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「&So Are You」第四十一話

待ち伏せ作戦


 闇に支配された密林を風が通り抜ける。揺れる木々の葉が不気味に音をたて、そこにいるはずもない敵の軍勢が、すでに僕たちを取り囲んでいるような気配を呼び起こす。

 張り詰める怯えを振り切るように落ち葉を踏み続け、目に染みる汗は、もはや鼻水とも涎ともつかない。

 日が暮れるに連れ、上官たちの様子が次第に慌ただしくなるのが傍から見ても明らかだった。兵士の間では様々な憶測が飛び交い始め、一層の不安に苛立って争う者もいた。

 中尉がやって来ると再び話し始める。

「当初の予定通り第二中隊はここに残り、穴蔵からの待ち伏せ攻撃になる! 現在敵はすでに移動を始めている様子で、第一・第三中隊は敵の進行ルートを断定した後に両側面から攻撃予定だ。その攻撃から逃れた者をここで殲滅する!」

 中尉がそう叫ぶと同時に、東の方角から爆破音と、微かな銃声が聞こえた。いよいよ始まった。

「以上! 配置につけ!」

 軍曹の指示で、僕たちは弾薬をありったけ穴に運び込むと、二人一組で穴に配備された。東側の斜面に新たに仕掛け爆弾を配置した兵士たちも、次々に穴の中へ入り、これから攻め込んでくるであろう敵を待ち構えた。

 当座の作戦と、疲弊して士気の下がった僕たちで一体どれほど通用するのか不安が募った。そして割り当てられたパートナーの存在がさらに僕を不安にさせた。相手はデクスターだった。

「よりによってお前なんかと組むはめになるとはな。よっぽどアメリカは兵士が不足してるんだろうよ……」

 大息を吐くデクスターの言葉を聞き流し、僕は腕時計を確認する。時刻は夕刻六時を過ぎたところだった。中尉は、兵士たちがすべて配置についたのを確認すると叫んだ。

「我々はここで敵を足止めする! 敵が流れ込んで来るのと同時に、後方の砲兵隊が援護砲撃を始める! 絶対に穴から出るな! 出れば支援砲撃で死ぬことになるからな!」

 土壇場でようやく作戦の全貌を聞かされ、怯えた兵士たちから不満の声が上がるが、すでに戦いは始まっている。今さら背中を向けて逃げ出すことなんてできない。何よりそんなことをすれば敵に討たれる前に上官に殺されるだろう。

 上官たちは初めからこれを狙っていたんだろう。辺りが薄闇に染まり始めていたが、ジャングルの深部はさらに暗さを増す。

 聞こえ来る銃声の応酬は確実に近づいていた。第一中隊、第三中隊の防衛線を突破した敵が辿りつくのもそう遠くない。一時間程度でここも戦さ場になる。そうなる前になんとしてでもグレッグを見つけ出したかった。

 敵はこちらの穴の位置も知っている! だから、このまま穴の中で攻撃を続けたって、どのみち僕たちには「死」しか待っていない。だけど敵が攻め込んできて、砲撃が始まる前ならチャンスはある。その前にグレッグに合流して、どこかで身を潜めれば助かる可能性はあるはずだと僕は考えていた。

 その前に――。
 僕はデクスターをなんとかしなきゃならない……。

「よぉ、ベンジャミン。お前、マリファナあるだろ。敵が流れ込んで来るのはまだ先だ。その前に一服やっておこうぜ」

 僕は持っていたマリファナを黙ってくれてやると、こいつをなんとかする方法を考えていた。銃を使えば音で近くの兵士に気づかれてしまう。僕は腰のナイフに視線を落とした。

「なあ、おまえもやれって。メリー・ジェーンが俺たちの女神になってくれる。今回の戦闘で、俺の鉄帽にまた勝利のマークがどっさり増えるぜ……」

 デクスターは大きく煙を吸い込むと、虚な目でつぶやいた。にやけながら鉄帽に刻まれた髑髏マークを指で叩く。

 こいつは正真正銘の糞野郎だ。ジェフもそうだが、こいつはさらに上を行く。生かしておいてもろくなことにはならない。僕は決意すると、腰のナイフに手を伸ばした。

「生き延びることができるって、本気で思ってるのか?」

 その瞬間だった。凄まじい爆破音と共に誰かが叫んだ。

「ロケット砲だ!! 敵襲! 敵襲!!」

 咄嗟に銃をつかんで穴から外を覗くと、あちこちで煙が立ち上っている。近頃解放軍は要所において単装の携行式ランチャーを使用していた。到達距離は20kmもあるから狙い定めはおおざっぱだが穴に当たれば全員間違いなく一撃であの世行きだ。

「くそ! 来るぞ!! ベンジャミン! クレイモアを爆破させろ!」

 次々と解放戦線の兵士たちがなだれ込んでくる。僕は慌てて安全装置を解除するとA1のスイッチを叩く。М18は激しい音と衝撃を立て、地面ごと数名の敵兵を吹き飛ばした。激しく交戦する中、デクスターが言った。

「チッ! 相手に一杯食わされたな!」

「どういうことだよ!? なにが一杯食わされたんだ!?」

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