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【読んだ】怒らないこと―役立つ初期仏教法話

おすすめ度 ★★★☆☆

怒らないためには怒らなければいい???

アンガーマネジメント的な本はいくつか読んだけど、それとは一線を画す仏教法話でした。

怒らないためには、怒らなければいい

え、いやちょっとわからない。真理すぎて。
首尾一貫してひたすら「怒らないこと」を説いています。

だんだん、そんな気がしてくる

途中までは、疑り深い人間なので「無理でしょう、人間だもの」という気持ちで読んでしまいます。
でも、ひたすら怒ることの愚かさを説かれているうちにじわじわそんな気がしてきます。


他のアンガーマネジメント系だと、「怒る感情は自然なものなので仕方がない、どうコントロールするかが大事だ」というテイストが多いんですが、この本は怒りの感情そのものを否定している。

すべての怒りは無条件にダメなもので、自分も他人も不幸にすると言い切っています。
正当な怒りなんて存在しないと。
怒る人は無知で愚かで頭が悪くて敗北者だと、もうケチョンケチョンです。

だから、コントロールしたりごまかしたりするのではなく、そもそも怒らないようにしましょう、と語られています。

うーん、うまく伝えられない。
でも、読んでいるうちに「そうかもなぁ」という気がしてくるんです。
これが何千年もつづく法話の力か。

正しい怒りは存在しない

「怒りたくないのに怒ってしまう」のは嘘だ、と著者は述べます。

あなたが怒ったのは、怒りたかったからでしょう?「怒りたくない」などというのは嘘ですよ。本当に怒りたくないと思っている人は、自らを戒めて注意深く過ごすので滅多なことでは怒りませんし、怒ってしまったら恥ずかしくてシュンとしています。

第一章 「怒り」とは何?

いやー、言い切った。

でもまあ本当にそう。怒ったときはなんとか自分を正当化しようとしてる。「これはあいつが悪いから怒ってるんだ」
「母親として、ここで怒らなきゃ」
「怒りを表さないと社会は変わらない」とかね。

自分が正しいとおもうから怒る

本では、怒りは「私が正しい、相手が間違っている」という感情からくると述べています。
あるいは、「自分は〇〇だ」と自分に対していろんな概念を持つ=エゴがあるからとも。

THE法話という感じですが、うん、、、確かに私が怒る原因は大抵そう。

「私は家事をこんなにやってるのに」
「私が女だからこういう目にあう」
「私にはスキルがあるのになぜ雑務をさせるんだ」などなど

思いあたる節が沢山あります。

試してみたら、いい感じかも

というわけで、一旦わかるとこだけでも試してみよう。
怒りの感情はすべて不当なもの、自分を不幸にするものだと捉えて、そもそも怒らないようにすればいいのですね。
でも、どうやって?

本に書かれた方法は、アンガーマネジメント系にあるようなノウハウとは違って、今の瞬間の自分に気づくこと なんだそうです。ムズ。

怒りが生まれたら、「あっ怒りだ。怒りだ。これは怒りの感情だ。」とすぐ自分を観てください。怒りそのものを観察し、勉強してみてください。
「今この瞬間、私は気持ちが悪い。これは怒りの感情だ。ということは今、私は怒っているんだ」と外に向いている自分の目を、すぐに内に向けてください。(中略)
そうすると、怒りは生まれた瞬間で消えてしまうはずです。

第4章 怒りの治め方

いやいや無理無理。
アンガーマネジメントでも「6秒まつ」とか「怒りに点数をつける」とかやったことあるけど、そんな簡単に消えなかったよ。
と思ったけど、試してみる。

あと、「地球のような心を持つ」というのもある。
人が地球に腹を立てて、鍬でグサグサ穴を掘ったとしても、地球を破壊することなんてできないでしょ、だから地球の心を持ちなさいということらしいです。わからん。
でも要は相手の怒りを受け取らないことかなと理解して試してみる。私は地球。

試してみたら、意外といい感じでした。

例えば今日も自転車で走ってたら車がマナーの悪い運転をしてきたんですが
「ふむ、今イラッとしているな、たしかにこの感情は気持ち悪い。醜いし不快だな」と思ったらスルーできました。

息子に「宿題やろうと思ってたのにお母さんのせいでやれない!」と言いがかりをつけられたんですが、
「あなたの八つ当たりを私は受け取りませんよ、勝手にイライラして怒っていて哀れですなぁ」と思うと、放っておけました。

いい感じだし、心も晴れやか。

もっと大きい怒りがきたときに、どうなるかわからないけれど
今までのアンガーマネジメントとは少し違う気がする。(本を読んだ直後って大抵そう感じる気もするけど…)

相手に鏡を見せる?

怒らないでいると、そこにつけこんでやりたい放題してくる人がいたらどうすればいいのか。これも書いてあります。

それが、「相手に鏡を見せる」こと。自分がやっていることが愚かなことであると気づけるように鏡を見せる。

うーん、わからん。
やられたことをやり返したり、反対したりするのとは違うらしいです。

ののしられたことに反対に悪口を言ったり、自分を弁解したりすると相手の怒りをまるごと飲み込んだことになります

第4章 怒りの治め方

うん、わかる。言い返すと悪化して、お互いにイライラが募るよね。
対して、鏡を見せるにはこうする。

罵っている相手に対して「ああ、そちらはすごく怒っているのだ、苦しいでしょうね。手も震えているようだ。簡単に怒る性格みたいです。これからもいろいろ大変なことに出会うでしょうね。それで大丈夫ですか?心配ですよ」のように、とにかく相手が言うことに反論せず、相手の心境を善悪判断しないで心配するような気持ちで説明してあげればいいのです。

第4章 怒りの治め方

うへぇ。なんか…ひろゆきみたい。。。
たしかにこういう反応されたら怒ってる側が負けた感あるな。
めっちゃ火に油注ぎそうだけど、一回これも試してみよう。

悟りは果てしなく遠いけど

仏教法話なので、最終ゴールは常に悟りの境地、お釈迦様がお手本です。
正直とても無理よ〜という話も多いです。
だって人間だもの。

すべてを赦し、慈しむ。
すべての命の価値は等しく、競うことはない。
生きがいなどにこだわらず、どんな状況も否定せず受け入れよう。

みたいな。
私は人間なので、許せないこともあるし、競うことによって成長することもあると思うし、生きがいがあるのは素敵やんと思う。

悟りの境地に至れれば、心穏やかで幸せなのかもしれないけど、地球上のみんながそうなっちゃったら科学の進歩なんかも無くなっちゃうよなぁ
とも思う。まぁ、みんなが悟れるなんてことはないか。

そんなわけで悟りは果てしなく遠いけど、心穏やかではありたいので、自分の中のエゴをもう少し謙虚に見つめていこうと思います。

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