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移動のモチベーションを喚起するニューノーマル時代の地域拠点

吉本 憲生 
日建設計総合研究所 都市部門
主任研究員

地域のポテンシャルをフル活用する「まちえき」の発想

With/After Covid-19 に対応したニューノーマル時代おいて、生活の楽しさや幸福感を高めていくためには、小さな生活圏の中での『移動』を活気づけていくことが重要になってくると考えられます。
別稿「幸せな移動・楽しい移動を実現する都市をめざして 」で既述されていたように、それは通勤・通学などの目的に付随した「派生需要」として移動ではなく、移動そのものが目的となる「本源需要」としての移動の価値を高め、いかにそのモチベーションを喚起していくかがポイントになります。
実際に、Covid-19感染拡大前後における著者の移動パターンの変化をみても、居住地周辺の2.5km圏内での移動が増加するとともに、交通手段としても徒歩や自転車の割合が増加し(図1)、生活スタイルの変化に伴い、健康維持や気晴らしのための公園への散歩やサイクリングの頻度が高まったという実感があります。

図1

図1:Covid-19感染拡大前後における著者の移動パターン(発着地・交通分担率)の変化(2019年10・11月と2020年7・8月の比較)

こうした移動に対する考え方や動機の変化に伴い、移動拠点に求められる役割も変化していくと考えられます。
これまでの移動拠点は、従来の派生需要に対応した「通過地点」でした。例えば、鉄道省の建築家であった伊藤滋(1898-1971)は、鉄道駅を計画する際、明治初期以降は「人の収容」が重視されていたことから、1940年代の「通勤」の登場・普及に伴い、「人の流れ」を重視することへと変わったことを指摘しており(※1)、以降、長らく移動拠点である駅は、「人をうまく流す」ための場所でした。
※1:伊藤滋「停車場の変遷」、『建築雑誌』、1943

ただし、現在では「駅まち(Station-city)一体開発」という、駅を中心としたまちの開発も進められており、日建グループでもこの種のプロジェクトに数多く取組んでいます。
これは、駅を通過地点から「人の集まる場所」として捉え直し、駅とまちをつなぐ歩行者ネットワークの強化や、商業施設やホテルなど多様なサービスを駅ビルに導入することで駅自体の拠点性をより高めていく手法で、駅を都市活動の核とする考えに基づいたまちづくりです。
With/After Covid-19を契機に、移動そのものが目的となり、その価値が重視されることになれば、まちなかにおいて「移動を喚起する魅力と駅のような交通結節機能が複合化された地域拠点」=「まちえき(City-Station)」とも言える空間が新たに創出されていくのではないかと考えています。
移動手段の快適さ、移動する時間の楽しさ、まちの魅力的な体験などを付加し、その場での時間の過ごし方も含めた空間の質を高めて、移動のモチベーションを喚起していく「まちえき」。その創出においては、地域のポテンシャルをフル活用することがカギになります。 まちの魅力的なスポットを発掘し、きめ細やかにそれらをネットワーク化して小さなモビリティでつなぎ、拠点の魅力を拡張するなど、まちと移動拠点が連携することで、相互に魅力を高め、人を引き付けまちの特徴や個性を強化する、ということが、
都市空間の再構成を推し進めてくれるのではないかと考えています。

図2

図2:まちえきのコンセプト

まちのポテンシャル活用した移動需要の喚起

「まちえき」を実現していく上では、
① 移動需要を喚起するためのポテンシャルの創出
② 地域コミュニティに溶け込む小さな移動拠点の構築

という二つの取組を推進していく必要があると考えます。
①の関連事例として、日建設計総合研究所が札幌市他と協働で健康をテーマとした札幌でのスマートシティの取組みが挙げられます(※2)。
※2:国土交通省スマートシティモデルプロジェクトおよび内閣府総合科学技術・イノベーション会議の「SIP/ビッグデータ・AIを活用したサイバー空間基盤技術」(管理法人:国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO))の実証研究として実施

この事業では、一日の歩数や、商業施設などの特定のスポットに来訪した際に、インセンティブとして「健幸ポイント」を付与するシステムを導入し、移動の喚起を試みました。
実証実験では、インセンティブの付与により指定スポットへの来訪頻度が向上したとの結果も得られています(図3)
このように生活圏の中で目的地となりうるスポットを抽出するとともに、当該スポットへの来訪行動に対し、インセンティブを付与することで、潜在的な移動需要を掘り起こし、地域内の移動をより活性化させることにつながると考えられます。

図3

図3:健幸ポイント実験の結果

さらに同実験では、指定スポットでのオンデマンドタクシーの利用に対し、健幸ポイントを付与する「健幸MaaS(Mobility as a Service)」の取組も実施しました。
この取組は、自宅やオフィスと目的地を結ぶドアトゥドアの移動に対して、指定された乗降スポット(バス停やコンビニの付近等を設定)に徒歩で移動した後、オンデマンドタクシーを利用して目的地に移動する場合に、インセンティブを付与するものです(図4)。
こうすることで、徒歩による健康的な移動と自動車利用による利便性向上が組み合わされ、自家用車利用からの移動手段の転換や、移動そのものの促進が可能になります。
また、こうした移動を実現する上では、まちなかに小さな乗降スポットを点在させ、移動の利便性を高めることが重要となります。

上記の実験では、既存のバス停やコンビニを乗降スポットとして活用しましたが、今後シェアバイクやパーソナルモビリティ等、より多様なモードのモビリティの乗降や乗り換えを可能にするための移動拠点が必要になってくるのではないかと考えています。
また、誰もが気軽に多様なモビリティを利用できるようにするためには、こうした移動拠点が生活圏の中に点在し、当該地点へ徒歩で簡単にアクセスできることが重要な条件になると思われます。そのような機能・条件をもつ場として、地域コミュニティに溶け込む小さな移動拠点のあり方を以下で考えてみたいと思います。

図4

図4:健幸MaaSのコンセプト図

コミュニティに溶け込む小さな地域拠点

小さな移動拠点の構築に関連する動向として、モビリティハブという考え方に着目しています。
これはパーソナルモビリティやMaaSの取組の推進に伴い登場してきたコンセプトで、道路空間や空地等を活用し、複数の種類のモビリティの乗り換え機能や、活動空間を提供する小さな拠点のことを示しています。
こうしたコンセプトを実現する上では、道路空間と接続したオープンスペースの活用を進めていく必要があります。その事例として、日建設計総合研究所が国土交通省からの受託業務で実施した低未利用地を活用した実証実験があります。
この実験では、時間貸駐車場の一部を活用して、キッチンカーの営業と滞留空間の創出等を行い、街並み・沿道環境の向上や賑わい創出により、居心地の良いまちなか形成の効果を検証しました(写真1)。
身近な生活圏にある低未利用な屋外空間を「活動の場所」として利活用していくことは、多くの地域に適用し得る汎用性の高い方法として、アフターコロナ時代での都市空間再構築の一つとして考えられます。
先述した低未利用地の活用実験(ハブ化)においては、モビリティの乗降機能はありませんでしたが、こうした小さな活動場所に移動拠点としての交通機能を付加することで、まちなかに多数の「モビリティハブ」が実現できます。
このような「モビリティハブ」の形成が、日常生活圏で多様なアクティビティと地域内の移動を誘発し、ニューノーマル時代においても、生活の楽しさや幸福感を得られ続けるのではないかと考えています(図5)。

図5

写真1:柏市における低未利用地活用実験

図6

図5:札幌のスマートシティにおける郊外の将来イメージ検討
地域内のスポットへの来訪行動や、モビリティの利用に対し、インセンティブを付与する仕組みや歩きたくなる都市空間の形成により、人の移動やアクティビティを活気づける構想。モビリティハブの実現は、こうした地域の移動・アクティビティの活性化に寄与すると考えられます。


吉本

吉本 憲生
日建設計総合研究所 都市部門
主任研究員 博士(工学)
次世代モビリティやスマートシティに関するプロジェクトに主に従事。「行動デザイン」や「感性」という観点から、人の移動・活動を活気づけることを目指し、まちづくり手法や都市評価・分析手法の研究を推進。日本建築学会作品小委員会委員(2016 –)

図3:つくばウエルネスリサーチ作成



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