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「時間泥棒」第十四話

第十章

不法の器の代償


 カラス神社に着いたのは、それから十分ほど経ってからだった。窮屈そうに虫網に押し込められたスカーフェイスは、まだ意識を取り戻していない。
「マルコ! ミチル! おまたせ! 本当におつかれさま!」
「おまえらマジでクレイジーにすごいぜ!」
 自転車を止めて二人に駆け寄ると、マルコとミチルは照れくさそうに顔を見合わせた。
「みんな、気をつけてね。クロの意識が戻ったら、目を見ないようにしてね!」
 マシュマロが喜び合う僕たちに注意すると、マルコが驚いて言った。
「本当だ! 本当にマシュマロが声を出してしゃべってる!」
 マルコもミチルも、初めて耳で聞くマシュマロの声に目を丸くした。
 僕は、前々から気になっていたことを質問してみる。「そういえばマシュマロ、君たちは一体どのくらいの時間を一度に盗むことができるの?」
「クロは長針、つまり《分》刻みで操ることができるよ。だけど、おじいさんと一緒じゃないと、細かい時間は操れないんだ」
 スカーフェイスが長針で《分》なら、マシュマロは短針だ……。もしマシュマロがスカーフェイスと一緒になって時間を盗んでいたらと思うとゾッとした。でも、黒野堂のお爺さんがいなくちゃ時間をコントロールできないってどういうことだ? あのお爺さんは一体何者なんだ?
「スカーフェイスを捕まえたまではいいけど、この後はどうすればいいの」紅葉が尋ねる。
「うん、まずはお礼を言わせてよ。みんな本当にありがとうね。それから、クロの分も謝らせてほしいんだ。……本当にごめんね。みんなも気づいてると思うけど、ボクたちはおじいさんに禁止されてる術を使って、この世界に実体を持っちゃったんだよ」
「禁止されてるっていっても、だってそれは、あたしたちを助けるためでしょ⁉ マシュマロは、少しも悪いことなんかに力は使ってないわ!」
「紅葉の言うとおりだよ! それに君が僕たちを助けてくれなきゃ、僕は今ごろ車に撥ねられてたし、なによりスカーフェイスを捕まえることだって、できなかったはずだよ!」
「ありがとう。でもね、やっぱりルールなんだ。だからボクはどんな罰だって受けるよ」
 マシュマロはやはり悲しい顔をしていた。僕も紅葉も気持ちは一生懸命にかばっているのに、なぜか通じないみたいに思えてすごくイライラする。
「罰なんて、クレイジーだぜ……」
「そうだよ! マシュマロ……」
 マルコは泣きそうになってるし、ミチルは黙って考え込んでいる。
 そんなみんなを見て、マシュマロがペロリと舌を出して笑った。逆にその様子がとても切なくて、なにも言えなくなってしまう。
「ただ問題があるんだ。この姿のままじゃ君たちを黒野堂に連れていけないんだよ」
「そっか。黒野堂は時間の狭間にあるから、実体を持っちゃったマシュマロは、もうあそこには入れないってことなのね?」
ミチルの相づちに、マシュマロは残念そうに首を傾げた。
「でもさ、あたしたちだって実体? こっちの世界の人間なのに、なんで黒野堂に入れたのかしら。なんだかよくわからないわ」
「それはボクが連れていったからね。それに、君たちは特別なんだよ」
 マシュマロの役目のことをすっかり忘れていた。言われてみれば確かに、マシュマロには、僕たちが住むこの世界と《時間の狭間》を橋渡しする役目があったんだ。シーサイド商店街の隙間に存在する別世界への仲介役。
「じゃあさ、その体からもっかい抜け出せば、またあのクレイジーゾーンに行けるんじゃないのか?」ジョージが名案のように言うけど、マシュマロは首を横に振った。
「それはできないんだ。もし、この体を抜け出れば最後、ボクは容れ物を失った気体みたいになる。そして空中に広がって、散り散りに泡のように消えてしまうんだよ」
「マシュマロ……」
 マルコが顔をぐしゃぐしゃにして、シャツの裾を握りしめている。紅葉は、「なんでよ!」と言いたげだけど、やっぱりなにも言えずにげんこつを握っていた。
 大きな力を行使するには、それなりの責任や代償が伴うことを子どもながらにわかってるつもりでいたけど、たとえそれがルールだとしても、マシュマロには悩んでいる時間なんてなかったはずだ。僕たちを救うために仕方なく破ったルールのために、マシュマロが払わなきゃならない代償の大きさを思うと、それはあまりにも理不尽に思えた。どこに向けたらいいかわからない怒りさえ湧いてくる。
「じゃあ、わたしたちはどうすればいいの?」ミチルがきくとマシュマロが答えた。
「とりあえず、みんなで商店街に行こう。時間の狭間へは行けないけど、ボクたちに気がついて、おじいさんが迎えにきてくれるかもしれない」
「確かに、ここでぼんやりと時間が過ぎるのを待ってるわけにはいかないよね。シーサイド商店街へ向かおうか」
「じゃあさ! みんなでイエローバスに乗って行こうよ!」
 急なマルコの提案に、マシュマロの目が輝いた。スカーフェイスを探す間ずっとマルコと一緒にイエローバスに乗っていたから、すっかり気に入ったんだろう。
「オィ⁉ クレイジーなこと言ってんじゃないよ。マシュマロはともかく、虫網に詰め込んだスカーフェイスまでいるんだぜ? そんなもの見られたら、今度は俺たちが動物愛護団体から追われちまうだろ」

 めずらしくまともなジョージに、マルコとマシュマロががくりと肩を落とす。

「確かに、このままシーサイド商店街まで運ぶのは難しいよね……。歩いて行ったとしても、必ずどこかで誰かの目に留まってしまうだろうし……」

 それに途中でスカーフェイスが目を醒ましたら、網の中でおとなしくしていてくれるとはとても思えない。とにかく急いでなんとかしなくちゃ……。
「中身が見られないような、丈夫な袋はないかな?」
「カラス神社になにかあるかもよ?」
 紅葉がそう言って神社に向かって走っていくのを見て、僕たちもすぐに後を追い、なにか使えそうな物がないか探し始めた。
「こんなものしかないけど? 虫取り網よりはマシよね?」
 神社で見つけたのは、中身の入っていない土嚢袋と、ボロボロに劣化したビニール紐だった。マルコが心配そうにつぶやく。「もらっても、バチは当たらないかな?」
「大丈夫だよマルコ、いいか? 見てろ」
 ジョージはそう言うと、空に両手を広げて叫んだ。
「おお、髪よ! クレイジーな子羊たちにこのスペシャルアイテムをお与えください!」
 髪様か神様か知らないけど、もし僕が神様なら君みたいなやつには何もあげたくない。
 カラス神社のカラスたちもジョージの雄叫びを聞いて、カーッ! カーッ! と激しく威嚇するように鳴いている。ジョージといると、もらわなくてもいい罰までもらってしまいそうで肝を冷やされっぱなしだ。
「ま! とにかく急いで移すわよ!」
 紅葉がてきぱきと指示をする。ミチルは手さげカバンからハサミを取り出して、ビニール紐を適当な長さに切り、簡単な三つ編みを作り始めている。なるほど頭が良い。紐が少しくらい劣化していても、そうやって撚りをかけることで強度が増すからしばらくは大丈夫だろう。
「いい? 紅葉ちゃん、千斗君、それじゃあ移すよ……」
 広げた土嚢袋にスカーフェイスを移そうとしていると、運悪く彼の意識が戻り始めた。
「みんな! 気をつけて! クロの意識が戻ったよ!」
 ずっと心配そうに見ていたマシュマロが叫ぶ。とりあえず僕たちは移すのを諦め、スカーフェイスの目を見ないように虫網を押さえつけた。
「アァァ! 出せー! ぼくを早くここから出せー!」
「クロ! もうやめようよ! なんで突然こんなことするんだよ!」
「おまえにも話したろ⁉ ぜんぶ黒野のじいさんが悪いんだ!」
 マシュマロがかけ寄ると、スカーフェイスは網の中で暴れながら牙を剥いた。
「ぼくがブッチにくっついて正確に時間を刻まないものだから、じいさんはブッチをぼくたちから引き離したんだ!」
「でもクロ! それはボクたちが一人前になって、三匹でしっかり時間を刻めるようになるまでって、そうおじいさんが言ってたじゃないか!」
「そんなのデタラメに決まってるよ! だって時計堂の中をいくら探しても、ぼくがいくら時間を正確に刻まなくても、ブッチはぼくをしかりに来てくれないんだ!」
 スカーフェイスは、聞き分けのない子どもみたいに、体をねじりながらもがいていた。
「だからきっと町にいるんだと思って、町中で悪さしたんだ! でもやっぱりブッチはしかりに来てくれない! きっとじいさんは、ぼくたちの知らない場所までブッチを連れてってしまったんだ! もう会わせないつもりなんだ!」
 二匹が激しく言い争うなか、ジョージが突然スカーフェイスに向かって叫んだ。
「おまえ、そんなクレイジーな理由で町の人たちの時間を盗んでたのか⁉」
「ジョージの言うとおりよ! あんたのその子どもじみたワガママで、一体どれだけの人が迷惑したと思ってるのよ!」
 我慢できなくなった紅葉も叫ぶ。あまりに身勝手な理由に、気持ちを抑えられずに身を乗り出して叫んだ二人に、スカーフェイスは喉元に食らいつくような勢いで振り返った。
「だまれ! ぼくはブッチに会いたいだけだ! おまえたちに気持ちがわかるのか⁉」
 スカーフェイスがものすごい形相でこちらを見る。
 その瞬間、マシュマロが叫んだ。
「ダメだ! 目を合わせないで!」
 その必死の訴えもむなしく、ジョージと紅葉の体がビクッと痙攣したように一瞬震えると、そのまま人形のように固まって、静かにその場に立ち尽くしていた。
「ジョージ君? 紅葉ちゃん? 大丈夫⁉」マルコが一人で網を押さえながら叫ぶ。
これはチャンスとばかりにスカーフェイスが激しく暴れて網から抜け出そうとすると、マシュマロが叫んだ。
「クロ! お願いだよ! ボクに力を使わせないでくれ!」
 マシュマロは力を使うつもりだ! 相手に自分の声を聞かせることで時間を操ることができるんだとマシュマロは言っていた。でも、もし『力』を使うつもりで声を発するなら、影響を受けるのはスカーフェイスだけじゃない。今この場にいる全員の時間がきっと盗まれてしまう。それにそうなってしまったら、マシュマロはお爺さんと交わした約束を再び破ってしまうことになる。マシュマロの目は強い意思を湛えていた。その口が開いて、声を出そうと構えた瞬間、通信機から聞き覚えのある声が響いた。
『シロ、力を使ってはいけないよ』
 スカーフェイスとマシュマロは驚いて動きを止め、その声に向かって同時に叫んだ。
「おじいさん⁉」
「じいさん⁉」
 ――そうだ、この声は黒野堂のお爺さんの声だ!
 温かい声が腕時計から響く。
『君たちまで巻き込んでしまって本当にすまなかった。しかし私は、そちらの世界に干渉することも、出入りすることもできないんだ。クロ、おまえは私が意地悪をしてブッチを遠ざけたと思い込んでるようだけれど、それは大間違いだよ。これはおまえたち三匹がそれぞれ自分の役割を知り、一人前として一緒にやっていくためにしたことだ』
 あっけに取られてしばらくおとなしくしていたスカーフェイスは、我に返ると今度はひどく突っかかって怒鳴った。
「じゃあなんで、ぼくたちからブッチを遠ざけるんだ!」
『クロ……おまえはブッチといれば、また甘えて自分の役割をないがしろにしてしまう。私たちの仕事はそれではダメなんだ。正確に時間を刻まなければならない……おまえが早く一人前になり、自分の役割をしっかり果たせるようにと考えた結果だ』
 声は相変わらず穏やかだったけれど、どこか悲しそうに聞こえた。
「そんなのじいさんが勝手に決めたことだろ⁉ ぼくはシロとブッチが側にいなきゃ一人前になんてなりたくないんだ!」
 スカーフェイスが肩で大きく息を繰り返す。興奮しすぎているんだろう。
『この計画はね、ブッチがおまえを心配して、私に持ちかけた話なんだよ』
 ますます悲しさを滲ませたお爺さんの声にスカーフェイスは体を震わせた。まるで信じようとしない喚き声が辺りに響き渡る。
「うそだ! うそだうそだ! ブッチがそんなこと言うわけない!」
『クロ、今ならまだ間に合うよ。今そちらにブッチを向かわせているから、おまえはブッチとシロと一緒に、私のところへ帰ってきなさい』
 我が子が犯した罪を、すべて許すような優しい口調だった。それにしてもブッチを向かわせている? 僕たちが黒野堂へ行ったとき、猫は他にいなかったし、マシュマロもブッチの居所までは知らなかった。じゃあ、これまでブッチはどこにいたんだ?
「うそだ! うそだうそだ‼ 帰ったらぼくを時計に閉じ込めて出さないつもりだろ⁉」
 激しく首をふりながら、スカーフェイスは耳を貸さない。
「クロ、ボクと一緒におじいさんのところへ帰ろう」
「おまえもじいさんとグルなんだな⁉ 信じてたのに!」
 スカーフェイスは敵意を剥き出しにして、さらに激しく暴れ回る。僕はミチルが持っていた手鏡をとっさに奪うと、網から抜け出そうとするスカーフェイスに向けた。
「いい加減にしろよ! 君こそ、マシュマロの……シロの気持ちを考えたことあるの⁉」
 スカーフェイスは振り返ると、鏡を向けられていることに気づき目を逸らした。
「シロがどれだけ君を心配してたか知ろうともしないし、君がした悪さがどれだけこの町の人たちを傷つけたのか、君は知ろうともしない!」
 鏡を突きつけられ、不服そうなスカーフェイスは僕の話を聞くしかない。
「君は自分のワガママで力を使い、お爺さんやシロを悲しませてるんだよ! それに、君に時間を奪われてケガをしたり、行方不明になった子までいるんだ! 君はその人たちの家族や友だちまで悲しませてるんだよ⁉」
「うるさいぞおまえ! だまれよ!」スカーフェイスが怒りをまき散らす。
 黙ってなんていられない。すごく怖いけど、悲しんだ人たちが沢山いるんだ! ぜんぶスカーフェイスのワガママのせいなんだよ⁉ それでも最後まで心配して、君を信じたお爺さんとマシュマロの気持ちが僕にはわかるから!
 家族や友だちへの思いと同じだ。間違ったことをしたらちゃんと気づいてほしいと思うもの。たとえ邪険に扱われたり、悪口を言われたって、友だちが違いに気づいて考え直してくれたら、それまでのことなんてきっと許せる。それが本当の友だちだ。
「だまれ! だまれよ!」
 スカーフェイスが激しくあばれる。
そのときビリッと音を立て、なにかが裂ける音がした。
「千斗君! 虫網が!」
 ミチルが慌てた。見ると、スカーフェイスの鋭い爪のせいで網が裂け始めている。
「やぶれちゃうよ!」マルコが叫ぶと同時に、爪に絡まった網がさらに音を立てて裂けていった。慌てて手鏡を放し、裂けた部分を塞ごうとする。裂け目から、スカーフェイスの爪が手の甲に突き刺さった。反射的に手を引きそうになるのを堪えて網を押さえつける。
「アァァ! 手を退けろよ! ぼくをここから出せ!」
 逆立った毛がふくれ上がり、スカーフェイスは口を大きく開き、鋭い牙を剥き出した。そして体を一瞬後ろへ引っ込めると、反動をつけて尖った牙を僕の指先に突き立てようとする。
「なにやってんだ⁉ クロ‼」
 聞いたことのない声が辺りに響いた。
「おまえ、一体こんなところでなにやってんだよ⁉」
 背後から聞こえる声に、スカーフェイスとマシュマロが目を丸くする。
「ブッチ⁉」
「うそだ! そんなはずない!」
 信じられない顔をして、マシュマロとスカーフェイスが叫んだ。振り返ると、白地で黒ぶち模様の猫がスカーフェイスをまっすぐ見つめている。
「あれが、ブッチ?」マルコがつぶやくと、ミチルが「たぶん……」とうなずいた。
「クロ! おまえこんなところでなにやってんだよ? おれはおまえに、早く一人前になれって言ったはずだぞ⁉」
 突然現れたブッチに戸惑いを隠せないのか、スカーフェイスが怯えた声でいった。
「違う……ぼくはだまされないぞ!」
「じいさんにも言われたはずだぞ? おまえが一人前になれば、また三匹仲良く一緒にやれるって! なのに、なんでおまえはこんなとこで悪さばかりしてるんだよ! そんなにおれやシロと一緒にいたくなかったのかよ⁉」ブッチの表情はきびしい。
 スカーフェイスは震えながら、とうとう涙を浮かべて金切り声をあげた。
「違う! おまえはブッチなんかじゃない! ぼくは本物のブッチに会いに行くんだ‼」
 スカーフェイスの体から突然黒い霧のようなものが立ちのぼる。マシュマロがそれを見て取り乱した。「クロ⁉ それはダメだよ! その術は二度と使っちゃいけない!」
 不気味に立ちのぼる霧に驚いて、思わず僕は網から手をはなす。
「マシュマロ⁉ これは一体?」
「不法の器だ……」
 マシュマロが呆然と空を見上げた。この世界で実体を持ち、そして力を使い干渉することができる禁術。――立ちのぼる不気味な黒い霧は、カラス神社の鳥居で羽を休める真っ黒なカラス目がけて飛んでいく。
 そうか! 黒猫の体を乗り捨てて、カラスの体を使って逃げるつもりなんだ!
 立ち尽くすマシュマロに、ブッチが慌てて尋ねる。
「シロ⁉ まさかクロは……」
「どうしよう? ブッチ……二度目の器だよ……」
 マシュマロが声を震わせた。《不法の器》は二度は使えない。この世界で手に入れた体を抜け出たら最後、術者は気体のように散り散りになって消えてしまう。立ちのぼるあの黒い霧、あれこそがスカーフェイスの本体。つまり魂なんだって僕は理解した。
「バカ野郎! 早く黒猫に戻れ!」ブッチが叫ぶけれど、スカーフェイスは耳を貸さない。
『ブッチ! シロ! 一体どうしたんだ⁉』
 腕時計からお爺さんの声が響いた。こんなに慌てた声は初めてだった。マルコが通信ボタンを押してマシュマロの口元に持っていくと、マシュマロが飛びついて話し出す。
「おじいさん! ボク、ボク! クロのこと止められなかったよ……どうしよう⁉ クロが、クロがなくなっちゃう!」
 マシュマロが声を震わせる。その痛々しい声が、僕たち全員の胸をしめつけた。
「じいさん! なにか方法はないのか? おれ、いやだよ! このままクロとお別れだなんて、おれいやだよ!」
 ブッチもマルコにかけ寄って、クロを助けるように懇願する。
「アァァ⁉ アレ? アレ?」
 空を見上げると、徐々に薄く広がり始めたスカーフェイスの魂が、カラスの体に入り込めずに戸惑っていた。予想外の状況に慌てふためき助けを求める。
「アレ? ねえ⁉ シロ? ブッチ? ぼくの体の自由が利かないよ⁉」
「お爺さん、スカーフェイスを助ける方法を教えてよ! ボク、なんでもするからさ!」
『すまない……こうなってしまっては、もうどうすることもできないんだ』
 通信機から、悲しくて堪らない様子の震えた声が、僕たちの耳に届いた。
「このままなくなっちゃうなんて、ぼくいやだよ! シロ! ブッチ! 助けて!」
 悲痛な叫びをあげながら、スカーフェイスの魂がどんどん霧となって散っていく。
「クロ!」マシュマロが、スカーフェイスに手を伸ばす。
「クロ!」ブッチも同じように手を差し伸ばした。
 そのとき、一瞬だけ空が光り輝いたかと思うと、スカーフェイスの姿は完全にかき消された。後に残されたのは、暖かい陽射しと、透き通った青い空だけ。まるで、初めからなにもなかったように、透き通った青い空だけが僕たちの前に広がっていたんだ。

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