とのことは一切話したがらず、何を聞いても
”I don't want to talk about it!"
とけんもほろろ。

一方で、統計学のクラスが一緒のErikとは、宿題のことで話さないわけにはいかなくなり、タマなしのことは一切話題にせずに連絡を再開。

さて。あの告白の日から二週間がたった。

一つ下のスイマー女子が、タマなしにかなり前から入れ込んでいたらしいのだが、その子がなんとHomecoming Partyに一緒に行こうと彼を誘ったのだそうだ。

"I am not going if N is not going." (N=ムスメ、が行かないのなら僕は行かない)

と、バッサリ。つまり行くならムスメとしか行かない、ということ。ちなみにムスメはありとあらゆるパーティ、特に学校主催のパーティは、去年のJr Promでこりごりして、Senior Promにすらいかないと言ってるくらいだからHomecomingなんてもってのほか。

Ryanは私が行かないってわかってるはず。だから彼も行かないってことでしょ。

と、涼しい顔で吐き捨てる。

あの場にいたコーチの一人は。
"You are too good for him." (彼に、あなたはもったいなすぎ)
と、ムスメにテキストしたというし。Ryanがスイマーとしても「一生懸命じゃない」「頑張らない」タマなしだというのが、コーチの目にも明らかなのだと思う。

"He is soooo HOOOTTT!"と悶えていたムスメが、彼のことを"shit head"と呼びはじめた。"shit face"じゃないのは、あの顔はやっぱり好みだからだろう。

Erikともようやくこの件について話をした。どうせムスメは揺るがないのだからと思ってのことだったらしい(実際その通り)が、「でも私が同じことをあなたにしたら嫌でしょう?」と言ったら「悪かった」と謝ったそうだ。もともとErikへはあまり期待してないからいいの、と私に言う。

Ryanがのらりくらりとムスメの立場を中途半端にしたままキスだけはするという状態が気に入らなかったErikは、この一年、卒業するまで同じことをやり返してやれ、とムスメに言ったらしい。ムスメは結構乗り気である。キスをする関係には決して戻らないが、それとなく許すような態度を示してまた突き放す、みたいなイメージだろうと思う。…..やれやれ。ため息。

要するにRyanは、Commitment Phobia (コミットメント恐怖症)つまり深い付き合いを恐れるタイプなのだろう。束縛系の正反対。どっちもどっちだが、私はどっちかを選べと迫られたら、少なくとも好きだから嫉妬して束縛する(=O君)方を取ると思うが、ムスメは束縛系は絶対嫌だと言っている。これぞ究極の選択。私ならCommitment Phobiaなんて論外中の論外である。

三年前のファーストキスから、おそらく私の想像以上のそういう中途半端な関係が延々続いてきたのだとすると、それは私にとってのMTと同じ。だからこそ、何らかの形で思いを遂げないと私みたいに引きずるだろうと思ったのだ。

が、彼女は私のアドバイスを受けて、Ryanに期待できないし気が進まないのに付き合うことにしたら、結局やっぱり同じ結果になったから、もうこれからは自分で決める、と言った。

Jr Promも行きたくなかったのに、皆が行ったほうがいい、せっかくの思い出づくりの機会なのにと言うから、親友のAndreaが行きたいから、という他人の意見優先で決めて、やっぱり後悔したから、もう自分が納得することしかしたくない、と言った。

それでいい。

確かに、ムスメにはそういう傾向があった。が、他人の意見を優先するのは、彼女の友人関係や私が知らない複雑で微妙な社会環境によるからだろうと思ったから、他人の意見に従うことも、つまりはそうしようと彼女自身が決めたことなのだから、と黙っていた。

ようやく「これからは自分で決める」にたどり着いたようだ。いい子だ。よくぞ、そこまで成長した。

ママがこれまでの人生を振り返った時、なんでも自分で考えて決めてきたからこそ後悔がないんだよ、と答えた。自分で決める限り、どんな結果になってもそれは自分の責任で、他の誰を責めることもできない。でも一生懸命考えて決めたことなら、どんな結果がでても受け入れられるもんなんだよ、と。

考えてみれば、私が唯一自分で決断しないで思いもしない状況に追い込まれたのは、今回の離婚。もうExの存在など子供に関係する時しか私の意識に上らないけど、彼への怒りは一生忘れないし、彼のことは一生許さない。そして、一方的に宣言された後は何もかも自分一人で決めてきた。

今日、ムスメの運転でランチのギリシャ料理をtake outした。冷静に運転する彼女の横顔を見て、思わず口からこんな言葉がでた。

"I am proud of you." なんていう陳腐な言葉じゃ表現できないくらい、ママはあなたがこんなに立派に育ってくれたことが嬉しい。ママはもう何もあなたのことは心配する必要ないと思ってる。第一志望の大学に入れなくても、なんにも心配じゃない。どこの大学へ行っても、あなたは大丈夫、立派にやっていくってわかってるから。

昔の日記を読んでわかったけれど、ママという人間の核は15歳の時に形成された。17歳のあなたの核を見ているママが、太鼓判を押してあげる。

忘れないように。あなたのママは大した人なのよ。そういう人が太鼓判押すんだから、何も迷わず自信を持って信じた道を歩みなさい。

"….Thank you, Mommy. I love you very much."
"I love you, too, sweetie." 











ただただ好きで書いています。書いてお金をもらうようになったら、純粋に好きで書くのとは違ってくるのでしょうか。