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少年への返事

10数年前、高校1年生の少年から手紙をもらった。私のブログを読んで手紙をくれたようだ。なかなか興味深い内容であった。そこで、少年の了解を得て、ここにその概要と、それに対して出した私の返事を紹介したい。


少年からの手紙

【 西脇先生は薬物依存症患者さんも診ていらっしゃると思うので、お尋ねします。
友人などから、「覚醒剤を打って『2001年宇宙の旅』を観ると10倍感動する」とか「ビートルズからの秘密のメッセージを受信できる」といった話を、よく聞きます。
このような話はどの程度信頼できるものなのでしょうか。今僕は16歳なのですが、この前『ライ麦畑でつかまえて』を読んでとても共感・感動しました。もしも今、「覚醒剤を打ってからその本を読めば秘密のメッセージが・・・・・・」などと誘われたらすごく興味が湧くに違いないと思うのですが、間違っているでしょうか。
覚醒剤は脳を活性化させる働きがある、と保健の授業で習ったので、これは単に感覚を過剰に敏感にさせたうえでの「感動」なのか、本当にそういう覚醒剤と組み合わせるジャンルがあるのか、疑問に思っています。気になる理由は、先輩の「やった奴しかわかんね~よ」という一言です。これに対して自分をどうやって守ればよいのか悩んでいます。】 

薬物汚染がここまで進んでいるのかと、当時驚くばかりだった。手紙はさらに、大麻の取り締まりに関すること、アルコール依存症の問題などが綴られていた。特にアルコール依存症の問題に関しては、少年の父親がアルコール依存症で、現在はある回復者グループにつながり断酒しているが、その父親とどのように付き合っていけばいいのかとか、父親との距離の取り方などについての質問も書かれていた。16歳にしては、非常に文章がうまく、感情表現も豊かで、少年が今現在抱えている悩みや疑問がよく伝わってきた。
私は、すぐに、思いつくままを書いた返事を出した。しかしあとから考えてみると、私の回答は十分なものであったのだろうかと悔やまれた。
そこで、少年の問いかけへの回答を、返事に書いたよりも詳しく、「少年からの手紙への返事」と題して、「院長ブログ」に掲載することにした。

少年の「今」とこれから(今とは手紙をいただいた当時)

それでは、手紙の少年の「今」と「これから」について触れてみたい。
この少年はアダルトチルドレン(AC)*になる条件を備えている。当人もそのことは十分理解しているはずだ。だから、私に手紙を書いたのであろう。

*《アダルトチルドレン(AC)/機能不全家庭で育った子ども達。例えばアルコール依存症の親のもとなどで育った子どもがある種のトラウマを抱えてしまうことにより、成人になってからの物事への対処の仕方や対人関係の在り方に影響を及ぼすこと、あるいはその人自体を指す言葉。1970年代に、アメリカの社会福祉援助に従事するケースワーカーの援助活動体験の中で生まれてきた言葉で、学術用語でも、病名・疾患名でもない。日本では1990年代から関係者の間で使われはじめ、今ではかなり一般化している。しかし、2008年のニュース番組で古舘キャスターが「大人になりきれていない子ども」という意味で「アダルトチルドレン」を用いて翌日の同番組で謝罪したように、しばしば誤用されている。
ACは、その成長の過程によっていくつかのタイプに分けられる。「優等生」タイプ、「問題児」タイプ、「いないふり」タイプ、「ひょうきん者」タイプ、「お世話焼き」タイプなどである(特定非営利活動法人ASK編「回復のためのミニガイド⑦親の飲酒に悩む子どもたちへ」.1994)より。成長過程において、健全とはいえない家庭内のバランスを無意識的に保とうとしたり、そこに身を置く自分を守ろうとしたりすることにより、いずれかのタイプになっていく。しかし、成人に達した際に、このことが問題として表面化することもあれば、才能として世に認められることもある。それを左右するのは、指導者(教師、上司)、職業、パートナーの選択によるところが大であると、私は思っている。

少年は高校1年生である。いい指導者にまず巡り合ってほしい。この少年は多分、手紙の文章力からして、成績はいいはずだ。だが、少年を偏差値だけで評価する担任のもとで学んでもらいたくはない。
これまで身を置いてきた環境、父親との関係の在り方を模索する姿勢からみて、ACに親和性のあるこの少年は、精神的に早熟で、感受性が非常に豊かであると推察できる。だから、傷つきやすい一面ももっているはずだ。とすると、他人への配慮や傷つきやすい自分を抱える中で、自分を取り巻く人々との距離の取り方に弱点があるのではないだろうかと心配される。
偏差値なんかどうでもいい。少年の才能と弱点に気づき、少年のこれからの行動に関心をもち続け、時にうまく軌道修正をしてくれる指導者が少年の周りにいないものだろうか。そして、少年も早晩、恋をするであろう。少年をよく理解する能力があり、心根の美しい女性との出会いがあることを願うばかりである。
繰り返しになるが、あえて述べたい、「ACは問題であるが、才能でもある」は私の持論だ。

私からの返事

【君は手紙で五つの質問をしていましたね。
①覚醒剤を使用して作品を鑑賞すると何か特別なことが起きるのか、またそれはなぜか。
②大麻をやってはいけない理由は何か。
③アルコール依存症は治らないのか。家族の接し方に「あるべき」鉄則はないのか。
④薬物に依存しない方法はないのか。
⑤薬物依存症者の作品はどうしてしばしば素晴らしいか。

まず①に対して。
麻薬は、覚醒系(覚醒剤、ニコチン、コカイン等)と抑制系(アルコール、マリファナ等)に分けられています。これは薬理学的に明らかになっていることです。
さて質問にある覚醒剤ですが、その名が示すとおり覚醒系です。これを摂取すると、脳中枢をさわやかに、そして元気にする作用があります。だから、ひらめき、素敵な発想が確かに生まれてきます。でも、心身ともに張り切りすぎるとそのあとはすごく疲れますよね。君のように若くても体育祭の翌日は疲れているでしょう。そんな疲れを忘れさせ、ひらめき、素敵な発想を持続させるために覚醒剤の摂取を続けたらどうなると思いますか。そのひらめき、素敵な発想が進行した結果、ゆがんだ状態になり、幻覚や妄想といった精神病状態に発展するのです。そしてこの幻覚や妄想は、もし覚醒剤をやめても、ちょっとしたストレス状態にさらされると再燃することがよくあります。これを「フラッシュ・バック」といいます。
また、身体的にも、そんな活力に満ちた状態を続けていたら、必ずガタガタ、ボロボロになりますよね。そう、心身両面が荒廃して、廃人状態になる。だから、⑤の答えにもなるけど、素晴らしい作品を次々と作り続けるのは無理です。
真の快楽や癒やし、恍惚感、感動は、本来、努力して勝ち取るものです。麻薬の力を借りて得るものではありません。麻薬の力を借りて得る感動とは違い、自身で勝ち取る感動には達成感が伴います。自身で勝ち取ることに比べれば、麻薬で得られるのはたいしたものではありません。
次に②。「合法と非合法」についてお話ししましょう。
アメリカでは1930年代に禁酒法がしかれ、アルコールが非合法の時期がありました。禁酒法の正式な法律名は合衆国憲法修正第8条といい、飲むのを禁止していたわけではなく、その製造・移送・販売を禁止したものです。ここで気をつけたいのは、その成立の背景には、アメリカのアルコール産業の多くがドイツ系企業だったということがある点です。つまりこの法律には、第一次世界大戦で敵対国であったドイツが復興するのを抑制するという政治的意図があったようです。一方で、その法が廃止された理由にも、一般的に知られている裏社会(アル・カポネに代表される密造酒)問題だけでなく、大恐慌の中でアルコール産業が復活することにより、小売店も含めて数十万人の雇用が生まれる、といった政治的・社会的な背景があったのです。
こうしてみると、麻薬の合法・非合法の制度には、その時代の政治、社会状況が、大きな影響を与えていることがわかるでしょう。戦時中の日本でも、覚醒剤は「ヒロポン」といわれて、「眠気と倦怠除去」の目的で軍隊や軍需工場で使用されていたのです。大麻もしかりで、戦前までは日本人は使用する習慣がなかったので法的な規制はありませんでした。しかし、戦後、GHQが、日本の繊維産業がアメリカの化学繊維の世界進出を妨害するという理由で、日本の繊維産業弱体化の方策の一つとして、大麻栽培の規制を行ったと、私は考えています。
このように、合法・非合法という問題には政治的な思惑が見え隠れするのです。でも、法治国家日本で生活している以上は、その国の法は守るべきです。
そしてもう一つ、麻薬は、ハードドラッグとソフトドラッグに分けることができます。『麻薬とは何か―「禁断の果実」五千年史』(清野栄一ほか、新潮選書、2009)には次のように書かれています。

〈法律とは別に、(中略)依存性も比較的強いものをハードドラック、マリファナの喫煙など、中毒性がないものをソフトドラッグとする分け方だ。この区分けは必ずしも、麻薬の合法、非合法の区分と一致するものではない。多くの国で売買されているアルコールやニコチンを、依存性も死亡率との関連性も高いのを理由にハードドラックとすべきだ、という主張もある〉

『麻薬とは何か―「禁断の果実」五千年史』(清野栄一ほか、新潮選書、2009)

これによると、健康被害・社会的に問題を及ぼすものは合法でもハードドラックといっていいことになります。その意味で、現在ニコチン(タバコ)が、ハードドラックとしてやり玉に上がっているといっていいでしょう。
しかし、健康被害とか飲酒運転等の社会問題が表面化しているアルコールは、まだどうもソフトドラックのようです。なぜでしょう。私見ですが、このことには、製造・販売しているのが、旧公社(現在民営化されているが、一企業だけの事実上の独占企業)であるか、複数の民間企業であるかに関係があるように思えます。例えばマスコミの取り上げ方にも違いがあります。マスコミはスポンサーを意識するでしょうから、批判の程度に温度差が出てしまうのかもしれません。
④の「薬物は依存なしにやめられるか」のお返事は難しいです。依存症の代表的な症状として挙げられるのが抑制不能ですが、なぜそんな体質ができるのかが現在の医学ではわかっていません。ブラックボックスなのです。ですからいったんその体質になってしまったら、抑制ができるように治すことは現状では不可能です。でも、依存症のもう一つの代表的な症状である「否認」(依存症者が自身を依存症であると認めないこと)については、当人が依存症であること、つまり、アルコールを摂取すると抑制が効かなくなることを認めて、アルコールを摂取しないようにすれば再発することはありません。
お返事の順番が前後しましたが、次は③にお答えしましょう。
「依存症は治りません」。でも、回復はできます。やめ続ければいいのですから・・・・・・。ただ、迷惑をかけたり傷つけたりした家族や知人のためにやめるというように、「人のためにやめる」を一番の理由にするのはよくありません。やめているのを評価してくれなかったらつらいですよ。まずは「自分のため」です。とにかく自分を大切にしてください。それが一番楽なはずです。つまり、いい加減(自分の加減)が一番、ということです。一方、依存症者を援助する側、関わりをもつ側もあまりに熱心すぎると、依存症者は助けてくれる人になんとかしてもらえると思ってその人に頼るなど、依存症者本人の回復を阻害することがあります。また、関わる人も巻き込まれて、少し専門的な用語になりますが、「共依存関係」に陥ります。
さて、質問に対するお返事はここまでですが、うまく答えることができているでしょうか。疑問がまだあったり、もっと詳しく知りたいと思うのでしたら、西脇病院で行っている夜間集会(依存症回復者の方たちの集団療法)とかACの集いに参加してみてはどうでしょう。もしかしたら、「目から鱗」の話が聞けるかもしれません!】

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