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さなぎの森

我が家のガジュマルの木がサナギの森になった。

数年前に近所の花屋で買った時はポテッと小ぶりの足が爪先立ちしただけの可愛らしいガジュマルだったが、今やアゲハチョウのサナギを適度に隠す葉っぱが青々しく、幹はサナギを支える糸を力強く受け止めるほどに太く成長した。

せっかく我が家の軒先で3週間近く同居した青虫たちのアゲハチョウになる姿を見たい。
絶対に見たい。
こちらの都合で恐縮ではあるが、羽化の瞬間を見逃さない場所でサナギになるように、さりげなくあくまでも自然にガジュマルの木を青虫にチラつかせる。このガジュマル、糸かけにオススメですよと猛アピールである。

前日まで爆食だった青虫が動きを止め、半日以上動かなくなる状態はワンダリングに入る序章のようなものだ。ワンダリングとはサナギになる場所を探しまわる青虫の行動のひとつである。
青虫は飲まず食わずでジッとその時を待つ。
水っぽいフンをするとワンダリング開始の合図だ。
短い時で2時間、長いと4時間ノンストップのウロウロタイムである。

あっちウロウロ、こっちウロウロ。

トイレにも行かず、食事もそっちのけで付き合う。
青虫は「お母さんにたくさんウロつくのよ。出来るだけ遠くに行きなさい。」と言いつけられて産み落とされたに違いない。こちらが発狂しそうなウロつき具合であるから、とにかく疲れる。
ガジュマルの木とは方向違いに進む青虫を優しくすくっては、ガジュマルの木に移動させる繰り返す。
悲しいかな言うことなど聞いてはくれない。

さまよい疲れて引っ付く力も底をついたクタクタの青虫をすくい続ける続けること数時間、ワンダリングがウソのように動きが止まる。

サナギになる場所が決まった。

青虫はさらに約2時間ほどかけて糸かけに支障になる障害物がないか、お尻はしっかり固定しているかなどサナギになる準備に余念がない。
その間もガジュマルの木は堂々と青虫達を見守り、羽化まで隠し続ける約束をしているかのように青虫を包み込んでいた。

印象的だったことは半年ほど前からガジュマルの幹からヒョロヒョロとした細い根っこが生え、土に足を付け、成長著しい根に成長したその根で青虫がサナギになったことだ。
頼りなかった細いひげの根っこがサナギの糸を受け止め、羽化の瞬間に立ち会った。
ガジュマルを買った時には想像もしなかった出来事が小さな世界で起こっている事実が心をワクワクさせた。

今年、ガジュマルの木でサナギになった青虫は8匹である。
皆、立派なナミアゲハとなり広い世界に飛び出した。

「私も連れてって。」と何度も叫んだ。

空高く、見えなくなるまでアゲハチョウを見送り、ふと目の前のガジュマルに目をやると、留守になったサナギの森は抜け殻を大事そうに抱えた新しい細いヒゲを生やして風にそよいでいる。

来年はきっとこの新しい根っこでサナギになる青虫がいる。
来春が楽しみで仕方ない。
細い根っこは、すでに土に足を付け大地を踏みしめていた。

さなぎを隠しているガジュマルの木