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幸せな移動・楽しい移動を実現する都市をめざして

上杉 昌史 
日建設計 都市部門 都市開発部
アソシエイト

移動はなくならない

私たちは新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、人の密度が集中しないように求められました。それは各種飲食店から始まり、商業施設しかり、人が集まるとされるあらゆる空間に及びました。政府の緊急事態宣言に基づきステイホームが求められ、オフィスワーカーは可能な範囲で在宅勤務に切り替えたことにより、都心での名物となっていた通勤・通学ラッシュは一時期なくなり、人の移動自体がコロナ前と比較し、約8割減少しました(※1)。
※1内閣官房新型コロナウイルス感染症対策HP参照

With/After COVID-19の時代においても、テレワークやEコマース等が推奨され、移動が減少する生活様式が展開されることが想定されます。しかし、人類は文明を持ち始めた時から移動を始め、遊牧民は家畜に牧草を食べさせるために移動し、農民は農作物を交換しに市場へ移動するなど、常に移動とセットで生活が展開されてきました。事実、技術的な発展により移動距離・移動速度は変化する一方で、どの社会でも人々の移動時間は1日1時間程度で推移していると指摘する研究もみられます(※2)。これらを踏まえると、今後も私たちの生活から移動がなくなることはないように考えられます。その際、コロナと共生する「ニューノーマル」な時代の移動はどうなっていくべきでしょうか。
※2 ジョン・アーリ『モビリティーズ』(作品社、2015)

ニューノーマルな時代における移動の価値変化

18世紀後半に自動車が発明され、20世紀初頭にはモータリゼーションが加速し、移動が劇的に変わりました。日本では鉄道主体の交通体系と都市形態が維持されましたが、自動車利用の増大により都市域の拡大がもたらされました。その結果、都市部での交通渋滞、大気汚染という環境問題、さらには交通事故という課題が表出し、それらは現在も続いています。
 一方で、現在は大きなモビリティ革命の時期を迎えており、環境に優しいエコカー、モビリティのシェアリングの推進、自動運転、複数の移動手段をシームレスにつなぐMaaS(Mobility as a Service)等、多様な取組が進められています。これらは、交通事故の減少や交通渋滞の解消だけではなく、燃料節約・大気汚染物質の排出抑制による環境問題対策や衰退する地方の公共交通の活性化にも貢献出来る可能性があります。このことは、交通政策という観点でも、交通の量を問題にするだけではなく、地球環境や地域社会にまで問題意識を拡張することにつながります。

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表1:モビリティと都市の変遷

こうしたモビリティに関する新しい取組が進む中で、移動そのものの価値の見直しが重要な論点として浮上します。人々の移動特性に関するパーソントリップ調査の結果をみると人々の外出率が年々低下しており、近年とくにその傾向が顕著になっています。この背景には、ICT技術やEコマースの発展があるものと推察されますが、ニューノーマルな生活様式が伸展すれば、さらにその傾向は加速し、通勤・通学のように活動の「目的」を達成するための付随的な行為(派生需要)としての移動の必要性はさらに低下していくものと考えられます。他方で、「移動はなくならない」という前提に立てば、「派生需要」としての移動ではなく、散歩や観光などの移動そのものが「目的」となる「本源需要」として移動の価値が高まり、生活の中でのその重要性が更に高まっていくのではないでしょうか。歴史的に人々の生活において移動は必須の行為であったと捉えると、これからの都市は、上述した新しい移動手段・技術を活用しながら、この本源需要としての移動をいかに生み出していくかがポイントになると考えています。

幸せな移動・楽しい移動とは

「本源需要」としての移動を生み出すことの意味について考える上で、下記の研究が参考になります。アメリカのマイアミ大学の研究チームによると、人間の脳には移動に喜びを感じる特別な幸福回路がある、ということが指摘されています。特に移動距離が長い人ほど、日々の生活でより高い幸福度を感じている傾向があることがわかり、また同じ移動距離でも通勤や通学とは違い、多様性や新規性がある移動ほど、幸福感がより高くなるそうです。

マイアミ大学研究+

図1:左図は幸福度が低い人の移動であり、右図は幸福度が高い人の移動

つまり、本源需要に基づく移動を活発化させることは、人々の幸福度を高めることにつながるのです。このことは、ニューノーマルな生活においても「移動」がいかに重要であるかを示唆します。
では具体的に、本源需要としての移動とはどのようなものがあるでしょうか。その一例として「健康」に関する移動があります。日建設計総合研究所では他社と連携しながら札幌において健康をテーマとしたスマートシティの取組を進めていますが、その中で、「健幸MaaS」の実証を行っています。これはオンデマンドの乗合サービスを市民の方々に提供する際に、ドアツードア利用ではなく、指定スポットから乗車した場合に買い物等で使用できるポイントをインセンティブとして付与する仕組みにしたものです。その結果、約8割の方々がドアツードア利用ではなく、指定スポットまで徒歩で移動し、そこからサービスを利用する形態を選択しました。この手法は単にインセンティブを与えるだけではなく、自身の1日の歩数や健康状態に関する理解を深め、健康意識を向上させていくことにより、自発的に徒歩での移動を促進することを目指しています。

幸せな移動を実現する都市のモード・リンク・ノード

では、新たな移動手段が登場し、さらに移動の価値観が転換する中で、都市空間はどのように変わるのでしょうか。その都市の変化について、モード、ノード、リンクの3つの観点から整理できるのではないかと思います。
移動手段=モードに関しては、上述したように自動運転やMaaSなど様々な実証的な取組が進められていますが、「楽しさ」や「幸せ」という観点が重視される際には、従来のように速達性や定時性という時間の観点ではなく、「ゆっくりでもいいから景色のよいところを移動したい」、「会話を楽しみながら移動したい」、などの移動ニーズも質的に変わってくるのではないかと思います。こうしたニーズの変化により、車両の形態や移動サービスの内容だけではなく、移動したくなるような街路空間=リンクや、訪れたくなる移動拠点=ノードなど、都市空間も大きく変化してくるものと考えらえます。例えば、日建設計シビルの取組事例では徒歩回遊を促進する駅前空間を姫路駅前において実現しています。このように、都市空間が変わることは、人々の移動をより活発化させることにつながり、幸せや楽しさを高めていくのではないかと考えています。別稿では、このノードとリンクのそれぞれに焦点をあわせ議論を展開していきたいと思います。

ダイアグラム4+

図2:幸せな移動を実現する都市のモード・リンク・ノードのイメージ


90593上杉

上杉 昌史
日建設計 都市部門 都市開発部
アソシエイト
都市開発業務を中心としたコンサルティング業務に数多く従事。また、数年前にDBJアセットマネジメント㈱へ出向したことを契機に、建築・都市・不動産・経営の横断的な繋がりに興味を持つ。
一級建築士

表1:『幸福な都市のための交通システム 近未来モビリティとまちづくり』安藤 章著を参考に筆者作成
図1:natureneuroscience



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