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55_TRPG世代論『GURPS』サイコロを振らない創造者

1990年代、TRPGは多様性を拡大し、先鋭的な特徴をもった海外TRPGが翻訳紹介されました。日本のTRPG界に多大な影響を与えた三大TRPGが『GURPS』(1992)、『TORG』(1993)、『Shadowrun』(1994)、『Vampire: The Masquerade』(2000)です(翻訳年を付記)。いわば、TRPG界の黒船です。まずは、原作者が日本での大人気に驚いたという『GURPS』を紹介します。安田均先生はこう書いています。

「アメリカでそこまで売れていたわけでもありません。(中略)作者のスティーブ・ジャクソン自身が、なぜ日本ではこんなに『ガープス』が売れるんだと驚いていました(中略)あれはやはり、友野詳の『ルナル・サーガ』と山本弘・友野詳『妖魔夜行』の展開力が大きかったんでしょうね。」

『安田均のゲーム紀行 1950-2020』P33より

しかし、TRPGユーザーの私たちは最初から注目していました。私は日本語版『ガープス・ベーシック』発売直後、1992年11月にコンベンションで同人システム『魔神到來』に参加しました。セッション後の雑談で注目しているシステムの話題となり、GM氏と「ガープスは凄い」と盛り上がったことを覚えています。GM氏はたぶん学生で同世代だったと思います(今はどこでどうTRPGに接しているのか不明ですが)。さらに抽選会で英語サプリメントを入手し、私の情熱に拍車がかかりました。

◆『GURPS』がもたらしたこと

「Generic Universal RolePlaying System (包括的で汎用的な、役割を演技するシステム)」を省略して『GURPS』と名付けられています。要は、ファンタジー、SF、恐竜時代、スーパーヒーロー、サイバーパンクなど様々な世界観のTRPGを一つのシステムで遊べます。判定方法は3d6で目標値以下を出すシンプルなものです。特筆すべきことは、多様なキャラクターを表現できるキャラ作成です。能力値、技能、長所/短所、特殊能力にCP(キャラクターポイント)を割り振って作成します。初期所持金や社会的立場も割り振ったポイントで決まります。面白いのは「不利な特徴」「弱点」という短所を獲得することで、追加ポイントを得ることです。だから、『GURPS』のキャラは個性的(性格的に欠点がある)と言われました。でも、完全無欠のキャラよりも、どこか欠点を持ったキャラのほうが人間味があり、物語を盛り上げる存在です。世界観の違いは、選択できる特殊能力、購入できる装備品、CPの量を個別ルールやGMによるレギュレーションで表現していました。例えば、一般人は25CP、ファンタジー世界「ルナル」なら100CP、ルナルのカルシファードなら125CP、「妖魔夜行」に登場する妖怪は350CPや600CPというふうに、CPでおおよその強さがわかります。『ドラゴンボール』のスカウターみたいですね。

『GURPS』以降、キャラ作成でサイコロを振らないことは一つの主流となりました。『アリアンロッド2E』などは種族やクラス選択でキャラの大枠が決まります。ポイント割り振り制を採用したTRPGも『ダブルクロス3rd』ほか多数あります。あの『クトゥルフの呼び声』も能力値決定の選択ルールとして記載しています。その一方で、短所を獲得することで追加ポイントを得るシステムは少数派のようです。『シノビガミ』の背景ルールや『シャドウラン』が代表例です。

『GURPS』が提示した「汎用ルール」と個性的な世界観を組み合わせるシステム設計は多数のシステムに受け継がれました。横6マス縦11マスの特技表が印象的な「サイコロ・フィクション」シリーズ(冒険企画局)は、同じ判定方法で、魔法使い、ホラー、アイドル、ヤンキー、怪物ハンター、忍者など様々なジャンルを遊べます。F.E.A.Rによるファイナルファンタジー風TRPG『アルシャード』から生まれたSRS(スタンダード・ロールプレイ・システム)は3クラス組合せによるキャラ作成と簡単な2d6判定を導入し、『天羅WAR』『モノトーンミュージアム』『天下繚乱』などを生みました。さらに、F.E.A.R.はゲームコンテストSRS部門を開催し、入賞作品『メタリックガーディアン』『マージナルヒーローズ』が製品化されました。他には、わかりやすいd100判定を採用した『ガーデンオーダー』と類似『スクリームハイスクール』『ルーインブレイカーズ』が踏襲しています。『GURPS』が存在しなければ、汎用コンセプトのTRPGが増えなかったかもしれません。

◆『GURPS』へのインプット

残念ながら『GURPS』が生まれた背景については勉強不足のためわかりません。それでも、『D&D』や『クトゥルフの呼び声』を遊んだ経験から推測します。能力値決定でサイコロ運に一喜一憂するのも面白いですが、ゲームの中でも運で人生を左右されるのもどうかと思った人がいたのでしょう。古参ゲーマーには低い能力値で四苦八苦してプレイするのが面白いという人もいます。でも、せっかく遊ぶのだから平均以上の能力を持ったキャラをプレイしたいと思う人のほうが多いでしょう。作者は多くの能力値はいらないと感じて、精神系・知性系を知力1つに統合し、体力・敏捷力・知力・生命力の4つに絞り込んだと思います。ポイント割り振り制を採用するには能力値の種類が少ないほうが迷う要素が減って、遊びやすいです。

◆『GURPS』歴史と日本展開

米国で『GURPS Basic(第1版)』が発売されたのが1986年。1992年、日本語に翻訳されたのは第3版(1988年)に相当します。1999年には、A4ハードカバーの『完全版』が発売されました。2005年には第4版(2004年)も翻訳されました。日本での翻訳展開の最初は文庫ルールブックが提供されました。最初の『ガープス・ベーシック』は角川スニーカー文庫でしたが、角川G文庫という専用レーベルが設立されました。安田均先生が書いているように、七つの月しろしめす大地のファンタジー『ルナル』、現代妖怪アクション『妖魔夜行』の2本柱を中心に展開しました。佐脇洋平先生が中心となって『マジック』『マーシャルアーツ』『サイオニクス』が翻訳されました。1990年代当時、K-1など格闘技ブームがあり、対戦格闘ゲームも流行していたため、『マーシャルアーツ』で強い格闘家を作って競うトーナメント・イベントも開催されました(「コンプRPG」記事参照)。日本展開の変わり種としては『ソード・ワールドRPG』のパロディ『コクーン』や、グループSNE以外がデザインした女子プロレス『リング★ドリーム』などもありました。
サポート雑誌「コンプRPG」では「勝手にガープス」記事で『超人ロック』『麻雀放浪記』や漫画『スラムダンク』の影響でバスケットボールとかをRPG化していました。その流れは『Role & Roll』に受け継がれ、たしか『ウルトラマン』世界の科学特捜隊をネタにしたり、『仮面ライダー響鬼』を再現したりした記事がありました。
一方で、米国では遥かに多数のサプリメントが発売されていました。しかし、大半が舞台設定の情報を記載した資料集だったと聞きます。JGCでトークショーがあったとき、『GURPS JAPAN』が翻訳されない理由として「背景世界すなわち日本の歴史資料であり、追加データ集ではない」というような説明を聞いたおぼえがあります。

日本展開は『ルナル・サーガ』の続編『ガープス・ユエル』と、現代日本を舞台にした異能バトル(スタンド使い風)『ガープス・リボーンリバース』(2006年)を区切りに停止しました。

◆早すぎたメタバースとマルチバース

2021年にFacebookが「Meta」と改名するなど、メタバースに注目が集まっています。映画『レディ・プレイヤー1』(小説邦題『ゲーム・ウォーズ』)や映画『サマーウォーズ』『竜とそばかすの姫』などで描かれたようなネットワーク空間の世界です。「メタバース」という言葉の初出は小説『スノウ・クラッシュ』(1992年)です。1998年に『スノウ・クラッシュ』日本語訳が出版されるよりも早く、1996年にサポート雑誌「ゲームクエスト」(「コンプRPG」改編)で「ガープス・ドリームクエスト」が展開されていました。ファンタジー、戦国時代、宇宙SF、ターザン世界など、様々な世界のアバターをとなって参加するゲーム世界観でした。山本弘先生の短編小説「ときめきの仮想空間(ヴァーチャル・スペース)」(『アイの物語』収録)も掲載されました。(初出:ゲームクエスト1997年5月号)
一言で言えば、汎用RPGの特徴を最大限に生かした斬新なアイディアは、早すぎたのでしょう。映画『サマーウォーズ』が2009年公開です。

もう一つの早すぎた傑作が『ガープス・ドラゴンマーク』です。マルチバース(多元宇宙)世界観を舞台にして、様々な平行世界、あり得たかもしれない別の歴史の世界を舞台にしていました。一つの"正しい歴史線"以外を滅ぼそうとする勢力から様々な可能性を守るために戦う物語でした。普通の高校生が既に滅ぼされた世界の別の自分の意志と能力を受け継ぎ、異世界へ行って活躍する点ででは2010年代以降に流行している「異世界転移」モノの先駆けの一つでした。2022年公開の映画『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』『シン・ウルトラマン』などで「マルチバース」が言及されています。SFファンには有名な概念でしたが、一般に広まるには早すぎたのです。

この影響を受けた『GURPS』の申し子とも言えるTRPGが『異界戦記カオスフレア』です。F.E.A.R.主催の第五回ゲーム・フィールド大賞TRPG部門準入選して、発売されたのは2005年でした。ゲームデザイナーの一人。小太刀右京先生はnote記事「テストプレイについて」にこう書いています。

注11:筆者は中学生時代に熱中していた(今でもだが)『GURPS』ならば、一切ルールブックを見ないでPCを30分あれば作成出来る(背景世界によってはもっと速い)。

小太刀右京「テストプレイについて」より

◆私たちはこうして『GURPS』を遊んだ

1992年に『ガープス・ベーシック』が発売されたので、TRPGサークル内でも遊び始めました。1992年11月に早速「ベーシック」のみ「ほのぼのとした暗いシナリオ」を作るGMがいました。私は『コンプRPG』記事や、コンベンション抽選会で入手した英語サプリ『GURPS Wild Cards』を参考にして『ジョジョの奇妙な冒険』における特殊能力「スタンド使い」ルールを自作し、孤島殺人事件シナリオをGMしました。1992年12月には『超人ロック』キャンペーンも行われました。『ソード・ワールドRPG』『クトゥルフの呼び声』などの大人気システムの牙城を崩せませんでしたが、『ガープス・ルナル』キャンペーンが複数回行われるなど、ある程度の人気がありました。安田均先生が指摘しているように小説『ルナル・サーガ』から入ったユーザーもいたようです。1994年1月に『ガープス・妖魔夜行』が発売され、現代異能モノの先駆者ともいえる妖怪アクションRPGがサークル内でも流行りました。別記事「Ep4_妖魔夜行シェアワールドの想い出」に書いたような盛り上がりを見せました。他にも『コクーン』『サッカー』『野球』『歴史物』『忍法帖』『スペオペ』など様々なジャンルを舞台に遊びました。
その他にも、私はコンベンションで『ガープス・ガンダムW』に参加しました。ヒイロ・ユイ役でTVシリーズ戦後の物語でした。プレイしていませんが、同人誌『ガープス・幽遊白書』『ガープス・るろうに剣心』リプレイを買ったこともあります。21世紀に入ると『ガープス・妖魔夜行』を参考にした遠未来超人アクション『ガープス・トリニティ・ブラッド』を数多くGMしました。これも過去記事「21_原作モノRPG考察 -トリブラRPGで考えたこと-」に紹介しました。 残念ながら、原作者の吉田直先生が夭折したことで応援企画の役目を終えました。懐古セッションという意味ではなく、がっつり遊んだのは2005年の『ガープス・ユエル』キャンペーンが最後でした。主人公の異世界転移をベースに、野球をしたり、現代日本へ来たユエル世界の人が戸惑ったり寿司職人に習ったり、ユエル世界へ帰還した後に料理勝負をしたり、とガープスらしいバラエティに富んだキャンペーンでした。『GURPS』の魅力は語り尽くせません。しかし、今の私は若いTRPGユーザーに『GURPS』を勧めません。公式サポートが終了しており、ルールブック入手も容易でないからです。ファンタジーTRPGも現代異能TRPGも他に楽しいシステムがいろいろあります。

最後に、他の記事で見かけた『GURPS』推しの人を2人紹介します。
市角 壮玄先生(旅する大学准教授 複業ものづくり屋さん)
「テーブルトークRPGって最高の教育ツールだよねって話」

小太刀右京先生
「テストプレイについて」

付記
この記事では英語版を『GURPS』、日本での展開を『ガープス』と表記を使い分けています。システム全体を包括する場合には英語表記を使用しています。

1992年11月のコンベンション抽選会で入手した『GURPS Wild Cards』は、ジョージ・R・R・マーティン編集のシェアード・ワールド小説をもとにしています。1945年、ニューヨーク上空で未知のウィルス兵器が爆発し、ウィルスに感染した者は超常能力を発症したり、異形の力に耐えられず命を落としたりしたという序章から始まる架空歴史+現代異能モノです。残念ながら日本での小説翻訳は3巻で中断しました。『GURPS』展開では『Aces High』という追加サプリメントも出ています。気づいた人もおられると思いますが、この小説の世界観は現代異能TRPGの定番『ダブルクロス』に影響を与えています。不確定な切り札(ワイルドカード)というサンプルキャラ名はオマージュでしょう。

参考文献
『安田均のゲーム紀行 1950-2020』

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