テストプレイについて

 テストプレイ。

 それはTRPG開発において欠くべからざる行程である。

 本稿では、TRPGを商業ベース――これには同人誌形態による自主流通も含むものとする――によって販売し、不特定多数のユーザーに遊ばせる場合、どのようなテストプレイの形態が存在するか、またそれにはどのようなメリットとデメリットが存在するかについて語ってみたい。

 これは筆者が十五年近いTRPGライターとしての経験から得た知識と技術である。

 あなたがどのような形であれTRPGを開発するのなら、意味のあるノウハウであると信じている。

 ※思っていたより反響があったので、2021/01/31に加筆修正。

■注意点

 これにはカジュアルに、あなたが友人たちのために個人で開発する趣味のTRPGの話を含まない。

 あなたがGMで、友達がプレイヤーで、楽しめればいいというのならわざわざこれから書くような苦労をする必要はない。

 また、その楽しんだ記録を記念として、あるいはちょっと人に見せるために頒布する、ということであれば、商業的なクオリティどうこうを気にする必要もない。

 なぜか。

 そこにあなたがいるからである。

 GMであるあなたがそこにいるのなら、多少のルールの不整合や、世界観の矛盾などは押し切ることができるし、友人たちもあなたに好意的だからだ。

 だが、商業(注1)として売る場合、あなたの客はあなたのことなど何も知らない。

 セッション中に困っても、あなたに質問することなどできない。いや原理的には可能だが、数千、数万部が刷られるTRPGの現場において、すべての質問に答えることはほぼ(注2)不可能である。

 故に、あなたが執筆するTRPGは、あなたなしでも駆動しなければならないし、そうあるべきである。

 あなたの仲間うちでしか通じないスラング、あなたの人格を前提としたジョーク、あなたでなければ意図がわからず説明出来ないようなルールや世界観、そうしたものは極力丁寧に排されなければならない(注3)。

 あなたが入稿した後で死んでも、何も問題なく遊び続けることができる、いやそれどころかあなたの死を認識すらさせない製品。

 それがあなたが目指すべき境地だ。

■テストプレイの形態

 テストプレイには大別して次のような形態が存在する。

●あなたがGMで遊ぶ

 このテストプレイにはほとんど何の意味もない。

 あるとすれば広報上の意図である。

 つまり、顧客に対してあなたがそのゲームの面白さをアピールする場としてテストプレイを機能させ、それをテストプレイと呼ぶことによって顧客忠誠心を獲得する行為である。

 ファンサービスとしては大いに意味がある。是非やるべきだし、販促としては極めて有効だ。

 だが、システムや世界観開発において、あなたがGMであるセッションがうまく行った、という経験は無意味、ことによれば有害である。

 なぜか。

 あなたがGMである以上、面白いし、うまく行くに決まっているからである。

 もし、あなたがGMしてさえうまく行かないのなら確かにそれは問題なのだが、商品として世に問うならば、あなたはうまく回せて当たり前なのだ。

 あなたはルールの不明瞭な点を無意識に補うし、あなたは世界観の矛盾点をとっさに言いつくろえるし、あなたはルールブックの曖昧な記述を自信を持って裁定できるからである。

 ゲームが終わったあと、あなたはこう思うはずだ。

「なんてこのゲームは面白いんだろう! 完璧じゃないか!」

 もちろん完璧だ。なぜなら、あなた自身に対して、あなたというゲームデザイナーがチューニングしたものなのだから、あなたにとって完璧に決まっている。その自己陶酔感はわかる。だが同時に、それは麻薬なのだ。

 成功の体験はあなたを酔わせ、狂わせる。

 それゆえに、あなた自身が遊んで面白かった、というのは、他者からの「ここわかりにくいよ」という指摘に対し、「いやテストプレイではうまく行ったよ」という金看板を与えてしまうのだ。あなたの体験に根ざしているのだから、これを覆すことはとにかく難しい。

▼そう言われても

 まあ、そうは言っても様々な事情、主にGMのツテがない、という事情から、テストプレイをあなた自身のGMで行うほかないことはあるだろう。

 その場合、あなたは「どこでルールブックの記述を補足する必要があったか」「どの説明をした時にプレイヤーは戸惑ったか」「ある処理を行った時にその処理に何秒必要だったか、同様の処理を類似するTRPGで行う場合それは何秒必要か」について極力メモを取っておくことを推奨する。

 あなたは必ず、必ずだが、書いたルールブックと違うことを話している。

 例外はない。

 筆者もそうだし、筆者以外のゲームデザイナーもそうである。

 なぜならそれがTRPGの本質であり、GMという小さなデザイナーがルールブックを材料に、目の前の友達にゲームを提供するという遊びの面白さだからだ。

 人は一字一句ルールブック通りにTRPGを遊ぶことなどない。自分が創ったゲームであっても、あるいはそうであればこそ。

 だが、だからこそ、そこであなたが友達を楽しませるために補足した内容については、きちんと記録し、反映しなければならないのだ。

●アンケート型テストプレイ

 複数人のテスター(注4)を集め、あなたが関与しない形でのセッションを行わせ、その結果をアンケート型式で集計するスタイルである。

 中立的な意見が集めやすくなり、平均的視座から見た時に商品がどうであるか、ということが判断しやすくなるのだが、問題がみっつある。

 ひとつは、ある程度大規模なプロジェクトでなければ、必要なデータが得られるほどのテスターを確保するのが難しいことである。

 次に、集まってきたアンケートにはバイアスがかかっているため、「アンケートに書かれていること」「アンケートで多数である意見」と、「実際に顧客が求めているもの」の差異を“読む”スキルが必要になることだ。このアンケート読みのスキルは熟達した編集者やディベロッパーが経験によって獲得するもので、筆者にも残念ながらどのように“読み”を鍛えればよいかについては述べることができない。長期の観察とカンである。つまり、あなたがある程度経験を積んでいない限り適さない。

 最後に、あなたは実際にプレイで何が起きているかを見ることができず、アンケートに書かれないルールブックのポイントを見抜くことができなくなる。

 したがって、アンケート型テストプレイは、他のテストプレイ手段と組み合わせることによってより機能しやすいモデルだといえる。

●模擬戦型テストプレイ

 戦闘に限らないが、「このゲームのこの手順だけテストする」と決めてテストを行うテストプレイである。

 主に数値系のバランスや、局所的なルールの定義が機能するかどうか確認する時にうまく機能する。

 このタイプのテストを行うときに必要なのは、「テスト内容」を定義することである。

 たとえば、PCの攻撃能力がサンプルボスに対して適当かどうかのテストの時に、「このワールド設定でロールプレイして面白いのか」などということは考えなくてよい、というより考えるべきではない。

 また参加者がテスト内容以外のことに意見を言った場合、原則として(注5)一旦除外すること。

 模擬戦型テストプレイはミニマルな処理系のテストに適しているが、複雑な系、すなわちセッション全体の構造や世界観設定などについてのテストには適さない。

 まずこの型式のテストから始めてフレームを構築し、より大規模なテストプレイを行い、そこで得られた知見を生かして再度このテストプレイを行うとよい。

 以下に、やっておくと有益なテスト項目をあげる。これ以外の項目が無意味だという話ではない。


①判定方法は機能するか?
②その判定方法に必要なダイスなどのランダマイザは実際のセッションでどれだけ容易に揃えられるか? 無限個数必要になったりしないか?
③台割上に索引と目次は存在するか? 存在するとして、索引の項目は実際に必要な用語を網羅しているか?
④サンプルキャラクターを用いて掲載シナリオのBOSSと戦闘した場合、予備知識のないプレイヤーは勝利可能か?
⑤プレイヤーが頻繁に行う行為判定(たとえば情報収集)の平均的成功率は何パーセントか? それはプレイにおいて快感をともなう確率になっているか?


⑥作成したキャラクターシートに、ルール通り作成したキャラクターは記入可能か?
⑦予備知識のないプレイヤーはゲーム内の用語を発音として読めるか? あるいは、発音可能か? ルビの必要性は?
⑧新しい概念を持ち込んだとして、その概念は説明されているか? されているとして、その説明は初読者に理解可能か?
⑨掲載されているパーソナリティーズは顧客にとってシナリオフックやPCの設定を考えるためのアイデアソースとして機能するか? するとして、それを伝えられる記述になっているか?
⑩判定、特殊処理、キャラクター作成などに何秒かかるか? それは類似するゲームとどれだけの時間的差異があるか?


⑪付属シナリオに書かれている処理の中で、シナリオの特別なルールではなく、レギュラールールに追い出したほうがよい箇所はないか? たとえばハンドアウトの読み方や登場判定がシナリオにだけ書いてあったりしないか?
⑫戦闘のオプションルールは機能するか?
⑬同音異義語を別のルールタームとして用いていないか?
⑭対象、タイミングなどを自然言語を用いて説明した時に不自然にならないか? その概念は口頭で解説可能か?
⑮見出しの付け方は適切か。章題、概説、大見出し、小見出し、結論という形になっているか。その見だしは内容を反映しているか。


⑯これまでテストしてきたシステムはオンライン・またはオフラインで機能するか。オンライン上では作動するがオフラインでは作動しない、ないしはその逆、は現在の市場としては受け入れがたい。あるいはどちらか専用であるなら、その旨は書いてあるか。
⑰経験点を計算した後にPCはどのようなレベルアップをするか。それはセッションによって得られる報酬系として機能するか。
⑱サンプルキャラクターはフルスクラッチで作成したキャラクターより弱くなっていないか。


●キャラ作成型テストプレイ

 実際にセッションを行うのではなく、ひたすら打ち出しなりDTPの元データなどを見ながらキャラクターを作成するテストである。模擬戦型テストプレイの一種だ。

 厳密にはこれはテストプレイではないが、“ユーザーの視点に立ってキャラクターを創ってみる”のは、あなたのルールブックの記述を見直し、データバランスを確認するよい手段だ。

 この時にひとつコツがある。

 あなたの中に、「このルールブックを始めて買ってきた自分」という別の自分を設定することである。一旦ゲームルールの設計意図であるとか、あなたが込めた思いとかを忘れて、できることなら書いたルールそのものを忘れて虚心坦懐に自分の書いたルール通りに、一切ルールを変更せず、手元のキャラクターシートに手順通りキャラクターを書くのである。

 これを20回ほど繰り返すと、だいたいとんでもないエラーが発見される。

 賭けてもいい。

 もちろんこれも、他人に手伝ってもらえるなら手伝ってもらうべきである。

●ついたて型テストプレイ

 ゲーム開発に関わっていないGMおよびプレイヤーによってテストプレイを行わせ、そのプレイをついたての裏で観察するテストプレイである。観察者はクリティカルなこと(注6)が発生しない限り、そのセッションには介入しない。

 F.E.A.R社で確立されたスタイルなので、聞いたことがある人も多いだろう。

 このタイプのテストプレイは、ゲームの大きな枠を観察するのに適している。つまり、あなたのゲームを買ってきた初読者がどこを誤解するか、どこを楽しむか、どこにストレスを感じるか、どう読みづらいかがわかるのである。

 このテストはやっておくことを強く推奨する。

 一度やるだけでもゲームのクオリティは大幅に上がる。そして、ついたての向こうでは本当に好きなことを言わせるべきである。何を言われてもその場では絶対に反論してはならない。ありがたく聞くべきだ。

▼ついたて型テストのコツ

 可能ならついたての裏には開発者とディベロッパー、開発者と異なるならシナリオライターがいるとよい。ディベロッパーは経験豊富な人間に頼むのがよく、ライティングに直接関わっていない人物であるとよい。

 これはなぜかというと、デザイナーやシナリオライターは自分が書いたものが他者によって“誤読”(注7)されるストレスに振り回され、客観的な判断が出来なくなることがあるからである。第三者的立場から観察を行い判断ができる人間が介在すると、より冷静に分析することができる。

 また、テストが終わった後にテストプレイヤーから感想や意見をもらうのはよいが、討論会などは行わないほうがよい。これもまた、デザイナーが感情的になりやすくなってしまうからである。

 テストプレイヤーたちと別れた後に、デザイナーサイドで「今回のテストプレイはどうだったか」「どこが誤読されていたか」「どこでどういう反応を行っていたか」を解剖学的に分解するべきだ。

 その場にテストプレイヤーがいると忌憚なく意見が言いにくくなってしまう――「PC①はあそこで完全に勘違いしていたが」「GMのルールミスはこことここで」という話をしないならついたての裏でテストをする意味はないし、といって目の前でそんな話をされたら普通の人間は「おまえの書き方が悪いんだ」と言ってしまうわけだが、そんなことをしてもゲーム制作の進行の手助けにはならない。

 また、プレイ開始時に「無理にテストだと思って変なことをしなくて構いません。いつものように、新作TRPGを楽しく遊ぶつもりでプレイしてください。致命的なバグでない限り、気付いた点については後でまとめて伺います。感想は忌憚なく、我々がいないものとして口にしてください。その上でGMの進行にはしたがってくださいね」と断るとよい。

 こうしないと、「欠点を暴くために事故らせよう」という“善意”で行動するプレイヤーが出てきたり、セッションが終わっていないのにミドルで「どうするべきか」という討論会が始まってしまったりするのだ。GMにも、「どうにもならなくなったら、あなたの判断で進めて構いません」と言っておこう。

▼ついたて型テストプレイの問題点

 初読の人間がGMを行うこの型式では、ルールのどこを誤読しやすいか、ワールドの何が伝わらないか、というポイントは押さえやすいが、逆に「ルールを厳密に取ってプレイした場合の数値バランス」のようなものは見えにくい。

 別途、システムに熟達したGMやプレイヤーによるついたて型テストプレイを行うと精度は上げられる。あるいは模擬戦型テストプレイと組み合わせてもいい。

 「ゲームバランスの問題」が数理系のエラーに起因するか、あなたの記述の問題によって生じた誤読によるものか、単なるテストプレイヤーの好みかは注意深い観察が必要となり、多義的・多角的に検証することが望ましい。

▼ついたて型は事故る?

 ついたて型テストプレイは観察者にプレッシャーを与えるものだ。しかし、ついたて型テストプレイが必ずつまらなかったり、事故ったり、問題だらけだったりするわけではない。

 三輪清宗がシステムを構築した『異界戦記カオスフレア』のついたて型テストプレイは、初手からまったくトラブルなく進んだ。当時リリースされたシステム・シナリオは、ついたて型のものの細かい誤植のみを修正したものである。彼の天才性を物語るエピソードである。

 同時に、ここで得られたデータ、『カオスフレア』を遊んだプレイヤーが何を楽しむか、どこに反応するか、というデータはその後の製品開発やマスタリングパートに生かされることになった。何の問題もなくそのままリリースされたが、テストに意味があった例である。

 上手く行ったテストプレイは無意味ではない。だが、「なぜ上手く行ったか」についての考察は必要だ。

●曲技型テストプレイ

 世の中には、「真っ直ぐ飛行機を飛ばさないパイロット」という人種がいる。とにかく飛行機を見ると、宙返りさせたり背面飛行させたり、ギリギリまで無茶苦茶な飛ばし方をしようとする人種である。

 これはゲーマーにも存在し、データをみるや否やルール的に可能なギリギリのポイントをついてきたり、世界観の妙な記述に目を付けたり、奇想天外であなたの想像を超えるロールプレイをする類いの人々である。

 ここで重要なのは、“ギリギリ”である。

 実際に悪意を持って飛行機(=TRPG)を墜落させることは誰にでも出来る。

 だが、落ちないギリギリ、楽しめる範囲でムチャをやれる曲技飛行士型のゲーマーがあなたの友人にいるなら、これはあなたがGMでもまあ構わない(ついたてがベスト)のでテストプレイに参加してもらうとよい。あなたが理解していなかったゲームの側面、信じられないゲームの観点を見ることができるからだ。

 この時呼ぶべきなのは、あなたが本当に信頼出来る、あなたに好意を持っていてくれて、プロジェクトを成功させるつもりのある曲技飛行士だ。そうでないと、何の意味もない。

 プレイが叶わない場合でも、せめて一読してもらって忌憚のない感想をもらうようにするとよい。かならずゲームのアラがわかる。

 また、専門家についても同様のことがいえる。たとえばヒーローもののTRPGならあなたの周りで誰よりも特撮に詳しい人間にその視点から指摘をもらうべきだ。

■プレイテスターは神様ではない

 お客様は神様である、とかつて三波春夫は言った。

 これは「歌う時に私は、あたかも神前で祈るときのように、雑念を払ってまっさらな、澄み切った心にならなければ完璧な藝をお見せすることはできない」という意味である(https://www.minamiharuo.jp/profile/index2.html)。

 『マクロスF』の早乙女アルトなら間違いなく首を縦に振り倒すところだが、それはともかく、テストプレイにおいて勘違いしてはならないことがある。

 それは、プレイテスター(ついたてセッションのGMも含む)は神様ではない、ということだ。

 彼らは様々な感想や意見をあなたにぶつけてくる。

 その意見の中には、あたかも彼ら自身がゲームデザイナーやあなたの上役になったかのように、「こうするべきだ」「間違っている」等々の強い言葉が含まれることがある。

 残念ながら、テストプレイに参加することで、あたかもデザイナーの上位(注8)に立ったかのように思い込んでしまう事例は、ある。もちろん真摯にゲームに取り組んでいる結果なのだが、それでもなお、その言葉は強くなることがしばしばだ。

 それらの言葉をすべて受け入れる必要はあるだろうか?

 ない。

 意見は意見だ。だが、あなたの舵を任せるのは、あくまで金銭的利害、社会的信頼を背負ってあなたと同じ船に乗るビジネスパートナーだけに留めておこう。

 意見そのものは大切に聞くべきだが、その言葉に強制性を与えるべきではないし、テストプレイでの意見を受け入れなかったからと怒り出すようなテスターは次からプレイテストに参加するのを謝絶するべきである。

 テストプレイで参加者には真摯に意見を言ってもらうべきである。だがそれは、ゲームデザイナーの上位になる快楽を与えるためではないし、あなたもそのようなサディズムを満足させるのではなく、毅然と「わかりました、参考にします」程度で流すほうがよろしい。

 これも先ほど「ついたてテストプレイでは討論会などは行なわず、プレイ後はテスターと別れてディベロッパーと話したほうがよい」と述べた理由である。

 参加者の感情的な不満を分析し、その原因が何かを突き止めることがテストプレイの目的だ。多くの場合、参加者が口にしている不満は、言葉通りのものではない。

 彼らが言語化していない願望、認識できていない不満点、そうしたものを冷静に切り分けて製品に反映する過程において、「彼ら自身の感情」と向き合うのは不合理なのだ。ただ敬意と感謝の念を持ってテストプレイを終えればよい。

 最大の謝意は、よい製品を作ることである。彼らの意見を全面的に受け入れることではない。

■想定読者をロールプレイする


 先にも述べたが、あなたは、あなたの中に最低ひとり、あなたとは別の人格を持っておくとよい。

 たとえばこうである。

「半年前に『クトゥルフ神話TRPG』を始めて、他のTRPGもやってみたくなりたまたまあなたの本を手に取った20代の大学生」

 この人物は、“シーン制”や“ハンドアウト”を、何の説明もなく理解できるだろうか?

 もちろんノーである。だが、判定やシナリオ、という概念についてはある程度受け入れてもらえるだろう。

 想定読者は何人か持っておくべきだ。

 同一ジャンルのヘビーユーザー、ライトユーザー、年代が古い、若い。

 その上で、想定読者をあらゆる層にとる必要はない。

 TRPGに興味がなかったり、RPGというゲームメディアに興味がなかったり、あなたが遊ぼうとしているジャンルに素養がない人間(注9)……などについて、「誰が読んでもわかる」を目指そうとすると徒労である。乳児にわかるTRPGには価値があると思うが、それは本当に前述の大学生が欲しているものだろうか?

 そして、その想定読者が楽しめるかどうか、真摯にルールブックを書くべきだ。その人が大事にしているものを傷つけない、その人がこれまで楽しんできたTRPGを否定しない、その人のために、その人が笑顔になれるように書くのである。

 精神論の話ではない。

 顧客のことを想像して行わないテストプレイには何の意味もない。

 あなたが書くのは、大切な余暇と大切なお金を、あなたの本のために使ってくれるまだ知らない誰かのためだ。

 大変難しい問題だが、それは時として「あなたが好きなルールや世界観」と矛盾することすらある。

 その時どうすればよいのか?

 筆者には万能の解はない。

 問い続けるしかないことであろう。

▼“読み勘”をやしなう

 「自分のルールブックがどう読まれるか」のカンを養うのにもっとも適切なのは、不慣れなTRPG(注10)を買ってきて、買ったその日にGMすることだ。

 熟読しないで「発売日に買ってきた高校生」くらいの気持ちで遊ぶ。これを繰り返すと、見えてくるものがあるだろう。

 あなたが丸暗記するほど読んだ最愛のTRPG(注11)みたいにルールブックを顧客が読んでくれるのが最高だが、そうなるためには初読の斜め読みで楽しく遊べなければどうにもならない。

 それゆえに、「初読の斜め読み」を繰り返すことで、あなたのカンを養うことができる。

▼“厳密に”遊ぶ

 ルールのバグを減らす訓練はもうひとつある。

 それは、あなたが自分のゲームであれ他人のゲームであれ、“厳密”(注12)に遊ぶことだ。

 「ここはこうしたほうが面白いから変更しよう」「この処理はみんなわかってるから飛ばそう」「ここはテンポよく進めよう」

 あなたがいつもやっている“上手な”テクニックをすべて封印しよう。あらゆる手順を書いてある通りに、馬鹿正直に、文章通りにやってみよう。

 この訓練は付き合ってくれる人間(なにしろ、これをやると面白くなくなることがほとんどなので)が必要だが、一度やると驚くほどいろいろなことが見えてくる。

 先達のルールブックの無意味と思っていた記述がわかることもあれば、自分が「わかっているつもり」で書き飛ばしたことも理解できる。TCGのジャッジにでもなったつもりで、手順通り厳密にやるのだ。

 この手法はシナリオのテストにおいても応用が利く。とにかく書いてある通りに読み上げ、書いてある通りに処理するのだ。必ずとんでもない見落としが発見される。これはひとりで音読するだけでもやれるので、それだけでもやってみるとよい。

■なんだか大変だな

 その通りだ。

 繰り返すが、これらのことは、あなたがGMをする、あなたとあなたの友達のためのカジュアルなゲーム開発には何の関係もない話だ。

 そうではなく、たくさんの人に対して物を売るのは大変なのである。

 筆者も大変だし、至らないところはたくさんある。

 だからこそ、後進、より才能に溢れた後進たちにこのようなことを恥を忍んで語るのは、良い物を作り出し、受け入れられた喜びは、テストプレイの苦労などは吹き飛ぶ物だ、とわかってほしいからだ。

 あなたには、私たちが繰り広げてきた鐵を踏んで欲しくはない。無意味な苦労をせず、必要な苦労をしてほしいのだ。

 これらのノウハウはあくまでノウハウである。

 実際には、他人のノウハウやメソッドなど気にせず、面白いと信じたものを作り上げることが評価されるのもまた、アートの現場の現実だ。

 あなたが今創っているものが素晴らしく面白いのなら(さらにいえば売れているのなら)、必要ないと思った箇所は読み飛ばしてまったく構わない。「こんな記事は無意味だ」と笑っていい。あなたが正しい。

 だが、もしあなたが行き詰まったり、困惑したり、どうしていいかわからないことがあったなら、もしかしたら本稿はあなたの足下の闇を少しだけ照らすことができるかもしれない。

 そうなれれば喜びであるし、筆者はあなたが素晴らしいTRPGを創り出してくれることを心から楽しみにしている。

 闇を切り開き、道を作るのは筆者ではない。

 あなただ。

注1:繰り返すが、ここでは“商業”を「TRPGを不特定多数に向けて流通形態を問わず金銭を対価として販売し、プレイさせる行為」とする。それが書店流通であれ、Boothであれ、同人誌即売会の頒布行為であれ。

 あくまでこれは本稿の簡略化のための定義なので、実際に即売会で頒布している同人TRPGに商業と同じことが必要だ、という話ではない。以降、いわゆる書籍・ホビー流通のTRPGとインディーズ流通のTRPGを区別しない。

 本稿は「すべての同人TRPGがこのような理念を持って作成されるべきだ」という意図で書かれたものではない。あなたが趣味で楽しんで作り、即売会で頒布するTRPGを、眉根を寄せて何度もテストプレイする必要はない。あなたと友達が楽しめればそれでいい。もしあなたが誰かの作ったTRPGを「このnoteみたいなことをしていないのか」と説教するのなら、あなたは本稿の意図を完全にはき違えている。あなたが説教されたのなら、筆者はこう言う。「商業のデザイナーなら誰でもやっていることだが、あなたがプロとしてやっていくつもりがないのなら、気にしなくていい。わざわざ怒鳴り散らすほうが間違っている」

注2:“ほぼ”と断ったのは、AIアルゴリズムの進化、殺人的な個人の努力、論理構造のパラダイム的な変化などによって、数十年、あるいは数百年先の未来においてそれが可能になることを否定する意図はないからである。今できないことが永遠に出来ないかどうか、それはわからない。

 また会員制サロンのようにTRPGの販売数を限定し、単価を上げつつ月額払いでサポート要員を拘束することで24時間のヘルプセンターを配置するような商業形態も想定することができる(しかし、この場合でも即座に対処できないバグが発生した場合どうするか、ヘルプセンター同士の裁定が食い違ったらどうするか、などの問題は残る)。

 だが、とりあえず今はまあ(現在のTRPGの販売形態を前提とする場合)無理だと断じていい。

注3:実際のプレイを想定しない読み物としてのTRPGも存在する。そうしたものを開発しているのなら、本稿で書いていることは忘れていい。そういう商品はそれはそれで価値がある。非売品だが、『レッドドラゴン(三田誠/星海社)』がそうだ。

 また、商品としては、「すでにネームバリューのある著者に、そのネームバリューを利して囲い込んだ客に対して売る」というものもあるのだが、まああなたがそんなネームバリューを確立しているのならそもそも本稿は必要ないはずであるので、ひとまず脇にどける。

注4:テストプレイヤーに対しては「本テストプレイの内容を口外しないこと」「テストプレイで出た意見などについての著作権はデザイナーサイドが保持すること」をメールででもよいから取り交わしておくとよい。テストプレイの内容と称するものが外部に漏れて発売前に炎上したり、発売後に「あれは私のアイデアで」と吹聴されてトラブルになる哀しい事例は残念ながら存在している。

注5:もちろん、商品に対してクリティカルな指摘、たとえば「このゲーム絶対判定が成功しないんだけど」とかを聞くな、という意味ではない。ケースバイケースである。

注6:あきらかにプレイが行えなくなるような重篤なバグの発生、あるいはこのままテストを続けても意味がなくなるような事態の発生などである。これはケースバイケースだ。

注7:言語学者であるチョムスキーやソシュールの領分になるが、厳密な意味ではいかなる言語も完全ではありえず、あなたの意図を100%伝えることはできない。そしてTRPGの扱う系はあまりにも複雑であり、数式やプログラムのようなコードで記すこともできない。

 したがって“誤読”は必ず発生する。誤読を利用してイメージをコントロールする技術はむしろ有益だといえる。しかしその上でなお、少しでも誤読されないような文章を書く努力を放棄してはならない。それがあなたの作品と、あなたの顧客の幸福のためだ。

注8:もちろん、あなたのクライアントやプロデューサー、ディベロッパー、原作者など、種々の理由からあなたに対して実際に社会的上位にあり、コンテンツに対してあなたと同等かそれ以上に責任を持っている人がテストプレイに参加し、同様の意見を口にしている場合についてはまた別である。

 あなたがそうした立場なら、言葉が強くなりすぎてハラスメントになりすぎないように気をつけよう。

注9:たとえば一度も特撮もアメコミヒーロー映画も見たこともない人、というのはいくらでもいる。そういう人にヒーローもののTRPGを売るのは困難だし、その人が手に取ることも珍しい。考えなくていいわけではないが、どこかで除外するしかない。

注10:『異界戦記カオスフレアSecond Chapter』『フルメタル・パニック! TRPG完全版』『グランクレストTRPG』『メタリックガーディアンRPG』等々、チーム・バレルロールがメインデザインを行なっているTRPGはいろいろあるので、よろしれければお買い上げいただきたい。『天下繚乱RPG』の新版も近日発売予定である。完全に宣伝である。実際には、幅広くいろいろ読む方がよい。

注11:筆者は中学生時代に熱中していた(今でもだが)『GURPS』ならば、一切ルールブックを見ないでPCを30分あれば作成出来る(背景世界によってはもっと速い)。これは筆者が優秀なのではなく、単に脳みそが柔軟な時期に勉強もしないでGURPSばかりやっていた結果である。これくらい愛されるのが理想だが、あなたの読者がそれくらい愛してくれるかどうかは、まず初読の印象にかかっているのだ。

注12:ここでいう“厳密”とはルールライティング的な言い回しである。実際のプレイでは、厳密にいえばGMはそのGM裁定の権利、いわゆるゴールデンルールを用いてアドリブを行い、シチュエーションにあったルールを考案し、ルールを省略することができる。そしてその処理は、“厳密な意味で”もちろん正しいのだ(ほとんどのルールではゴールデンルールはルールの上位に置かれているからである)。

 しかし、ここではテストプレイなので、細則の厳密性を問題にしている。混同しないようお願いしたい。

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