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62_Ludology 情報生産者になる

2022年10月7日、NHK『アナザーストーリーズ運命の分岐点「“北斗の拳”誕生~舞台裏のもう一つの“格闘”~』を見ました。少年ジャンプの大人気作品を作り出したのはクリエイターの独力でなかったと理解できます。デビューしたばかりの若手漫画家原哲夫先生を支え、航空自衛隊出身の異色の経歴を持つ原作者武論尊先生と組ませた、漫画編集者の堀江信彦氏。裏方の仕事師と言える編集者をクローズアップした視点が斬新でした。漫画制作の背景は、漫画『バクマン。』(2008-2012)で読んでいました。そのうえで、少年ジャンプ600万部時代を作った漫画家と編集者の熱き魂をドキュメンタリで見ると違った印象を受けました。

個人での投稿が可能なnoteの趣旨を否定するわけではありません。ですが、クリエイターが独力で創作するよりも、複数の人が共創するとさらに良い作品が生まれると感じています。ボードゲームやTRPGなどを作る際にはテストプレイが重要視されるというのも理解できます。

文章を書くにあたっても、第三者チェックが有効と感じることがありました。2022年9月、『RPG学研究(Japanese Journal of Analog Role-Playing Game Studies)』 に寄稿した論文が公開されました。note投稿とは異なり、様々な人の助言を受けて改稿しています。最初に書いた原稿を追記修正していくのは大変でしたが、やりがいもありました。学術誌に寄稿したことで、今後、他のTRPG研究者に引用される可能性を考えるとワクワクします。note記事を概観すると、私の他にもTRPGに関する論考を書いている人がいます。そのような人々に論文を書いてみることをお勧めしたいです。

私はJARPSに「独立研究者」という肩書を書かれています。言葉から連想する山口周氏のようなフリーランス研究者などではなく、日曜研究者。平日はサラリーマンとして仕事をして、休日の日曜日にコツコツと書き続ける存在。「無所属」という意味です。学術誌を編集する大学の先生たちと異なり、私は博士でも修士でもありません。それどころか、文化研究とは異分野の工学部出身です。社会学系の論文を書いたのは初めてです。『情報生産者になる』(上野千鶴子)を参考にし、何とか書き上げることができました。だから、noteやブログでTRPGについて書いている人なら誰でも、JARPSへ論文投稿できる文章力を持っていると思います。webでも同人誌でもなく、オープンアクセス可能な論文という形式で残ることに価値があります。

TRPGのテストプレイに相当する過程は、論文投稿では「査読」と呼ばれます。今回の私の場合、公開された論文は第4稿です。まず3月末に初稿原稿を書き上げました。その段階で内容に関係する人に確認をとりました。友人2名にチェックしていただき、修正した第2稿をJARPS編集部に提出しました。友人の指摘により、論理構成を整理できました。6月に査読者コメントをいただき、説明不足を指摘されました。3点の図表を追加して、文章も加筆修正して第3稿を再提出しました。8月に2回目の査読者コメントをいただき、お盆休み期間を利用して、参考文献を調査して追記しました。この第4稿を編集者が体裁を整えて、さらに誤記訂正を行い、公開原稿となりました。査読者や編集者の暖かい協力のおかげで、独力を越えて完成度を上げた論文を寄稿できたと思っています。論旨について、今後の検証の余地を大いに残した点や、TRPGがイノベーション発想に役立つなど潜在可能性の大風呂敷を広げた点についてはツッコミどころ満載ですが。

振り返ると、ネットゲーム93のキャラ名をペンネームにしたときから、様々な媒体に文章を書いてきました。最初はTRPGサークル内の会誌でした。1994年から1998年にかけて、内部向け記事から抜粋編集されて同人誌としてコミックマーケットで頒布されたこともありました。ただ、同人誌は基本的にコミケ参加者しか入手できません。どんなに優れた論考が書かれていたとしても、目にする人は少数です。TRPGサークルの場合は100部のコピー誌でした。私が『ガープス・妖魔夜行』の同人誌を作ったときも100部でした。2000年代に入り、インターネットが普及すると、個人ホームページを作成しました。他にもweb作成されていた人たちがいます。作成者本人やwebサーバーの都合で消滅することも少なくありません。論文執筆の際に参考にした、いわゆる「馬場理論」は残っていましたが。その後、ブログにも手を出しました。他人のブログを見つけるのはなかなか大変です。最近では、web情報といえばSNSが主流になっています。しかし、Twitterは一過性のもので、すぐにタイムラインから見えなくなります。狙って検索すると古い発言が見つかることもあります。mixiはブームが過ぎたと言われますが、今でも友人限定公開の日記が有効な情報源となっています。noteはタグ付け機能やSNS告知連携、検索機能などで、今のところ最も使いやすい媒体だと思っています。

『RPG学研究』(JARPS)に投稿したことで、奇妙な疑問が湧きました。「RPG学」とは、どういうジャンルに相当するのでしょうか? 編集者によると学際的な領域だそうです。心理学、工学、文学、社会学、文化人類学、教育学などが考えられます。参考に、デジタルゲームを対象にした『ゲーム研究の手引きII』では、このほかに経営学、人間情報学、法学、デザイン学、芸術学なども挙げられています。https://researchmap.jp/zmz/misc/27364038

『RPG学研究』「創刊号発刊の趣旨」(RPG 学研究編集委員会、2019)にこう書かれています。

「ロールプレイングゲーム(RPG)のさまざまな形式と取り決めの研究は,この10年ほどの間に出版された多数の論文と書籍により学術的な成熟をみせてきました.この度の『RPG学研究』(Japanese Journal of Analog Role-Playing Game Studies:JARPS)の創刊号の発行により,私たちはRPG研究の発展の一翼を担うことを,そしてこのエキサイティングな分野の多くの新しい研究や実践報告と出会えることを楽しみにしています.」

『RPG学研究』「創刊号発刊の趣旨」

この文章を読んで違和感を感じました。「多数の論文と書籍」は、日本のTRPG界では出版されていないのではないか。ルールブック、サプリメント、リプレイ以外の書籍は出ていないのではないかと。この文章には続きがありました。

「多くのゲームに関する研究は主にヨーロッパまたはアメリカの文脈で扱われています.」

ということです。すなわち、欧米と異なり、日本ではTRPG研究はマイナーです。『ゲーム研究の手引きII』では2018年度に450件の文献を収集したそうです。日本のTRPGに関する論文は、web検索で探したところ、約20件程度でした。マイナー分野ということは、逆に、チャンスと考えられます。

私は日曜研究でコツコツと論文を書いて思い知りました、個人研究の限界を。査読者に量的データ不足を指摘されました。個人で限界があっても、複数の人間が関与していけば、できることは増えていきます。私が論文を書いた真の理由は、最初の一歩を示すためです。これをきっかけに、他のTRPG愛好者にも、論文や学術誌という発表手段があることを知って欲しいです。多くの人にTRPG研究の潜在可能性を知っていただき、さらなる発展を期待しています。

タイトルに付けた「ルドロジー(Ludology)」は「Ludus(遊び/ゲーム)」を研究する学問分野のことです。現在は主にコンピュータゲーム研究の分野を示すらしいです。源流を遡ればホイジンガ『ホモ・ルーデンス』を端緒とすることから、アナログゲーム含むゲーム全般を捉えてもいいと思います。

参考文献
マイク・セリンカー『コボルドのボードゲームデザイン』
ウォルフガング・バウアー&チーム・デザインオールスターズ『コボルドのRPGデザイン』
上野千鶴子『情報生産者になる』(ちくま新書. 2018)
『RPG学研究(Japanese Journal of Analog Role-Playing Game Studies)』
https://jarps.net/journal
文化庁 メディア芸術カレントコンテンツ
https://mediag.bunka.go.jp/project/media1/project-5491/
『ゲーム研究の手引きII』
https://researchmap.jp/zmz/misc/27364038

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