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【読んだ】くもをさがす

おすすめ度 ★★★★★+★

今年イチの一冊になるかもしれない。
素晴らしい本だった。すべてのエピソードが、1文1文が、自分のために書かれているようにザクザク刺さって、読みながら、読んだ後もじぃーんと痺れていた。
最初から最後まで、本当に真っ直ぐで、力強くて、人間らしくて、美しかった。
この本を読めてよかった。西加奈子さんに心からの敬意と感謝を伝えたい。


各所で話題になっていたが、これはコロナ禍の最中、在住していたカナダで乳がんを宣告された著者の初めてのノンフィクション作品だ。
カナダ、コロナ禍、乳がん。

話は、乳がん発覚から治療を終えるまでが時系列で、事細かに書かれている。日記のようでもあり、エッセイのようでもある。
ただの闘病記録でもなく(そもそも著者は「闘病」という言葉を使わないようにしている)、時にカナダの医療体制や政治について、日本との比較文化、その時発生していたニュースについても言及されたりする。
それが一つ一つ共感の嵐なのだ。

40代には40代に向けた「適切な」コーディネートや髪型があり、老けて視えてはいけない。つまり「オバ見え」ではなく「若見え」を目指すべきだ。だが、年齢を考えず、好きな服や髪型にトライするのは危険だ、なぜならそれはあなたを「イタいおばさん」に見せるから。
40年以上一生懸命生きてきたんやから、ええ加減好きな格好させてくれや、と思うし、私は、自分の好きな格好をしている。

平日を選んでも、新宿駅には目が回るほどの人がいた。その人混みの中、S(息子)を連れて歩くのはほとんど罰ゲームのようだった。嫌だったのが、自分が本当に危ないと、申し訳ないと思って声を出すときではなく、
「母親として危ないと思っていますよ〜、ちゃんと注意していますよ〜、申し訳ないと思っていますよ〜。」という、周囲へのアピールのために声を出しているときだった。


著者にはとにかく友だちが多い。
一人ひとりの友人や、家族についてこれでもかというほど詳しく書かれている。友人だけではなく、医師や看護師もちゃんと名前付きで登場して、あれこれエピソードが書かれている。
色んな人が彼女を励まし、助け、支えてくれているのだけど、彼女が愛されるのは、彼女が周りを愛しているからだと思う。
文章からその想いが溢れている。私は彼女でもないし友人でもないけど、その想いにあてられて何度もじんわり温かい気持ちになった。
これは引用のしようがないので、ぜひ読んで欲しい。


ガンについての描写もすごい。
ガンが発覚してから、抗がん剤治療が始まるまで、始まった後、終わってから、、、と細かいフェーズで事実と心理描写がされている。
ガンになったこともないし、カナダに行ったこともないのに、自分が疑似体験しているかのように感じる。本を読むと、知らなかった世界を知ることができると言うけれど、本当にその通りだと思った。


どのページを開いても心に残しておきたいものばかりなのだけれど、そんな事はできないので少しだけ。
ここだけみてもピンとこないと思うから、みんな、読もう。買おう。

「「恐れを知らない」というのは、「恐れない」ことではありません。
それは「恐れ」によって、自分がやるべきことを減じられることがないということです。恐れを感じつつも前進することなのです」

ラヴィー・アジャイ・ジョーンズの言葉(文中引用)

例えば私は自分のことを「日本人」だとすら思っていなかった。(中略)少なくとも私は、自分が日本人であることをこちらに来て初めて意識することになった。(中略)
自分の他者性を捨てることでみんなと近づき集団に溶け込むことは、息をすることを楽にした。それは同時に、他人の他者性を忘れ、マイノリティの存在をなきものにすることを受け入れることだった。

最後に一番好きなエピソード。
著者が、抗がん剤治療に当たって、看護師のサラに「漢方はやめて欲しい」と言われたときのこと。著者には信頼している漢方医がいて、精神的にも支えられていたので辞めたくない、と伝えた。

そうすると、サラはあっさりとOKを出す。え?いいの?と拍子抜けするとこう言うのだ。

「もちろん、決めるのはカナコやで。」
サラは、私の目をまっすぐ見つめていた。
「あなたの体のボスは、あなたやねんから。」

つい忘れてしまいがちだけど、医療に限らず、自分の体のボスは自分なのだ。それは他者においても同じ。
自分のことを内側から見つめてあげられるのは、自分だけ。
自分のことを決められるのは自分。

あぁ、やっぱり良い、この本はずっと手元に置こう。

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