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心の見返り【コトバビタミン】第41回

あなたは人に慕われていると思いますか?

それとも人を従えている(人に従えられている)と思いますか?

またはどちらでありたいと思いますか?



あくまでも一つの見解ですが、

人に慕われている人は、わりと自由に過ごしていて、他者への興味や依存が高過ぎず、その距離感が周りにとっても接しやすい状況にあります。
そして相手にも自由でいてよい、という感覚を与えています。


逆に、
人を従えようとする人や人に従われている人は、他者からどう見られているかを気にしていて、慕われるために一生懸命頑張る姿を見せています。
相手を自分の思う方向へ支配したいという欲求もあるかもしれません。


この2つの決定的な違いは…

「見返り」を求めているか、求めていないかです。
何か物で見返りを求めている訳ではなく、「承認欲求」的な「心への見返り」です。


慕われている人は、他者に対して「幸せを与えよう」と思って過ごしていることが多いです。


「見返り」を求めている人は相手にとって自分が「特別な存在」であることを求めています。

その安心感で自己愛が満たされていくのです。

しかし、
慕われようと頑張っていない(ように見える)人が慕われる姿に、やがて嫉妬心を持ちはじめます。

人によっては自己嫌悪に陥り、心が病んでしまうこともありますが、自分が慕われないことを慕われる人のせいにしてしまうケースもあります。

こういう人は、自分を見失ない、人道に反する行動に出てしまうことがあります。

ハラスメント気質と言うと分かりやすいかもしれません。
自分を正当化するために、他者を貶めるのです。


こういった人格の違いがどのように形成されていくのかについては解明できていませんが、親子、兄弟、学校、部活動、仕事など、従えられることが強い環境で過ごしてきた人は、人を従えるスタンスになってしまうのかもしれません。

いわゆる忖度の世界。

そしてそこに一定の居場所があるという安心感を得ていると考えられます。


しかし、
自分を見つめ直す学びのきっかけをくれる人に出会うことで、その人生は変わります。


「見返り」という損得感情ではなく、純粋に「面白そう」だとか「よい気付きや影響を与えてくれそう」だとか、そういう目線で人と関わっていくと、相手にもその空気が伝わり、よい関係が築いていけます。


人は誰も完璧ではありません。表面的に判断するのではなく、その真理を見つめ、「許す心」をもって過ごしていきたいですね。


根本的には、まず「自分を許す心」「他者を許す心」にもつながっていきます。


もし完璧な人がいたとして、どう見られたいかを日常茶飯事360度気にできる人は、恐らく慕われると思います。
でも、いつしかそんな自分に疲れてしまいそうですね。

意外にも周りに気を遣い過ぎず、自分に正直に過ごしている方が慕われやすいということですね。


今回は極端な例で書いておりますが、どっち寄りかな?と言う視点で考えてみると良いと思います。


「見返り」を求めず互いにリスペクトし合える仲間と悩みや愚痴などを吐き出せる時間を大切にしていきましょう!

心の安定につながる一つの要素です。
そこから本題の解決策も見えてくることがありますよ!


綺麗な虹に出会った時、綺麗だなと感じられる人生を送りたいなと思います。


また次回に。

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