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「疎」をさりげなくつくる  ~安心で心地よいパブリックスペース~

仁井谷 健 
日建設計 都市部門 ランドスケープ設計部
ランドスケープアーキテクト

私たちランドスケープアーキテクトは、建築や都市開発のプロジェクトを通じて、土地の自然や文化に根差した風景や、都市の憩いの場となる屋外空間をデザインしています。

また出来上がった空間が、雨風に晒されてどう変化していくか、植えた木がどう育っていくか、さらには台風などの自然災害にどう付き合っていくかなど、竣工後、重ねていく「時間」に向き合ってデザインしています。

そこへさらに「感染症の拡大を防ぐ」という要素が加わり、ランドスケープデザインに何ができるか、考えたいと思います。


“8割減”の生活が教えてくれた、外出すること・人に会うことの価値

2020年3月以降、子供も大人も第二の居場所である学校・職場が閉鎖され、自宅での生活を余儀なくされました。

緊急事態宣言下では、多くの店舗・施設等が閉鎖された一方、家で閉じこもる生活の気分転換に、近くの公園や最寄り駅近くの商店街へ、マスク着用で足を運ぶ人々の姿も多くみられました。

いざ行動制限を経験してみると、今まで当たり前だった屋外で時間を過ごすことの豊かさや、人と顔をあわせることの貴重さに気づかされた、という人々も多くいらっしゃるのではないでしょうか。

当面、私たちは感染症のリスクと背中合わせで、日々の生活や経済活動を続ける必要があります。人との接触に気をつけつつ、心身の健康を保っていくためには、例えば建物内で完結していたアクティビティを屋外環境へ広げるなど、安全性が確保できる適切な密度感という視点に立った対応策を考えていく必要があります。

また限られた都市空間の中で、それらの「ニューノーマル」なるものをどうストレスなく実行に移すか、手探りの状態が続いています。

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写真1:緊急事態宣言下、都内の公園には多くの人々が集まった(芝公園)


安心で心地の良い「疎」をつくることを促すデザイン

~自由に居場所が選べること~

「ソーシャルディスタンス」という言葉が世間一般に認知され、人と人との間隔をとるべく、ベンチの利用を一個飛ばしに制限するなどの対策がとられるようになりました。そのような急ごしらえの対策を経て、都市の様々なところで「×」印のついたベンチを見るようになりましたが、感染症の拡大を防ぐ社会の出口が見えないなか、「制限」一辺倒で社会をまわしていくのは、なかなか難しいものがあると感じています。

その「制限」によるストレスをやわらげるような空間とはどんな空間だろうか、と考えているうちに「気がつけばソーシャルディスタンスがとれている状態」ができれば、安心で心地の良い「疎」がつくれるのではないかと考えるようになりました。

安心で心地の良い「疎」で連想されるのは、京都の鴨川の風景です。気候の良い季節になると、鴨川の河川敷に座る人々が等間隔で並ぶという逸話があり、その様子を題材に、人間の文化人類学的な人と人との距離感の取られ方について語られてきました。

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写真2:河川敷に腰かけ、ひと時を過ごす人々(京都・鴨川)

また、都市の良質なパブリックスペースの事例として、近年よく紹介されているニューヨークのブライアントパークでは、そこで過ごす方々をよく観察してみると、おひとり様やグループ同士の間には一定程度の距離が保たれていることに気づきます。来園者が園内に用意された可動椅子を動かして居場所を選んでいるのですが、無意識のうちに、他の人の邪魔にならないような距離を保つことや、他のグループの視線や会話が気にならないことなどを配慮した結果、こうした自然発生的な「疎」の状態が生まれているようです。

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写真3:利用者が可動椅子で一時を過ごす場所を決める(ブライアントパーク)

考えてみれば私自身、花見やピクニックのとき、周りにどういう人たちがいるか、また距離感といったことを意識しながら、ゴザを敷く場所を決めるように、「自由に居場所を選べる」状況下で、人間がおのずと「心理的な安心感を得られる距離感をとる」習性があることは、万国共通なのかもしれません。

これまで、一人分の仕切りがない長ベンチや可動式の屋外家具などは、建物の管理上や防犯上の観点から敬遠されがちでした。

しかしながら、現在の「感染症対策×都市生活の継続」といった状況下では、利用者が能動的に場所を選択でき、心地よさを損なうことなく適切な密度感をつくりだす「疎」を促すデザインが、感染症の拡大を防ぎつつ、都市生活を送る上で一つの有効な手段と考えています。

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写真4:斜面に設えられたコンクリートの長ベンチは、ここへ来た目的や
グループの人数・属性を問わず、居心地のよいひと時を提供している(柏の葉アクアテラス)


~屋外空間の「使いこなし」に呼応した、街と建築の境界のあり方~

これまでも、街の賑わいづくりの観点から、屋外空間の活用が進められてきました。しかし、梅雨と蒸し暑い夏があり、蚊の活動も活発な日本では、気持ちよく外部で過ごすことができる期間は短く、オープンカフェ等の屋外利用が文化として根付いているとはいえないのが実情です。

これから、道路空間ないし、パブリックスペースの「使いこなし」が進んでいくとすると、少しは不便なところがあったとしても、「使える」「集まれる」それでいて、「安全」な外部空間がこれまで以上に価値をもつようになります。そうしたときに、建築の足元周りのつくりかたや、街と建築の中間領域のデザインのあり方は変わっていくでしょう。

例えば、低層部に商業店舗が入る建物では、今まではフロアの利用効率を重視して、整形な平面計画だったものが、屋外と接する境界面をより多くとった計画の方が、屋外にアクティビティを出しやすい、床面積以上の利用を図ることができる建物、という評価に変わる可能性があります。

こうした「境界のあり方」の変化は、新しく建物をつくるときだけではありません。例えば、既存のビルの建物と道路の間に、ベンチを置くだけでも、通行のためだけの空間から、「ひとの居場所」をもつ空間へと、そのふるまいを変えることができます。

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写真5:期間限定で設置されたベンチに多くの来街者が腰かけ、思い思いに時間を過ごしていた(東京・京橋)

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写真6:フェンスで囲われていた調整池が憩いの場へと更新され、ひとの居場所をもつ空間に生まれ変わった(柏の葉アクアテラス)


都市の身近な場所で、新緑や花などの植物の彩りや、頬をなでる風を感じながら、家族や友人、同僚と気持ちよく過ごす。With/After COVID-19の時代においても、緑豊かな屋外空間が、都市での暮らしに豊かさをもたらすことは揺るぎないでしょう。

空の下、都市で生活する方々に寄り添う「ひとの居場所」を生み出し、そしてそこに「疎」をさりげなくつくりだすこと。私たちは、時代の要請や社会の変化にも対応でき、人々が安心して気持ちよく過ごすことができる屋外空間づくりのパートナーとして、クライアントの皆さんとともに、パブリックスペースのデザインに取り組んでいきます。


★ポートレート

仁井谷 健 
日建設計 都市部門 ランドスケープ設計部
ランドスケープアーキテクト
オフィスビルや大規模複合開発、大学キャンパスのランドスケープデザインを担当。ランドスケープアーキテクトの立場から、都市の暮らしに彩りを添える広場のデザインに取り組む。


写真4:©Forward Stroke inc.
写真6:©Forward Stroke inc.


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