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「カノンの子守唄」第十一話(最終話)

第十章

青空へと続くらせん

 ゆらゆらとゆれる無重力状態の中、ゆりかごの中で眠るように気持ちはおだやかだ。頭の中には心地よい子守唄が、らせんを描くように流れ続けている。
 あの片目のカニバルとの対決から二日ほどたった。ノアもタテガミも、疲れと安心感からか、泥のように眠りこけていた。その眠りの中でノアは夢を見ていた。伝説の都ノアで、オメガの子守唄を聴きながら、すくすくと成長し、やがて親元をはなれ、この地上に移り住む夢を……。
 キメラの中のひとりが言い出した。
『この星をカノンと名づけよう! ぼくたちはカノンの民だ』
 カノンの民は地上に移り住んだ。いつしか故郷の都を忘れてしまっても、決して忘れないものがふたつあった。それはエスペランサ博士の思想と、マザーアマルの希望、そしてあの子守唄。
 言葉や形では継承できないものを、彼らはその魂に脈々と受けついでいった……。
「ノア! ノア!」
 タテガミの呼び声で、ノアは目を覚ました。
「いったいいつまで眠る気だよ。マザーが呼んでるぜ」
 ノアがマザーの部屋へと向かうと、中では忙しそうに、ネジ式とオメガが走り回っていた。ノアに気づいたネジ式がかけ寄ってくる。
「おはようございます。気分はどうですか?」
「もう大丈夫よ。それより、ネジ式もオメガも何をそんなに忙しそうにしてるの?」
「カニバルのサンプルの解析が終わり、彼らの微量栄養素セレンを消費する酵素を打ち消す物質を発見できたのです!」
「じゃあ!?」
「ええ! カニバルは同じキメラを食べなくても、生活できることになります。もちろんどうやってそれを彼らに投与するかはこれから考えなくてはなりませんが」
 ネジ式とオメガは、各地に散って失われたほかのロボット――仲間のデータを解析し、回収の計画を立てようとしていた。仲間を回収してカニバルへの治療に当たればきっとうまくいくに違いない。それはうれしい知らせだった。まるでさっきまで見ていた夢の、幸せな始まりのようだ。
 エスペランサ博士の意志とマザーの希望。ともに助け合い、補い合い、このカノンの地で互いにひとつの平和のらせんを築いていく、そんな一歩目を踏み出した気分だった。
「目覚めたようですね、ノア」
 暖かでやさしい声がノアに呼びかけた。
「今回のことでは大変感謝しています。あなた方がこの〝ノア〟を訪れなかったら、この星は、地球と同じ運命をたどっていたかもしれません」
 失った仲間のことが悔やまれる。ノアとタテガミは、涙で目をにじませていた。
「しかし不思議なこともあるものですね。忘れ去られた〝ノア〟に、その名を継承する少女が戻ったとき、ふたたびカノンの十二の光の粒が調和の音色を奏でるとは……」
 マザーの言葉は抽象的だった。ガラスパネルに十二色の光の色が浮かびあがり、ゆっくりと回りながらひとつながりになっていく。コンピューターであるマザーの中に、エスペランサ博士の記憶が希望の未来を見せた。
 ひととき訪れた沈黙が、ノアにはマザーの涙に思えた。ネジ式とオメガは、ずっと忙しそうに動き回っている。それをほほえましく思いながら、ノアはマザーにたずねた。
「マザーたちは、カニバルの一件が片づいたら地球に帰ってしまうの?」
「その必要はないのです」ゆったりとしたマザーの声が部屋にひびく。
「マザー! それはまさか!?」
 ネジ式がおどろいて動きを止め、マザーの次の言葉を期待して待った。
「調査を続けるうちに、この星は荒廃後の未来の地球だと私は考えるようになりました。ハイパードライブに入った〝ノア〟のシステムが壊れるほどに、予測をはるかに超えた磁場がなぜ発生したのか、それがもし時空を超えた衝撃によるものだとしたら、それも説明がつきます」
「さしずめ、ノアさんもタテガミさんも、地球の新人類ということになるのですね!」
 ノアにとって、ここが未来の地球なのかどうかはさほど問題ではなかった。
 ただこれからもこの星でみんなとともに暮らせる事実だけがうれしかった。
「いいえ、私たちはカノンの民。エスペランサ博士の意志とマザーアマルの希望と愛情を受けついで産まれた、たがいに補い合って助け合うカノンの民よ」
 マザーは「そうですね」とやさしく答えた。大切なのはこれからの未来だ。ここが未来の地球だとしても、そうでないとしても。

 忘却の都、スペースシップノアの中央に位置する部屋の真ん中には、船の屋上へと続くらせん階段が備えつけられている。その屋上へと続く階段をのぼり、扉を開いた先には、モヒが静かに眠る墓があった。一面に広がる緑の樹海が見渡せ、頭上にはすき通る青い空を真っ白な雲が流れていく。
 ノアとタテガミは真っ青な空を見あげていた。ふと、ふたりの間をやさしい風が通り過ぎていく――その瞬間、地上から舞いあがった葉が風に乗り、クルクルとらせんの軌道を描いて、青空の中へと消えていった。
《了》

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