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EX_『TRPGのデザイン』VS『コボルドのRPGデザイン』

RPGは料理に例えられます。素材を集めて、準備し、プレイヤーの顔を思い浮かべながらシナリオを作るという調理の過程。ゲームジャンルの一つとして「TRPG」と一括りで呼ばれながら多種多様です。
書籍『TRPGのデザイン』が紹介しているグラフィックデザインは、料理に例えるならば、レストラン紹介webやSNS投稿などの料理写真。あるいは、料理店の店頭ショーケースに飾られた料理見本に相当します。美味しそうな料理サンプルを見て料理店に入った経験が誰にでもあると思います。
書籍『TRPGのデザイン』に対して私が心配するのはそういう点です。美味そうに見えて期待していたけれど、実際に食べたら不味かった。不味いと言うほど悪くはないが、自分の口に合わなかった。苦手な食材が入っていた。ユーザーの期待ハズレと、その後に伴う批判コメントほど恐ろしいものはありません。グラフィックに凝るのは諸刃の剣とも言えます。
逆に、品質の高い同人TRPGシステム、同人シナリオやけど、いまいちユーザーに手にとってもらえない。もっと多くの人に遊んでもらいたい。という場合、グラフィックデザインの効果は抜群です。他の分野では、パッケージデザインやブランドデザインの専門家などが職業として確立しています。幅広くデザイン分野を扱った『日経デザイン』という専門雑誌も存在しています。ということで、書籍『TRPGのデザイン』を購入して読んでみた個人的感想を書きます。

◆ポジティブ評価

なんだかんだ言って、TRPG界隈の同人作家向けグラフィックデザイン実用書が発売されたという事実は凄いことです。しかも、BNN編集部のツイッターによると6月に重版とのこと。ちなみに、発売日2023年5月25日に市内有数の大型書店に行くと、データ上は11冊入荷。通常のTRPGルールブック入荷数より多いです。ニッチな読者層を狙った実用書が出版社の企画会議を通り、発売されたことはTRPG流行の象徴と言えます。驚くべき隆盛です。

肝心の中身で良いところは、インタビュー記事が充実していることです。TRPG同人作家としている3名と2組へのインタビューは、2023年現在のTRPG界隈のリアリティを語っています。あけ氏とnzworks氏の2名はプロのグラフィックデザイナー。TRPG活動は副業または趣味と推測します。アメリカ在住のあけ氏のインディーズに対するコメントが興味深い。グラフィックデザイナーインタビュー3人目のハッカ雨氏の本業は漫画アシスタント。そして、同人サークルのねこずし卓さん。ここまで全て『クトゥルフ神話TRPG』のシナリオ作者というのが、2023年現在のTRPG界隈というか、派生したCoC界隈の特殊状況を物語るようです。目次に載っていない隠し球インタビューはオリジナルTRPGシステムの同人サークル、かりかりうめさん。代表作は『灰色城綺譚』『カムズ』です。私も『灰色城綺譚』を遊んでみて、その世界観に魅了されました。

同人シナリオは基本的にプレイヤーが読むことができません。しかし、TRPGシステムは読者が直接購入して、グラフィックデザインを確認できます。『信長の黒い城』『ケダモノオペラ』『のびのびTRPG』『灰色城綺譚』など(物理)書籍型TRPGの実例を紹介している点も良いと思います。日本だけでなく、海外のインディーズTRPGも紹介されています。

◆惜しまれる点

最初に『TRPGのデザイン』という書籍名を聞いたとき、『コボルドのRPGデザイン』のようなゲームデザインのノウハウが詰まった本だと勝手に早とちりして期待していました。BNNの新刊情報ページを見てすぐに誤解は溶けたのですが。実際に書籍を購入して見ると、残念に感じた点がいくつかありました。

・表紙

グラフィックデザイン実用書ですから、編集者が気づかないはずがありません。意図的に誤解を与えるデザインです。本質を示す副題「Guide to TRPG Graphic Design」が目立たないように書かれています。ゲームデザイン入門書と間違えて購入したユーザに対して、後から言い訳するための言葉に見えます。本書で重点的に紹介したい内容ですから、大きく目立つように「Guide to TRPG Graphic Design」と書いて欲しかったです。この記事のタイトル画像はそういう意図です。

・はじめに(p3)イントロ

Netflixドラマ『ストレンジャー・シングス』冒頭で遊ばれていることを紹介しています。編集部が届けたいユーザ層には、Netflixドラマ視聴習慣が常識なのかもしれません。でも、知らないドラマの話題を始められたら、一般人はどう思うでしょうか。リアル書店で購入検討している場合、最初のページを見て止める可能性が十分にあります。誰にでも理解できる共通話題から導入すべきです。たしか、山本弘先生が最初だったと思うのですが、小説入門やTRPGシナリオ作成を料理に例える方法は良いアイデアでした。
読んだ後にドラマ『ストレンジャー・シングス』についてweb検索したところ、1980年代のアメリカ合衆国を舞台にしていると判明。確かに、スピルバーグ監督の映画『レディ・プレイヤー1』の原作小説(邦題『ゲーム・ウォーズ』)にも書かれたように1980年代カルチャーの1つ。当時公開された名作映画『E.T.』でも、宇宙人と遭遇する前に子供達が『D&D』を遊ぶシーンがありました。

・TRPGの現在(p7)

数値エビデンスもなく「日本では(中略)『クトゥルフ神話TRPG』の人気が高い」と書かれているのも不思議。昨年に論文を読んで気になり調べたところ、動画配信数、閲覧数が多いことは判明しましたが。

・TRPGの用語集(p12-13)

参考書籍の一覧はp136に掲載されています。しかし、参考書籍を参照しても見当たらない用語を記載されています(全ての文献を調査したわけではありませんが)。出典不明の用語がいくつかあります。おそらく、ネットスラング。TRPG界隈の現況を解説するという意味合いで、ネットスラングを収録することにも価値はあります。しかし、公式ゲーム用語と俗語の区別をつけて欲しいです。一部を例示すると、明らかに「トレーラー」「HO(ハンドアウト)」は特殊解釈が含まれています。対象読者層が異なるからでしょうか、ほぼ同じ時期2023年5月に発売された『セッションデイズ』のほうが用語説明は丁寧です。
余談ですが「クリティカル」は『シノビガミ』では敵の生命力を4点減少させる強力な奥義「クリティカルヒット」のこと。特別な良い出目をスペシャルと呼びますね。システムによっても用語は異なります。

・国内のTRPG(p112-119)

総論を書きたいという意図は読み取れます。しかし、例示しているTRPGシステムが偏っていたり、明らかな事実誤認も見られます。特に気になった「ゲーム世界への没入感を高めている」は解釈が十人十色に異なるよくわからない表現。読書の没入感を研究した書籍を知っていますが、ゲーム界隈では曖昧な言葉。「没入感」の効果測定とは? 定義? 要素?

・筆者は誰?

著者表記がBNN編集部と曖昧なことも気になった点の一つです。編集、編集協力の3名が執筆者を兼ねているのでしょうか。

・ファクトチェック不十分

制作工程における校閲が不足していたのでしょう。『TRPGのデザイン』だけでなく、TRPGルールブックの誤記が多い話を聞くと、TRPG業界全体に優秀な校正者が不足しているのかもしれません。『TRPGのデザイン』はTRPG全般に関する説明において、事実と虚偽が混在しています。人を効果的に欺くためのテクニックです。知らない人は間違ったことを信じてしまいます。気が付いた箇所をいくつか説明します。

◆ディスインフォメーションを鵜呑みにしない

グラフィックデザインは専門分野ではないので、その内容の正誤を確認していません。TRPGに関する記述間違いに気付いた箇所を3つ書き出します。ただし、TRPGに関する記述が間違っていると、肝心のグラフィックデザインの中身も怪しく感じてしまいます。

・はじめに(p3)テレワークとの関係性?

2020年3月から新型コロナウィルスの影響でテレワークが増えました。オフラインで対面セッションを遊んでいたユーザの多くがオンラインデビューしたのも2020年です。ですが、p66-67で紹介されているオンライン用ツール類は以前から開発され発展してきました。後発参加の私たちは急激な世界の変革のとき、先人たちの開発したツールの恩恵を受けました。以前から開発されていたことを知らないような文脈はツール開発者への敬意が足りないように感じました。

・用語集(p12-13)100面ダイスを1個振る

「1d100」の説明「100面ダイスを1個振る」に奇妙な印象を受けました。この表現に違和感を感じないのは、現実のダイスを振ったことない人。あるいは、1d100を振るときは100面体を振る派の人と推測します。リアルでは同時に色違いの2個のダイスを振り、それぞれ十の位と一の位とします。私が知る限り、10面体を2個振る派と20面体を2個振る派が存在します。

・国内のTRPG(p112)忘れえぬ炎『ローズ・トゥ・ロード』

日本初のオリジナルファンタジーTRPGは『ローズ・トゥ・ロード』です。「1989年に日本初のオリジナルファンタジーTRPGとして『ソード・ワールド』が発売されたのを幕開けに、さまざまな国産TRPGが誕生する」という記述は、簡単なweb検索もされなかったと読み解けます。

◆グラフィックよりシナリオ品質を ~私の苦い体験~

さて、グラフィックデザイン実用書を読んで、TRPG界隈で危惧していることを書きます。TRPGシナリオ作者も人間です。無限にクオリティを追求することはできません。TRPGにおけるグラフィック活用について、下記4パターンが想定できます。
(1)高品質シナリオの魅力をグラフィックが増強
(2)それなり品質のシナリオだがグラフィックで魅力を向上
(3)見掛け倒し、美麗なグラフィックに騙された
(4)TRPGシナリオ以外の何か

4パターンのうち(1)は素晴らしく、全てのグラフィックデザイナーにこうあって欲しいです。1990年代に寿琅啓吾さんが「RPGにおける画像の用法」を提唱していました。それを今の時代に実践しているかのようです。

(2)も許容できます。楽しいセッション体験になる可能性があります。しかし、(3)(4)は論外です。魅力的なグラフィックデザインを見て参加したらつまらなかったというのは嫌な体験です。あるいは、看板には凝ってなかったけれど、オンラインセッションに参加してみたら背景画像や立ち絵にこだわっているのに、肝心のシナリオがつまらないという経験もありました。

見せかけに騙される悪い状況は、過去にコンピュータゲーム業界で覚えがあります。1980年代、ファミコンブームがありました。当時の子供達は前情報をほとんど持たずに5000円くらいのゲームソフトを買っていました。ほとんどギャンブルです。パッケージデザインが主な情報源。いわゆる「クソゲー」かどうか遊ぶまでわかりません。私は可変ロボットアクションと聞いて『フォーメーションZ』を買って後悔しました。ファミコンブームの時代、多数のゲームが発売されて淘汰されていきました。一方で、グラフィック容量制限に負けずゲーム生の面白さを追求した『スーパーマリオブラザーズ』のような超ヒット作品も生まれました。
1990年代、2000年代に入って、家庭用ゲーム機器には3大潮流があります。その任天堂派とプレイステーション派に例えてもいいかもしれません。TRPG界隈のグラフィック重視派も多様性の一つで、TRPG文化が様々な方向に発展していると言えるのでしょう。これからのTRPG界隈がどうなっていくかはわかりませんが。

◆「デザインの未来と教育」

講演「デザインの未来と教育」を2023年6月10日に聞きました。講師は丸山幸伸氏(武蔵野美術大学 造形構想学部 教授/ 日立製作所 研究開発グループ デザインセンタ 主管デザイン長)。「デザイン経営」などが登場し「デザイン」を取り巻く環境が見映えだけでなく、変化し拡大してきたことを語られていました。「これからはデザインの時代」(by松下幸之助、1951)「誰もがデザインをする時代」(by 日立デザイン研究所所長、1990)という言葉が印象的でした。1990年代からの情報デザインの時代を経て、価値デザイン、体験デザイン、ビジョンデザイン、社会課題ソリューションデザインの時代だそうです。原則的な考え方「デザインは他者のためにあるもの」は全てのデザイナーに知って欲しいと思いました。
個人的に最近読んだ書籍に『問いのデザイン』『動機のデザイン』があります。創造的対話ファシリテーションや、人を動かすこと、当事者感の成長などが焦点です。2022年から『情報デザイン』が高校の必修科目になり、その実践報告も聞きました(学習指導要領の告示は2018年)。広義「デザイン」の重要性と拡大を感じています。

『TRPGのデザイン』という書籍名で、グラフィックデザインだけを紹介するのはもったいないことです。もしも同名の書籍に第二弾、第三弾があるのならば、ゲームデザインに踏み込んで欲しいと思います。アメリカ合衆国の『コボルドのRPGデザイン』に匹敵するゲームデザイン解説書を期待しているのです。

◆参考文献、webサイト

『TRPGのデザイン』
『コボルドのRPGデザイン』
『コボルドのボードゲームデザイン』
安田均. 2020.『安田均のゲーム紀行 1950-2020』新紀元社
『セッションデイズ vol.01』新紀元社
小山内秀和. 2017.『物語世界への没入体験: 読解過程における位置づけとその機能』京都大学学術出版会
「ゲームにおける没入感とは何か」曽我 千亜紀, 山本 晃輔, ドゥプラド ヤニック, ムナン ジュリアン、日本デジタルゲーム学会 夏季研究発表大会、2022

TRPGの用語集/試し読み:『TRPGのデザイン』その3
https://note.com/bnn_mag/n/nd0b215210b7f

今まで日本で発売されたTRPG一覧
https://note.com/sikasinanyane/n/n7d9ec7a7c10c

日経デザイン
https://xtrend.nikkei.com/sp/design/

事例「問題解決を情報デザインで行う授業実践」(神奈川県立横浜国際高校 鎌田高徳先生、2022)
https://www.wakuwaku-catch.net/jirei22232/

Ex1_『コボルドのRPGデザイン』感想
https://note.com/niji_kreuz7/n/n77404f880ab7

寿琅啓吾「RPGにおける画像の用法」(1996/10/4)
https://storybook.jp/slworks/rpg/rpg_visual.html