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白浜小学校前の浜

西表島に行くと必ず行く場所はたくさんあって、その中のひとつが白浜小学校前の浜である。
小学校の目の前に世界遺産の海が広がる場所だ。
干潮になるとマングローブは足を伸ばして悩ましい足が我先にと海から現れ、湿り気を残すクリーム色の砂はあっという間に太陽の光に照らされて生成りへと変化し、サラサラと音を立てて風に乗って風下へと転がりマングローブの足にたどり着く。
泳ぎの苦手なミナミトビハゼは水を求めて小さな潮溜まりに一目散で飛び込む。1匹、2匹の話ではない。あっちもこっちも跳び跳ねて水面はいつまでも忙しく波打つ。
海だった場所に小さな陸が出来て、海に細い川が現れる。わざと水っぽい砂を選んで時折足を取られ、負けじと前進すれば海に足跡が残るようで面白い。

小学校の目の前に見事に育ったマングローブと海が広がるロケーションは島の学校ならば自然なのだろうが、盆地育ちの私にとっては非常に不自然な光景だ。
絵や文章を書く事が好きな私が、もしも毎日この景色を見ながら学校生活を送っていたら、もっと生き生きとした絵や文章が書けたのにと思うから悔しい。

昨今、学校の校門は防犯のために硬く閉まっている事が多く、近所の小学校も例外ではない。しかし、白浜小学校の門がしまっている所を見たことがない。そもそも白浜小学校に門扉があったか覚えがない。
コロナ禍で訪れた時も、いつもと変わらない門構えで世の中が混乱している事など相手にしない素知らぬ顔だった。平和で穏やかで雑踏から一線を引いて佇む校舎は西表島のシンボルだ。

猛烈な台風が去った翌朝も、数時間前の強風が夢かと思うほど穏やかな波の音が一定のリズムで流れ、静かな空気が全てを占領する平和な時間がそこにはあった。
台風の事などすっかり忘れて磯遊びに夢中になっていると、母から「台風は大丈夫ですか?母は少し、父は大いに心配しています。」と神妙なメールが入り、ハッと我にかえる。
昨夜の台風の雨戸を拳で殴り続けられるような轟音を思い出しながら慌てる素振りで母に電話をかける。
ホッとした声がバレれないようにか母はいたって冷静に、「心配しました。」と言う類いの小言が絶えない。「はい、はい。ごめんね。」と空返事のその先にあるものはテケテケと歩くヤドカリの背中を追いかけ続ける私の忙しい右手だった。

梅雨が明けて、沖縄に台風か近づき始めると無性に白浜小学校前の浜に降りたくなる。

白浜小学校前の見事なマングローブ