見出し画像

小学生に教える、ということ。と、勝利至上主義。

小学生の部活動がなくなっていくということをだいぶ前に聞いた。全国的にはどうか知らないけど、実際に私の住んでいる地域では小学生の部活動はなくなったらしい。

私の住んでいる地域では、小学4年生から部活動が始まる。絶対入らなくてはいけないわけではなかったけど、とりあえずみんな何かしらの部活に入っていた気がする。

遡ること20年近く前、私は小3のときの担任の先生の一言でバスケ部に入ることに決めた。

「体育のバスケ上手だったからバスケ部にしなよ」

私、バスケ上手なんだ!そうだったんだ!バスケ部にしよ!そんな軽い気持ちだった。人生が変わった瞬間だった。

人生で感謝している人と言ったらたくさんいるけど、人生を変えてくれた人といえば、私にとってはこの小3のときの担任の先生なのだ。元気かなあ。

そんな軽い気持ちで入ったバスケ部。そのうちに部活だけではなくクラブチームにも入ることにした。全国大会を目指しているチームだった。

めっっっっっっっちゃ厳しかった。365日中、360日は体育館にいた。当時は体罰も問題にはなっていたけど「強いチームは体罰あっても当たり前だよね」という空気だった。私も、私の親も、そう思っていたと思う。私も殴られたこともたくさんあった。怒られないように、プレイをしていた。

私は、自慢じゃないけど、ちょっぴり自慢だけど、勉強ができた。頭が良かった、というよりは小学生の女の子特有のちょっと早熟だったんだと思う。

バスケの練習も同じだった。練習は上手だった。お手本係に任命されたこともある。

でも、対人プレイになると急にできなくなった。練習では完璧にできていたはずなのに。怒られる、と思うと体がかたくなってミスをする。怒られる。また体がかたくなる。頭が真っ白になる。負のループだった。

そんな私を見て、「できるはずなのに」とコーチ達はもどかしかったのだろう。くっそ怒られ続けた。

毎日怒られ続けていたから、当たり前に辞めたいと思っていた。でも辞めなかった。小学生なりにプライドがあったから。

一度だけ、「やめる」と言ったことがあった。練習もサボった。

練習中に派手にぶつかって頭を打ってしまい、念のため、といって病院に行った。病院の先生には「異常はないけど、今日は安静にしていてね」と言われた。練習さぼれる。ラッキー。そう思った。体育館に戻り、その日の練習は見学した。

その次の日だった。また念のため病院に行ってから、練習に行った。そうしたらめちゃくちゃコーチに怒られた。

ラッキー。と思ってたのがバレてたんだと思う。そういう態度が気に入らなかったんだと思う。その日は練習をさせてもらえず、ずっと立たされた。

そしてさらに次の日、練習をサボった。親に「やめる」と伝えた。

練習や試合でどれだけ怒られても耐えられた。でも、これはなんかわかんないけど、耐えられなかった。

だってお医者さんは今日は安静にって言ったもん。ラッキーって思ったのは事実だけど、私悪くないもん。

自分の中で、うまく消化できなかった。みんなの前でそんなことで立たされたのもプライドが傷ついた。

まあ、結局は他のコーチに説得されて辞めなかったんだけど。

最終的に全国大会でもそこそこの成績を残せた。私自身も高校3年生までバスケを続けた。青春はバスケに捧げたと言っても過言ではない。あのとき、辞めなくてよかった。

結局何が言いたいのかというと、小学生に教えるって難しいことなんだな、と思う。

私も高校生になって、やっと小学生のときのコーチの言っていた意味がわかったり、なんで自分がミスをしていたかわかってきた。大人になってわかったこともある。今考えると、ということがたくさんある。

私は、負けず嫌いだった。でも、今考えると人より上に立つのが気持ち良かっただけ。抜かれてもなお頑張り続けるのは得意じゃなかった。

私も最近気付いた。きっとコーチも私のことを負けず嫌いの子だと思っていただろう。私もそう思っていた。だから、いっぱい怒って「なにくそー!」って頑張って欲しかったんだと思う。

実際の私は、負けず嫌いに見せかけたプライドだけ高い豆腐メンタルだった。

私は、勉強ができた。大抵のことはうまくできたし、先生の言っていることも理解できていた。

本当に?

表面だけ理解して、根本を理解できていたことなんてなかったんじゃないかな。

今考えると、全部、全部、アンバランスだった。

当たり前だ。小学生の女の子だもん。どんなにしっかりしていても、しっかりしているつもりでも、まだ子どもだし、逆に言ったら子どもだと思っていたのが、数日で急に大人びたりする。そんな年頃。

また、それに自分自身が気付いてない年頃。

自分が思っていること、感じていることがうまく整理できていなかった。

周りから見られてる自分、私自身の理想の自分、そうでありたい自分、そうなれない自分、実際の自分。ぐちゃぐちゃだった。

自分自身でもわかっていなかったし、わからないことにもわかってなかった。

そんな小学生に教えるのは大変なことだと思う。コーチ達、先生達、すごいなって思う。

まとまらないなあ。

けど、昨今言われている勝利至上主義。これは別に私は悪くないと思う。

誰よりもうまくなりたいもん。勝ちたいもん。そのために頑張ってるんだもん。それの何が悪いの?

私のチームは日本一練習したと思う。日本一になるために。なれなかったけど。

仲良しこよしのプレイがしたいならそういうチームに行けばいい。私は、バスケを始めたのもクラブチームに入ったのも辞めたいと言ったのも辞めなかったのも全部自分の意思だ。

周りの大人は、そんな子どもの声に耳を傾けて欲しい。でも、ときに子どもは自分の意思がわからなくなるから、きちんと整理するお手伝いをしてあげて欲しい。小学生も高学年になれば、個人差はあると思うけど、自分で自分のことは決められるはず。

そして、自分で決めたことなら後悔しない。したとしても、小学生ならまだ次に活かせる。活かさなきゃいけない。

私自身、小学生のバスケ生活は苦しかったこと、悲しかったことの方が多い。でも頑張ったことは胸を張れる。思い出すと今でも泣けてくるぐらい辛い経験も多いけど、大人になって整理できるようになって、そんな辛い経験も愛おしく思えてくる。

でも、体罰はだめ。あと、人格否定することはだめ。

子育てとか教育ってある意味洗脳だと思うし、私は洗脳されてんのかな。

やっぱり小学生に教えるのは難しいなあって結論に至るのであった。完。

長いな、おい。




この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?