見出し画像

「カノンの子守唄」第七話

第六章

同族喰い

 翌日はあいにくの雨だった。まるで、モヤモヤとした気分が雲となって空に昇り、雨をふらせているようだ。みんなはもくもくと雨の平原を歩き、やがて平原の終わりに近づくと、遠くに見えていた山のひとつへと入り、食糧や水を補給しながら山頂を目指した。
 その夜、雨はすっかりあがって満天の星となった。そんな夜空を見あげながら、タテガミはうんざりしていた。まだいくつも山を登らなくてはならない。
「まだまだ先は長そうだな……長老にしても、ノアの父ちゃんにしても、冒険家ってのは楽じゃないんだな……」
「ノアの親父は冒険家なのか?」
 寝ころんで休んでいたモヒが、『冒険家』というモヒの言葉に反応して起きあがる。
「そうよ。代々忘却の都ノアを探し求めてるわ」
 モヒにとって冒険家は憧れそのものだった。まだ誰も行ったことのない土地に足を踏み入れたり、まだ誰も見たことのない景色を探す。ときには命を落とすような危険もあるし、実際帰ってこなかった冒険家もいる。それでも人は、その探究心をおさえられず、道を進み続ける。ようやくたどり着いた先に、今よりももっと素晴らしい何かがあると信じて。
「すごいんだな……」
「すごいのかしら。でも旅先で、とても食べられないような臭い肉を食べさせられることもあるって、おじいちゃん言ってたわ」
「臭い肉?」
「うん。キースって知ってる?」
 キースはよく肥えた野ウサギのような動物だったが、その肉は臭く身はボソボソで、おいしくもなんともなかった。
「ものすごい歓迎されて、出てきたごちそうがキースだったことがあるんだって。訪ねてきた客人をもてなすために、そこの村人が用意したのはキースの丸焼きだったの。私たちの村では絶対に食べないわ」
「あれ食うなんて信じられないよな!」
「男の人にプロポーズされたこともあるって言ってたよ!」
 そう言ってノアは笑った。その話を聞いたことがなかったタテガミまでが身を乗り出して興味を示す。その夜モヒは、ノアの話す長老の若かりし日の冒険談を夢中で聴き入っていた。そんなキラキラとした少年のようなモヒの姿に、みんな少しほっとしながらその夜はめずらしく遅くまで語りあかした。
 山を進んで二日ほどたった。普段よりも山の霧が濃い。あまりにも深い霧に、空の色さえ確認できないほどだ。悪い視界の中、ネジ式を先頭にさらに歩いていく。
 突然タテガミが、近くに今までとは違う変化を感じて地面の音を聞きはじめた。
「どうしたの?」
「水の音が聞こえるんだ……。でも、川のように激しい流れを感じないんだ」
 先頭を歩いていたネジ式がふり返る。
「それは湖かも知れませんね」
「湖か……。聞いたことはあるけど、おいら見たことないな……」
 モヒは、湖についてまったく聞いたこともなかった。気になって仕方がない様子だ。
 それに気づいたネジ式が、「少し休息も必要でしょう。霧も深いことですし、深く歩き進めるのは効率が悪いです。少し回り道になりますが行ってみますか?」と、湖への回り道を提案した。ずっと張りつめているモヒの気持ちを、少しでも落ち着かせることができるかもしれない。それに湖があるのだとしたら水がたくさん補給できる。
 ロボットである自分より、生身の体をもつ彼らに、水がどれほど大切なものかをネジ式はよく知っていた。モヒがうれしそうな顔をした。
「タテガミさんの耳を頼りに湖の方まで行ってみましょう」
 先頭に立つタテガミに、モヒはぴったりくっついて湖の話で盛りあがっていた。
 湖の方角へ向かうにつれて、霧は少しずつうすらいでいった。ノアが後ろを歩きながら、カニバルについての疑問をネジ式にぶつける。
「ねえ、ネジ式。カニバルはなぜグースーのような動物を食べずに、人を食べるのかしら? 本当に食べてるのかしら? ひょっとしたら、ただ単に縄張りに入ってきた敵を攻撃してるだけなんじゃないかしら?」
 カニバルは人を襲い、食べるという〝いわれ〟はあった。しかしそれはすべて人づてに聞いた話であって、実際に食べているところを見たという人に出会ったこともない。
 幕屋を襲われたモヒも、親や仲間を殺されたところは見ていても、実際に食べられているところは見ていない。
 しかし、ネジ式はカニバルの『同族喰い』は間違いないと思っていた。少しの沈黙の後、ネジ式はその重い口を開こうとした。
 そのとき、ノアたちの目の前にとても大きな湖が姿を現した。
「湖だ!」タテガミとモヒが同時に叫ぶと、湖に向かってかけ出した。
 気づけば辺りの霧はすっかり晴れている。空はすみきった青空が木々の間から見える。湖面に映る青空がキラキラとかがやいていた。
「この話は、また後日にしましょう」
 ネジ式は、ノアに視線を合わせると少し顔を傾けた。少しほほえんだような、けれどもとても悲しそうな、そんな複雑な感じにノアは思えた。
「モヒ! 魚だ! 昼飯だ!」
「待てよ! おれも行く!」
 はしゃいでドボンドボンと湖に飛びこむ、無邪気なふたりを見ながらノアは考えていた。カニバルのことは脅威だけれども、自分たちは自分たちで、お互いに助けあって生きていくしかない。そうやって協力したり、わかり合ったりできることが、きっと自分たちの最大の武器なんだ。そう割り切るとノアの心も少しだけ晴れ間が見えた。
「私も!」
 そう叫んだノアはかけ出し、すき通る青空を映す湖へと飛びこんでいった。
 湖でタテガミとモヒがとった魚を食べ、ふたたび〝ノア〟へと進路を取り直して山の中を進んでいく。陽は傾き、木々から低く差しこむ陽がまぶしい。
 ひとつの大きな山を登り、そしておりるころには日も沈み、辺りは真っ暗になっているみんなは枯れ木や葉を集めると、その夜はその場所で火をたき、そして眠った。
 カニバルに遭遇してから、立て続けに色々なことが起こった。緊張と疲れがひどく体にたまっていたのか、三人は泥のように深い眠りにつく。
 ネジ式は、そんな彼らをいたわるようにして、空に見える星空を見ながら『カノン』を小さく流した。その美しいらせんの旋律は、かがやく星空に吸いこまれていくようだ。
 ノアはこの夜、モヒのすすり泣く声で目を覚ますことはなかった。
 モヒはこの夜、一度もすすり泣くことなく深い眠りに落ちた。
 眠らないネジ式は、カノンの旋律が、ここカノンの民にとってなぜか特別に心にひびく音色であることを感じ取っていた。
 山に入って何日かたったころ、ふたたびタテガミが耳をすませていた。
「なんだ? タテガミ、今度は何が聞こえるんだ? おい、もったいつけずに教えろよ」
「ちょっと待てって。そんなさわいだらモヒの声しか聞こえないだろ」
「ああ! そうか! すまん!」
「だから、うるさいって」
 あのカニバルの一件以来、タテガミとモヒは急速に深い友情で結びついたように見えた。深い傷あとを隠すようにして心を閉ざしていたモヒが、タテガミのその特殊な能力を認めて心を許し、タテガミが今また感じ取った新しい『まだ見ぬ何か』に胸をおどらせている。 タテガミは目を閉じたまま、その何かを探る。
「……」
 モヒは食い入るようにタテガミを見つめていた。その目に期待が込もっている。
 タテガミがその聴力の高さから得るものは変化だ。それは野生の動物かもしれないし、湖のようなまだ見ぬ何かかもしれないし、ときには襲いかかる脅威かもしれない。
 それがはっきりとするまでは、本来、モヒのように胸をおどらせることなどできないのをノアは知っている。しかし、ノアも安心して、タテガミが探る何かに心をおどらせた。それはネジ式の次の一言があったからだ。
「何があるかわかりますか?」
 その口調から、この先に何があるのかネジ式にはもうわかっているのだと、ノアにはわかった。ネジ式はそれをあえてクイズのようにノアたちに出題したのだ。モヒとタテガミはそんなネジ式を気にもとめずに盛りあがっている。
「なあ! もういいか? 何があるんだよ、タテガミ! 早く教えてくれよ!」
「だめだ! わかんない。おいらも初めて聞く音だよ」
「どんな音だったんだ?」
「水だよ。でも川とも湖とも違う。ザーザーと近づいたりはなれたりするような音だ」
「なんだよ、それ」
 モヒもタテガミも想像をふくらませたが、まったくイメージできなかった。
「ねえ、この先にいったい何があるの?」
 ノアは待ちきれずにネジ式に答えを求めた。
「さあ、それは行ってからのお楽しみです」
 うれしそうにもったいぶるネジ式の言葉に、みんなの気持ちは高ぶった。足取りは急に軽やかになり、急な斜面でもサクサクと登れてしまうほどだ。
 山の頂上付近にたどり着く。そこから見おろす景色にみんなは絶句した。そこには、ただ無限大に広がる一面の大きな水たまりがあった。ほかには何もない。
 言葉を失ったみんなにネジ式は言った。
「――海。私たちの住んでいた星では、そう呼ばれていました」
 海――初めて聞くその言葉にみんなは感動を覚えていた。誰も海について聞いたことがなかったのだ。長老の話の中にも出てきたことがない。
「早く山をおりよう!」
 気持ちをおさえられずに、モヒが真っ先にかけ出していた。タテガミとノアも続く。
 ああ、早く海を目の前で見てみたい。頭の中はすでに海のことでいっぱいになっていた。
 山岳地帯をぬけ、みんなが砂浜にたどり着いたのは、日が沈みはじめる少し前だった。目の前に真っ白な砂浜が広がり、その向こうには一面の海が広がっている。砂浜に立つと、重みで足が砂の中へと少し沈んでいった。足におおいかぶさる白い砂が心地よい。
 タテガミとモヒは一直線に海に飛びこんだ。
「辛い! 辛い水だ!」
「魚がいるぞ! 見たことない魚だ!」
 ふたりは興奮して、海の水をバシャバシャとやりながら、体を沈めたり飛びあがったりして目をかがやかせている。はしゃぐふたりを、ネジ式がじっと見ていた。
「ネジ式、うれしそうね」
「そうですか? 海がきれいですね」
 そう言ってネジ式は、頭をクルクルと回した。
 海からあがり、沈む夕日を砂浜から見る。
「見ろよ、陽は山からやって来て、海に帰っていくんだ!」
 その日、みんなはその砂浜で夜を過ごした。食事をとり、眠りにつく間、絶えず波の音が心地よくひびいている。モヒとタテガミは、横になるとあっという間に眠りこんだ。
 ノアもまぶたを閉じ、眠りにつく。波の音は、なぜかネジ式に聴かせてもらった〝カノン〟という音楽のらせんをイメージさせた。
 最近のノアは、自分に起きた色々な出来事をより深く考えるようになっていた。疲れた頭の中、寄せては返す波の音を聞いていると、なぜか心が落ち着いた。
 ザザーン……ザザーン……という波の音は、そのリズムを乱すことなくずっと続いている。やわらかい波の音とやわらかい砂浜に、ノアは抱かれるようにして深い眠りに落ちた。
 翌日、みんなは海岸沿いに〝ノア〟を目指して歩いた。
「ここまで来たら〝ノア〟はもう少しですよ」
 この旅が始まり、ここまでずいぶんと歩き続けてきたが、目的の〝ノア〟に近づいていると言われて、みんなの足どりは力を取り戻した。
 波の音を左側に海岸沿いを半日も歩いたころ、はるか前方に海ほども広大な森と山々がうっすらと見えはじめると、ネジ式がなぜかおどろいて言った。
「そんな! ここまで?」
「どうしたの?」
「私がここへ来たとき、海は確かにありましたが、あんな巨大な森はなかったのです」
「ネジ式が忘れてただけじゃないのか? 森なんてどこにでもあるだろ」
「見落とすことなどありませんよ。私が〝ノア〟を出発したとき、あの辺りには何もなかったのですから」
「なら〝ノア〟を出発してから森ができたんだろ?」
「単純に言ってしまえば、その通りです。しかし、……いったいこの星は……」
 ネジ式があの辺りをはるか前に通り過ぎたとき、そこは火山灰が積もるまだ熱した地域だった。微生物は焼きつき植物はまったく生えないと思えたのだ。ネジ式は数日前に通り過ぎた毒の沼のことを思い出していた。ネジ式の知識では、あれほど強い酸の沼は、火山の頂上付近にしか発生しない。森の中で地面深くからガスが沸いているとしたら、この大陸はまだ勢いよく流動している。この森の広がりを見ても、まるで崩壊後の再生を感じさせるような広がり方だと、ネジ式は思ったのだ。
「とにかく行ってみましょうよ! ひょっとしたらネジ式が〝ノア〟の場所を勘違いしてるだけかも知れないわ」
「そうですね……しかしおそらく〝ノア〟はあの森の中にあります」
 海岸沿いをひたすら森に向かって歩く。日が真上で照りつけるころ、ふたたびタテガミとモヒは昼食を求めて海へと飛びこんでいた。ノアは彼らを待ちながら、海岸に流れ着いた流木を拾い集める。
 ネジ式はあれからずっと考えこんでいる様子だ。物知りなネジ式にもわからないこともある。考えてみれば、ノアたちはネジ式がもともといた星のことをあまり知らされてはいなかった。ただざっくりと、このカノンのような星だったと聞いただけ。後はこの星の名前〝カノン〟と同じ名前の音楽があるということくらいだ。
 モヒに話した復讐の輪の話や、カニバルの『同族喰い』の話にしても、まるで自分が住んでいた星で実際に起こった悲しい出来事を話すかのように、ネジ式の口調はどこか重く悲しげだった。そもそもネジ式が初めに言っていた〝キメラ〟だの、〝キメラ計画〟だのもいまだに謎のまま。
 いったいマザーやネジ式はどこから来て、このカノンで何をしようとしていたのか……ノアの興味は〝忘却の都ノア〟とともに、ネジ式たちが暮らしていた星にまで及んでいた。
「ねえ、ネジ式たちは自分の星には帰らないの?」
 その質問の後、ネジ式は一瞬動きを止めた。ふし目がちでどこか悲しげだ。
「もう、帰ることができないんです」
 帰る手段がなくなったのか、それとも帰る場所そのものがなくなったのか――ノアは聞いてはいけないことを聞いてしまったような気分になった。
「あなたのその疑問はすべて、マザーに聞いてみてください」
 出会ったころからよくネジ式は『私には答えられない』と言っていた。やはり答えられるものと答えられないものが、ネジ式には存在するのだとノアは感じた。
 ノアはネジ式の背中でずっと動き続けている蝶型のネジを見ながら考えていた。空から落ちてきたネジ式。彼のネジは、ふたたび止まってしまうのだろうかと。
「ねえ……、あなたのその背中のネジは、また止まってしまうの?」
「そうですね。三千時間ほどは動くようにできています。しかし我々単独では、永遠に動くようには作られていないのです。本来私たちはふたり一組で動くようにできています」
 ネジ式は、さも当たり前のことを話すように答えた。単独では動くようにできていないーノアはその答えを、村のみんなの助けを借りて生きている自分のようだと思った。
「そう言えば、カニバルの話が途中でしたね」
 唐突にネジ式がカニバルの話題を持ち出した。
 ノアはだまってネジ式の話を聞いた――そして、その話は意外なものだった。
「ずばり言うと、それは文化や風習、そして土着の違いなのです」
 ノアが不思議そうな顔をする。
「ノアさん、キースの話をしていましたよね。たどり着いた村で、おじいさんがキースの丸焼きを出されたと。キースを食べる彼らにとっては、それは特別なもてなしでした。でもノアさんの村ではそれはありえない」
 ネジ式がノアにもわかりやすいようにキースの話を持ち出す。
「私が以前いた星でも、様々な種類の人間が、様々な場所で暮らしていました。人口が密集する場所もあれば、少数で暮らす場所もあります。熱い気候の土地や、寒い気候の土地。その土地それぞれで違うものを食べて、違う生活をしていることは当たり前なのです」
「キースを食べることも、食べないことも、どっちも文化だってこと?」
 自分の例え話をノアが理解したのがわかったネジ式はさらに話を続けた。
「ノアさんの村では亡くなった方の埋葬方法はどうしていますか?」
「もちろん埋めるわ。おじいちゃんの話では、残酷にも燃やす村もあるって聞いたけど……でもそれがカニバルの話とどう関係あるの?」
 ノアはそこまで自分で言って、ぞくっとした。
 キースを食べる、食べない。人を……食べる、食べない……。
 ネジ式はうなずきノアを見た。
「それも、文化や風習の違いです。土葬でも火葬でも、亡くなった方を大事に想う気持ちから文化や風習により生まれたものです。ではもし埋めるのでもなく、燃やすのでもなく――」ノアの嫌な予感が、見事に的中した。
「食べるとしたら?」ネジ式は続けた。ネジ式がいた星では、ごく一部の地域だが、死者を弔う際、その死者の肉を村人全員で分け合い、食べるといった方法があったのだと言う。
 それを聞いてノアは吐き気がした。気持ちはわからなくもない。大切な人だからこそ、その肉を食べ自分の体の一部にしたい。しかし人間の体とは、そんな愛の形を許容できるような造りにはなっていないのだ。
「その人たちは、どうなったの?」
「カニバルの中に、奇声を発したり、突然笑い出したりした者がいたでしょう? あれとまったく同じ症状が出はじめ、やがて死んでしまいました……。ですから私はマザーに会って、なぜあのような者たちが生まれたのかを聞きたいのです」
 行いの違いが、文化や風習によるものだということはわかった。でもその理由をどうしてマザーが知っているのか――ノアは、ネジ式の話に矛盾があるように感じた。
「ノアに行き、マザーに会えばわかりますよ」ネジ式は一言だけ、簡潔に答えた。
 タテガミとモヒがとってきた魚を食べ、ふたたび海岸沿いを歩き続ける。
 森に到着したのは日も沈みかけたころだった。月明かりの照らす海岸に比べ、森の中は夜になれば深い闇に包まれてしまう。
「森に入るのは明日にして、今夜はこの辺りの海岸で休みましょう」
「なぁネジ式? もし本当にここに〝ノア〟があるなら、後どのくらいなんだ?」
「朝一番でここを発てば、夕刻には着けるはずです」
「いよいよだな!」
「うん! 忘却の都、いったいどんなところなのかしら?」
「楽しみだな! まさか自分の目で見られるとは思ってもなかったよ」
 モヒはここ数日で、ずいぶんとおだやかになった。初めはあんなに殺伐としていたモヒが、今はこうして互いに〝ノア〟を目指し、そして期待をふくらませ無邪気に喜んでいる。 しかし、そんな幸せな瞬間は、一瞬で波の音とともにかき消された。
 森の中から、耳にべったりこびりつくあの咆哮が聞こえたのだ。息もできないほどに背筋が凍る、あの真っ白な悪魔の叫び声だ。その場にあの忘れられない恐怖が渦巻く。
「まだ追ってきてるっていうのか?」
「こんなところにまで……。明日は細心の注意を払いながら進みましょう。タテガミさん、あなたのその能力にかかっています。お願いします」
 ネジ式は、いつになく慎重な様子を見せた。ネジ式が彼らに『お願いします』と改まった態度で口にしたのは初めてのことだ。
 カニバルの咆哮はまだ遠くひびいている。タテガミの気持ちはこれ以上ないほどに張りつめていた。唾を飲んでモヒを見ると、モヒはだまったまま森をにらみつけていた。
 必ず仇をとってやる! モヒの背中がそう物語っていた。

#創作大賞2024  #ファンタジー小説部門

ありがとうございます!!!!!!がんばります!!!