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「カノンの子守唄」第九話

第八章 

エスペランサ博士の遺志


 ネジ式が扉らしきものの横に埋めこまれたパネルを操作するが反応はない。
「おかしい……電源が死んでしまっている」
 森からはカニバルの遠吠えが迫ってきている。ネジ式は扉の足元辺りにあったコックを引っ張るとグルグルと回しはじめた。扉が上へと開いていく。
「お、おい? まさか〝ノア〟って……」
 タテガミが言いかけるとネジ式はそれをさえぎって、「とにかくモヒさんの手当を先にしましょう」と船内に入っていった。
 船内の通路は広く、タテガミが見たこともないような素材で内装は作られていた。通路を進んでいくと、ふたたび閉まる扉に行く手をはばまれた。ネジ式は脇にあるパネルを触ったが、やはり表の扉と同じように反応はなかった。どうやら、なんらかの理由でメインの電源が落とされている。何よりもまず、船の電源を復旧しなければならない。
 ネジ式はその扉に手をかけると、強引にこじ開け中に入った。ネジ式たちの目の前にはさらに通路が伸びていた。通路を真っすぐに進んでいくと、やがて下へおりる階段と上へあがる階段が現れた。
「タテガミさん、よく聞いてください。この階段をおりた先に扉があります。その扉は電源が落ちた場合のみ開けることができる扉です。その部屋に入りまっすぐ進んだ先に、たくさんの線が集結した箱がいくつか壁に備えられているはずです。その箱のふたをすべて開け、中にあるレバーをすべて上に押しあげてください」
 ネジ式に頼まれたタテガミだったが、まるで自信がなさそうだ。
 タテガミにとってこの場所に来るのも初めてならば、見る物すべてが初めて――ネジ式の話を聞くには聞いていたが、タテガミにはこの先にどんな物があって、どんなことをすればよいのかすら想像もつかない。
「い、一緒に来てくれないのかよ?」
「一刻を争います。私は先にあがって、モヒさんの生命維持装置をセッティングし、処置の準備をしなくてはならないのです」
 そう言うと、モヒを背負ったまま、ネジ式は上りの階段をあがっていってしまった。
 ちくしょう! やるしかない!
 タテガミは心の中でそう叫び、ノアを抱えたまま下へとおりていった。
 ノアはうつろな目のまま、まるで夢でも見ているようだった。
 いつもタテガミとふたりで遊んだ森でネジ式と出会い、初めて村の外の世界へと、忘却の都を目指し旅に出た。村の外で出会った、両親を失ったばかりの復讐に燃えるモヒの目が怖くてたまらなかった。
 グースーの子どもを食べるために殺した。相手の命をつみ、明日へつなぐ命の糧にする意味を、言葉だけでなく身を持って体験した。しかしそれと同時に『グースーの親はおいらたちに復讐に来るのかな?』というタテガミの言葉がいつまでも心に残った。
 やがて、自分たちもカニバルの命をつなぐために搾取される連鎖の一部だという現実を、父親の首飾りを通して知ったとき、ノアの心は怒りと復讐の炎で焼きつくされた。 
 おさえられない怒りで、復讐心が体をつき動かす。本当の意味でモヒの気持ちを理解したとき、目の前で死にゆくモヒの姿に、ノアの心は砕かれた。
 こんなところでひるんでいられない。お父さんの、そしてモヒの仇を私がとるんだ!
 ふたたび目に力が宿る。我に返ったノアの前に、扉に向かって何度も体当たりするタテガミがいた。
「タテガミ! ネジ式とモヒは? カニバルはどうなったの?」
「ノア! 気がついたのか!」
 タテガミは状況を説明した。どうやら扉の向こうに何かがあり、扉が開かないようだった。ノアが辺りを見渡すと、ふと天井から冷たい空気が流れこんでいるのに気づいた。天井には四角く切りぬかれた穴に鉄の柵――ノアが見つけたのは通風口だった。
「あれで扉の向こうまでいけないかしら?」
 ノアがタテガミを肩車する。タテガミは通風口の柵をずらすと、中へもぐりこんだ。
「どうなってる?」
「よくわからないけど、いけそうだ!」
 タテガミが、体ひとつ分しかないせまい通路の中から、となりに通じる部屋の柵をずらして激しく足でけった。柵は地面に落ちて、金属のぶつかる高い音がノアの耳にも届いた。
 部屋へ飛びおりる。閉まっていた扉を開けようとタテガミが見ると、そこに見慣れた姿のロボットが、扉の丸いコックに自分の腕をつきさすようにふさいで倒れていた。
「これは? ネジ式!?」
 そっくりだがネジ式のわけがない。それにネジ式と違って傷やへこみ、さびもなく、きれいなまま動かなくなっているだ。とにかく扉を開けようと、タテガミはロボットの腕をぬいて、その丸い取っ手のようなものを回した。扉が開かれてノアが入ってくる。
「ネジ式!?」
「いや、それはネジ式じゃないはずだ! ノア! そんなことよりこっちが先だ!」
 タテガミは配線ボックスのふたを開き、ひとつ目のレバーを押しあげていた。わけのわからないままに、必死にレバーをあげていく。バシンと低い電気音が部屋の中でひびいた。
 次の瞬間、うす暗かった船内は日中のように光に包まれていた。
 ネジ式がモヒの傷口の処置を終えるころ、〝ノア〟の電源が復旧された。
 船内には明かりがともされ、生命維持装置にスタンバイ状態を示すランプが点灯した。
「どうやら成功したようですね」
 ネジ式がモヒを抱えマシンに横たえると、起動した装置のふたは閉じていった。
 こちらに向かってかけてくる足元がある、ノアとタテガミだった。
「モヒは!?」
 ふたりとも全速力でかけあがって来たのだろう、肩で大きく息をしている。
 その表情には不安がにじみ出ていた。ネジ式がふり返り話そうとしたとき、船内にけたたましい叫び声が鳴りひびいた。カニバルの声だった。
「どうやら、カニバルの侵入を許してしまったようですね」
 ネジ式はそう言うと、部屋の中央にあるパネルを操作しはじめた。
 前方に備えつけられた大きな画面には、この部屋ではない別の場所がいくつもモニターされている。画面のひとつにカニバルの姿が映った。必死にパネル操作を続けるネジ式の向こうに、左目のつぶれた、あのカニバルの姿があったのだ。
 それを見てノアの表情が豹変した。またもやタテガミの腰からナイフをつかみ取り、声をあげながら、カニバルが映る画面に飛びかかると、ナイフを激しくつきさした。
 小さな爆発音とともにモニターは火を吹いて割れ、画面は真っ暗になってしまった。
「あぁ! なんてことを、それはカニバルではありません! 映像で見てるだけで、実際には違うところにいるんです!」
 黒く消え去った画面は煙をあげている。頭に血がのぼっているノアには、まだ自分が何をしたのかわかっていなかった。
「ノアさん、復讐心はさらなる復讐心しか生みません」
「それが何よ! お父さんを殺され、モヒまでひどい目にあわされたのよ! 仇をうたずにはいられないわ!」
 ネジ式はまだ操作を続けている。
『……エリアB封鎖、ロック開始……D区画シールドオン……』
 ネジ式の命令を受理する音声が次々とひびくとともに、船のあちこちからガシャン、ガシャンと扉の閉まるような音が聞こえてきた。
 ネジ式がやっとパネルから手をはなした。これ以上カニバルを侵入させないよう、ノアの扉をすべて閉じたのだ。
 すぐ近くから、閉じこめられたカニバルのいらだつ咆哮が聞こえた。
「おふたりとも、こちらへ」
 ネジ式は、ふたりについてくるように言うと奥の扉へと進んだ。横のパネルを操作すると、今度はプシュンという音とともに扉が開く。ノアはまだとまどっていた。
「ノア、そのナイフを返してくれ。それはおいらのナイフだ」
 タテガミはただ、ノアに武器を持っていてほしくなかったのだ。
「ごめん……」ノアはそれ以上何も言えなかった。タテガミも、そんなノアにかけてやれる言葉が見つからなかった。
 部屋に入ると、そこはカノンの音色で満たされていた。
 ネジ式が何度も聴かせてくれたあの旋律だ。しかしこれまで聞いてきたノイズ混じりの音ではなく、まったくゆがみがなくとても美しい。すみとおった音が、部屋全体からひびき渡っていた。
 うす暗い大きな部屋の中央には、透明なガラスパネルに囲まれた、一本の太い柱のような巨大な機械が備えつけられていた。それは〝ノア〟のメインコンピューターだった。
 ネジ式がその前で、自分の持っていたすべてのデータを送信する。
 ガラスパネルの中で数え切れない細かな光が、カノンの旋律に合わせるようになめらかに点滅して動いていた。柱のまわりをグルグルとらせんの軌道を描きながら、小さな光が舞いあがるように規律正しく昇っている。
「……ここは?」ノアがネジ式にたずねた。そのとき、部屋のどこからともなく、女性のやさしそうな声がひびいた。その声はあたたかく、なぜか母親を思わせる。
「ようこそノアへ、あなた方カノンの民を私は歓迎します」
「い、今の声は!?」
 ノアはその声が耳に飛びこんできた瞬間に、初めてネジ式に聴かせてもらったカノンを聴いたときのように、涙があふれていた。「マザー……」
「そうです。あなた方が会いたがっていたマザー。マザー・アマル・エスペランサです」
「エスペランサ?」
「はい、私はエスペランサ博士の手によってプログラムされたコンピューター。博士は私を希望という意味のアマルと名づけてくれました」
 淡々と、しかしやさしさで包みこむようにマザーアマルは話す。
「じ、じゃあ、あんたがおいらたち、カノンの民の祖先を産んだ、大母ちゃん?」
「その通りです。あなた方カノンの民は、エスペランサ博士のキメラ計画の発想をもとに、私が造り出したのです」
 ノアもタテガミも自分たちの祖先を産んだマザーアマルは、想像はできなくても、多少は自分たちに姿かたちの似た人物だと思いこんでいた。しかし現実にはコンピューターという、彼らには理解しがたい存在で、ふたりはおどろきをかくせなかった。
 なぜ私たちを産み出したのか? ノアがマザーにそうたずねようとしたとき、ネジ式が会話に割って入った。
「マザーアマル。なぜ動物とかけ合わせたキメラを? そのうちの一種族が同族喰いを行っています」
「赤い目の白いキメラのことですね。彼らのことを話す前に、順を追い、ふたりにもわかりやすいよう、事の始まりから話しましょう」
 マザーはまるでノアの気持ちを察したかのようにやさしい声で話しはじめた。
「キメラ計画の始まりは、私たちが暮らしていた地球と呼ばれる星の終末の大戦争がきっかけでした」
 突然ガラスパネルに映像が浮かびあがった。
 そこには、このカノンでは見たこともないような様々な兵器が火を吹いていた。その星の空は真っ黒な厚い雲におおわれ、陽の光も届かない。地上には緑もなく、地上を埋めつくすおびただしい数の人と兵器が火を放っていた。
 やがて地上は真っ赤に燃えあがり、その勢いは星全体を飲みこんでいく。地球と呼ばれた星はまるで太陽のように真っ赤に燃え広がっていった。
 その死んで行く星から一粒の光が宇宙へと飛び出していく……。
「地球に住む人間によって引き起こされた争いは、やがて自分たちの住む星を死の星とし、誰も住むことのできない星にしました。エスペランサ博士を含む数人の科学者は、あらかじめ採取しておいた地球上すべての動植物の遺伝子サンプルを持ち、このスペースシップノアに乗りこみ宇宙へと飛び出したのです」
 さらにマザーの話は続いた。
 ノアに乗りこんだ科学者たちは、ふたたび自分たちが暮らすのに適した星を探すため、宇宙をさ迷っていた。もしも、そんな星が見つかったなら、あらかじめ持ってきた遺伝子サンプルからもう一度、人を含む地球上の動植物を復元し、そこで新たに生活をしようと考えたのだ。それがキメラ計画という名の復元計画だった。
 しかし、そう簡単には自分たちの暮らす星など見つからない。仮に見つかったとしても、そのころには膨大な時間が過ぎ去り、科学者たちは死んでしまう。そう考えた科学者たちは、ノアを自動操縦に切り替え、地球によく似た星を見つけたら着陸するようにプログラムし直した。
 エスペランサ博士はマザーを使い、着陸と同時にロボットを探索に出し、その星の環境を調査をするようにプログラムした。そして調査の結果、もしそこが地球に似た環境ならば遺伝子サンプルの復元作業を進めるよう指示していた。
 科学者たちはわずかな希望を胸に、冷凍睡眠装置に入り、コールドスリープ状態になることにより、朗報を待つことにしたのだった。
「え? じゃあここには、その地球から来た博士たちがいるの?」
「はい、しかし目覚めることはできませんでした」
 マザーはノアの質問に答えを導くかのように話を続けた。
 ノアは宇宙空間の中を何万光年とさ迷っていた。定期的にハイパードライブをくり返し、少しでも人類が暮らすのに適した星がありそうな場所へ短い時間で到着するために。
 しかし何度目かのハイパードライブで、予測不可能な磁場が発生した。磁場が船内すべてに影響を与え、ノアのシステムに大きな損害を与えてしまったのだ。船は正常な運航ができなくなり、ノアのシステムは次々に停止しはじめる。当然コールドスリープ状態になっている博士たちの装置にもその作用は及び、冷凍睡眠が解除される前に、生命維持システムは機能しなくなり、博士たちはそのまま死んでしまった。
 マザーコンピューターアマルは、自らの修復をくり返しながらも、とっさの判断でエスペランサ博士だけでも救おうとした。だが、すでに装置の中で死にいく博士を救うには時間が足りなかった。仕方なくマザーはエスペランサ博士の意識や思念だけでもと、自分にアップロードしたのだった。
「博士の意識を取りこんだとき、博士の考えが私にははっきりとわかりました。彼は地球での惨事から、人間は生物の頂点に立つべきではないと考えていたのです」
「まさか! それが人と動物をかけ合わせたキメラ?」
「そうです。#12も知っているように、より強い個体を作るため、『ヒト×ヒト』キメラの計画はすでにありました。しかし博士の考えは違いました。地球と同じ復元を目指すだけでは、同じ歴史をたどると考えたのです。博士は人間だけではなく、人間と動物をかけ合わせたキメラを造り、互いに助け合い補い合う関係を作り、新たな地で争いをなくそうと考えていたのです」
 コントロールを失ったノアは、偶然近くにあったこの星に不時着し、予定通りロボットを派遣し環境を調査させた。この中の一体がネジ式だったのだ。
「おどろくほどこの星の環境は地球に似ていました。各地に派遣したロボットから調査報告が届くたび、私は期待に胸をふくらませました。私は博士の計画に手を加えて、人類の復元計画を実行しました。ヒトとは別に、人と動物の遺伝子を組み合わせたキメラを生み出すことをです。それと同時に私の補助ロボットとして船内に残っていた二体のうち一体に、地球から持ちこんだ植物を培養し各地で繁殖させるように指示を出しました。そして残りの一体には産まれたばかりのキメラたちの世話をさせることにしました」
「じゃあ、伝説は本当だったんだ! おいらたちの祖先はここで産まれて、ここから旅立ったんだ!」
「そうです。しかし、そこで新たに問題が発生しました。あの赤い目の白いキメラです」
 マザーが言った問題、それはカニバルのことだった。
「彼らは、ほかの種族より、微量栄養素セレンを特別大量に消化してしまう酵素を持っていて、常に欠乏する個体となってしまっていたのです。しかしノアにいる間は問題は表面化していませんでした。船をおりて生活を始めた彼らは、エネルギーは足りていても、栄養上、激しく飢えるようになりました。そしていつの間にか、彼らは共食いするようになってしまったのです。私は問題解決のため、彼らの生態を詳しく調べることにしました。そのためには彼らのサンプルが必要となり、キメラたちを世話していたロボットに連れてくるように命令を出したのです」
「じゃあなぜ問題は解決してないの? 解決してればお父さんを失わずにすんだのに!」
 取り乱すノアをタテガミがおさえる。マザーの話は意外なものだった。
「彼らを世話していたロボットはオメガと言いました。オメガはキメラたちを自分の子どものように愛情をかけて育てた。カニバルに問題があってもそれでも彼にはかわいい子どもだったのです。そんな我が子を私のところに連れていけばきっと削除されてしまうに違いない、そう考えた彼は無謀にも反乱を起こしノアそのものの電源を落とした……」
「じゃああの扉のところにいたネジ式が?」
「あなた方の世話役をしていたロボット、オメガです」
「つまり、わが子を想う親心がこれほどに歯車をくるわせていったと……」
 ノアもタテガミもだまったままだった。自分たちを想うあまり、流さなくてすんだ血と、怒りと哀しみが生まれたのかと思うと何も言えなかった。
「じゃあ、カニバルを連れてこれば、問題は解決できるのね?」
 ノアがまっすぐマザーを見つめる。
「はい。体内のセレンを消費する酵素の構造がわかれば、解決する手立てがあります」
「その役、私がやるわ! お父さんの仇をうちたいの」
「だめです! ノアさん、復讐は……」
「これを持って行きなさい」
 ガチャリと音を立て、壁の一部にかくされていた扉が開くと、中には一丁の銃が入っていた。マザーがガラスパネルに銃の使い方を示す映像を映し出す。
「銃口を相手に向け引き金を引けば、中から弾が飛び出し相手を動けなくするでしょう」
「マザー!」
 ネジ式がマザーに信じられないと言うように叫ぶ。
 ノアは進み出て銃を取りあげ、タテガミとともに部屋を出ていった。
「これでは地球の二の舞です」
「確かに、人間の争いも始まりは些細なことでした。個と個が争い、グループ同士の争いになり、やがて町と町、国と国に発展し、ついには星を巻きこむ争いになりました。しかし私は博士の思想を信じたい。彼らが助け合い、補い合うことで平和のらせんをたどる未来を……。彼女に渡したのは麻酔銃です。#12、彼らについていき、彼らの助けになってあげてください」
 ネジ式が部屋を出ると、ノアとタテガミは、生命維持装置の中のモヒを見ていた。
「モヒは、助かるのか?」
 タテガミが聞いたとき、装置からけたたましいアラーム音が鳴りひびいた。ネジ式があわててかけ寄る。モヒが意識を取り戻したようだ。ネジ式はアラームを切ると、装置の中からも音声が聞こえるようにスピーカーをつないだ。
 ふたりは意識を取り戻したモヒに喜び涙を流していたが、ネジ式の表情は浮かなかった。彼は知っていた。モヒがもういくらも持たないことを。
「よかった! モヒ!」ふたりは装置にへばりつき喜ぶ。
「その声は……ノアとタテガミ……。なんだ? ここは真っ暗で、とても寒いな……」
 モヒの目は、開いているのに、もう何も見えていないようだった。ノアとタテガミはおどろきふり返ったが、ネジ式は何も言わずうつむいて首をふるだけだった。
「ノア、そこにいるんだろ? よかった、おまえが無事で。あのとき、おれの復讐が果たせたとしても、おまえが死んでしまったら、いったいおれは、誰に復讐心を抱いて生きていけばいいのかわからなくなっていたよ」
 モヒの呼吸が次第に荒くなっていく。
「おい! モヒ! もういいから休んでろよ!」
 タテガミの声は涙まじりだ。
「泣いてるのか? ……タテガミ……ノアは、たまに冷静でいられなくなるときがある……おまえがちゃんとノアを止めろよな……」
「わかってる! わかってるから、もう休めよ! 元気になったらおいらたちの村で、一緒に暮らすんだ!」
「そうよ! だから後は私たちに任せてあなたは休んでて」
「そうか……それはいいな……楽しみ…だな……疲れたよ……じゃあ、少し眠るよ……」
 そう言ったモヒの呼吸は静かになり、それきり二度と動くことはなかった。アラーム音はなく、ただ無機質なライトだけが、沈黙の中むなしく点滅していた。

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