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Biophilic Design  ~自然と交感する建築~

杉原 浩二
日建設計 エンジニアリング部門 設備設計グループ
ダイレクター

コロナ禍の最中、家に閉じこもってこの原稿を執筆している今、安心して気持ちよく働ける場所があればいいなと切に思い、人や自然との直接的な繋がりを求めている自分に気付きます。
これからの働く場は、それがどこであれ、より人や自然との繋がりを重視した設計が求められることになるでしょう。
Biophilic Designとは、生命や自然との融合を志向する建築デザインのことです。建築と設備の設計においては、新しい概念でも回顧的な思想でもなく、普遍的なテーマと言えます。生物や植物の形態にみられる合理性や生態系のもつ循環性などを設計技術として建築に活かすことは、いつの時代も我々エンジニアに求められる責務であり、持ち合わせなければならないセンスであり、それが建築の固有性と多様性を生み、有形無形の豊かさや繋がりを創出するのだと思います。
ここでは、ウィルスも自然の一部として捉え、感染対策とも親和性の高いデザイン手法として、バイオフィリックデザインの実例を紹介します。

自然の形態の合理性を応用し、風を取り入れる

ヤンマー断面

図1:ヤンマー本社ビル

自然のデザインやプロセスを模倣する、いわゆるbio-mimicryと称される手法は、建築デザインにおいては、建物の構成要素に部分的に適用されるに止まらず、建物全体のDNAとして組み込まれるべきものです。冒頭の写真と上図に示す事例(ヤンマー本社ビル)は、直接的・間接的なbio-mimicryの要素が、人と自然と都市の繋がりを求めた都市型環境共生建築として、系を成しているものです。
雨水利用率100%の大規模壁面緑化は、都心の風環境と温熱環境を改善し、日射を遮蔽しながら光と影の揺らぎを提供し、外と内を柔らかに繋ぎます。そして植物や貝殻にも潜在するフィボナッチ数列の螺旋階段は、効率的・一方通行的に自然の風を取入れる器官として機能します。その最上階にある屋上庭園の都市養蜂は、花を携える壁面緑化や外構と共に、受粉を媒介するミツバチによる都市のエコロジカル・コロニーを形成します。
都心に息づくこの建築は、増大する都市活動のエントロピーを再利用しており、都市排熱を地中から汲み上げ、都市廃棄物(廃食油)をエネルギー源として利用し、CO2排出量の60%削減を実現しています。

素材の魅力を引き出し、室内環境を整える

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写真1:木材会館

Biophilic Designの本質は、自然の要素を無作為に取入れるのではなく、その特性を引き出し、活かす形で組み立てることにあります。上の写真に示す事例(木材会館)は、木という素材にこだわり、都市における木利用を一般化する試みであり、日本古来の木の文化に根差した環境建築を示す試みでもあります。四季のある日本の気候に適した木のポーラスな中間領域は、ワークプレイスに自然を適合させる仕組みであり、自然を身近に感じ、知的生産性の向上にも寄与する光と風とコミュニケーションのテラスになります。
内外装の木壁・木天井は、木材の持ち味を生かすために極力不燃化しない無垢材を用いることを目指し、避難検証と耐火検証を駆使しています。また、鉄骨梁に被せる内装木を、木ダクトとして利用しています。この木ダクトは、木材の持つ断熱性と調湿性により、室内温湿度の安定性にも寄与します。感染対策の基本は人が健康でいられる温湿度環境を整えること。人が快適と感じる湿度領域は、逆にウィルスや病原菌の増殖には適していないそうです。

水の循環系をデザインに投影し、快適な半屋外空間を提供する

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写真2:押上自転車駐車場

働く場が多様化するこれからは、人と都市と自然を繋げる公共スペースも重要になると考えられます。
上の写真に示す事例(押上自転車駐車場)は、敷地に降る雨を100%有効活用し、ただそこに佇むだけで都市環境と共生するパッシブ建築です。降雨量や日射量といった敷地の気候特性を読み解き、「保水セラミックス」「屋上緑化」「木製デッキ」の3素材を用い、雨の集水量、保水量、そして蒸発量(植物の光合成・蒸散含む)をコントロールし、敷地に降った雨の収支バランス(IN/OUT)が100%となるようにそれぞれのボリュームが決定されています。自然の循環システムをデザインに投影していくことで、生物が生息地域の気候に適応するかのように、その敷地の気象条件の固有性を表現し、多様性を示唆する有機的な建築が生まれます。
ヒートアイランドを抑え、雨水流出をゼロとし、上水使用を最小化する 親水建築であり、都心部のクールスポットとして人が集い、エコサイクリングの拠点としてもより一層機能していくことを期待しています。


02911杉原

杉原 浩二
日建設計 エンジニアリング部門 設備設計グループ
ダイレクター

木材会館、押上自転車駐車場、ラゾーナ川崎東芝ビル、ヤンマー本社ビル、ダイキン・テクノロジー・イノベーションセンターなどを担当。
ASHRAE Technology Award、Biophilic Design Award、空気調和・衛生工学会技術賞などを受賞。

タイトル写真:東出写真事務所
写真2:鈴木研一



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