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ザクロの散歩道 ニケと歩けば 

細い道を右に左に距離にしてはあまり進んではいませんが、あてもなく歩くのが好きです。

路地には顔があり、いろんな表情をしています。百日紅の木がたくさんの花をつけて、ザクロの実は甲羅みたいに硬そうなものや割れた間から真っ赤な身が零れ落ちそうなもの。たわわに実っています。

古くはイランなど中近東で栽培され、世界に広まったそうです。クレオパトラも若返りの果実として食べていたと聞きます。ザクロジュース、大好き!です。庭にたくさんのザクロ。毎年見かける風景です。

また北野はオリーブの木があちこちに植えられています。深い紫の実を付けているものや鶯色のもの、エーゲ海からやってきて気候になじんだのでしょう。神戸によく似合う樹木です。

その昔、平清盛がこの辺りは木がないはげ山だったので植樹し今の緑豊かな神戸の景色ができたと公民館のおとな大学で聞きました。なのにあんまり人気がないのはどうしてでしょうね?

おかげでイノシシが安心して住むことができました。最近はほとんど出くわすことが無くなりましたが、ニケが小さなころは子牛ほどのでっかいのとぬいぐるみみたいにかわいいウリ坊が数匹その後を追っかける姿をよく見かけました。小さなもの同士お互い興味津々で近づこうとすると大変!必ず後ろには母イノシシ。

山は神のおわすところでしたが、六甲山には日本初のゴルフ場ができ、レクレーションを楽しむ外国人によってリゾート開発されました。当時の日本人には信じがたいことだったそうです。でも祖父は自慢気にそんな話していました。

ちょっとスタバでひと休み。ここは異人館をそのまま使って店内は古き良き時代を残しています。アーリーアメリカンの雰囲気は北野の異人館通に溶け込んでいます。ソイラテを飲みながらゆっくりするのが好きです。

そこから少し北東には古事記や日本書紀で詠まれた布引の滝があり、
脈々と繋がれた神戸の歴史のその上に幾層もの時代が乗っかって…。

その中でも明治時代、一気に花開いた風土がこの街を育んだのだと、そんな神戸の歴史の本を見つけました。私が生まれたもっと前のことでさえもシロクロの写真は懐かしくて…。

明治初期を生きた曽祖父、朝鮮戦争を体験した祖父。大正時代の父。家庭を守って逞しく生きた祖母たちが織り成すそれぞれの家の歴史もペルシャ絨毯のように細かい一つ一つの織模様みたいなものです。

木枠の窓からざわざわと強い風に揺らされる葉っぱを見て我に返り!ニケの待つ家路につきました。お日様は出ているのにコートが欲しいくらいの寒さです。

今年最後の祝日はいつもの通り、ゆっくりと過ぎました。

寒くて静かな朝です。
今日もいい日にしましょう!





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