けんすうさんに取材しました #ファクトを活かそう
次の日経を考えるチームのたきしまです。日経電子版に掲載した「#ファクトを活かそう」の記事転載、第5弾です。先日、けんすうさんに取材しました。「数字的に良い施策ばかりを追った結果、ユーザーの生活を壊してしまった」というエピソードは、けんすうさんの事業開発経験の深さと心優しい性格の両面を感じることができた、今回の取材でもっとも印象的な部分です。ぜひご一読ください。
「データで解像度を上げる」#ファクトを活かそう 05
――数々の事業を立ち上げた経験から、若い人から起業に関する相談を受けることも多いと思います。日本の起業の実情をどう考えますか。
相談を寄せてくる人の多くは、起業に対してネガティブバイアスがかかっている印象を受けます。「資金がない」「スキルがない」「経験がない」の3つを理由に起業をちゅうちょしているようです。しかし、中小企業白書のデータによると、若い起業経験者に「起業時に直面した課題」を聞いたところ、一番多かったのが「経営知識一般の習得」で、その次が「特にない」という回答でした。ということは、起業前に感じる不安はさほど気にすることないわけです。
以前、起業する人を増やそうという思いから「起業あと押しナイト」というイベントを開催しました。ここでも公的機関のデータを集めてきて、起業に関する不安をひとつずつ論破していきました。例えば「資金がない」という不安に対しては、日本政策金融公庫のデータを引用しました。「35歳以下の若者のうち、54.5%の人が自己資金50万円以下で開業している」「(開業時の)自己資金の多さと売り上げの増加傾向にはほとんど差がない」といったデータです。それでも、その時の参加者で起業した、という人は聞かないので、「あと押し」はできなかったですけどね(笑)。
――データを基に物事をとらえる思考はどのようにして身についたのでしょうか?
人と議論することを通じて身についたと思います。議論をする際、嫌な相手であるほど負かせたくなるので、論理で戦うための材料をデータに求めていったのだと思います。データを用いると論理的で建設的な意見が出ます。問題がブラッシュアップされるこの過程を「解像度が上がる」と呼んでいて、とても好きな言葉です。
ただ、一見論理的にデータが使われているように見えても、比較対象がずらされるなど、間違った結論が導かれることもあります。先日も「グーグルマップがゼンリンの地図データを使わなくなったらしい」というニュースにコメントした投稿に、たくさんのいいねがついていました。「ゼンリンをはじめ、日本は要素技術の水準は高いけど、サービス化が下手だよね。一方でアメリカの企業はうまいよね」という投稿です。いやいや違うでしょう、と。世界時価総額ランキング4位のグーグルとゼンリンを比較するのがまず違う。「グーグルがすごいから米国の会社もすごい」というのも違う。グーグルは米国の中でも特殊な企業なのに、あたかも米国の全ての企業がグーグルであるように語られている。
また、米国の中でもシリコンバレーは特異なので、シリコンバレーの出来事を米国全体のように言うのもおかしいです。同じようなことが「日本からスティーブ・ジョブズが生まれない理由」を語る場合にもあてはまります。ジョブズさんは米国でも1人しか生まれていないですよ(笑)。直感的にはこう思うけど、実は違うよねということはたくさんあるので注意が必要です。
――インターネットサービスを作るという観点で注意すべきデータの取り扱い方はありますか。
サービスをたくさん使ってもらおうと取り組んだ施策が、結果としてユーザーの生活に良くない影響を与えてしまった経験があります。以前「アンサー」というユーザー同士のQ&Aサービスを運営していました。ある人が疑問や悩みを投稿すると、他のユーザーが回答してくれるというサービスです。スマホで簡単に質問ができて、返信もすぐにもらえるようにチャット形式にしました。
期待した通り大幅にやりとりが増え、投稿数は多いときで1日50万件になりました。ページビューや訪問者数といったデータも数字的にはとてもよかった。ただデータを掘り下げてみたら、1日20時間もアクセスしているヘビーユーザーがいることがわかりました。それってその人の生活を壊しているということですよね。それ以来、数字的に良い施策ばかりを追うことはよくないと思い、今でもサービスを作る上での教訓にしています。
刺激が強いものにユーザーのアテンションが集まりやすい点にも注意しています。以前運営していたメディアでは刺激が強い記事ばかりにならないように意識していました。ネットメディアは、短期的にバズりそうな記事を取り上げがちです。しかしデータを見ると、長期にわたって多くの人に読まれ続ける記事もあることがわかりました。皆が知っているだろうと思って書いた「フェイスブックの退会方法」や「缶詰の開け方」といった記事です。爆発的に注目が集まる記事が役立つとは限りません。
このインタビューも同じことがいえることかもしれません(笑)。僕のような会社員でない人間は自由に発言できるので注目を集めやすいですが、本当に価値のある情報は、日本の経済を支えている普通の社会人の中にあると思います。普通の人が持つ汎用性の高い事実を伝えたくて、一般の人にインタビューするメディアを運営していたこともあります。自分はどれだけ焼き鳥が好きだとかを語ってもらうサービスでしたけど、びっくりするほどつまらなくてやめました。どうしたらよいんでしょうね。
――ファクトを得るためにどんな工夫をしていますか。
認知心理学を参考にしています。大学生の時に「したらば」という匿名掲示板サービスを運営していた時から感じていたことですが、自然のアルゴリズムに任せると人はどんどん暗い方に引きずられます。ネガティブな発言ばかりが盛り上がってしまう。影響された人がさらにネガティブなことを書くので、それを防ぐように意識してサービス設計をしないといけないと思っています。
世の中にたくさん存在するマニュアルも立派なファクトです。多くの人が、仕事において自分の頭で考えることが大事だという思い込みを持っていると思います。でも、例えばカレーを作るときに「茶色で辛いからこんな材料なはずだ」って思って勘で作る人はいませんよね。ビジネスも同じです。世の中には既にレシピになるぐらい研究されたマニュアルがあるんだから、それを使いましょう。オリジナルは後工程ですよ。
――世の中の人により多くのファクトを届けるにはどうしたらよいでしょうか。
人の頭の中にある情報が社会に還元されるとよいなと思います。知識や情報は、影響力がある人など一部の人に集中してしまう側面がある。それを壊せると面白いと思っています。食べログが出てくる以前は、良いお店を知っているのは会食の多い男性の強みだったと聞いたことがあります。それが誰もが手に入るようになった。良い社会になっていると思います。
今年に入って「アル」というマンガサービスを始めました。僕はマンガが好きなのですが、面白いマンガに出会うきっかけは、ほとんど場合、友人からの推薦です。そこで好きなマンガを探せるアプリを作ろうと思いました。投稿されたお気に入りのコマや、口コミを参考にマンガを探すことができるサービスです。事業としては、マンガが売れないと会社の売り上げも増えない仕組みにしようと考えています。ページビューを稼いで、広告をたくさん貼って売り上げを増やすこともできると思うのですが、それでは出版社はうれしくないし、ユーザーにも意味がない。ユーザーと出版社に応援し続けてもらう設計になることが理想です。
「ファクトフルネス」講演会・ライブ中継のお知らせ
日本経済新聞社は7月11日、『ファクトフルネス』の共著者、アンナ・ロスリング・ロンランド氏を招いた来日記念講演会を開催します。7月4日には、来日を記念したプレイベントも開催します。
両イベントともに募集は終了しておりますが、一部の内容をライブ中継する予定です。放送予定などはこのTwitterでお知らせするので、ぜひフォローをお願いします。
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