考える国文法その1:「音便」

この記事では、国文法教育について、従来のような一方向な知識の詰め込みから脱した学習方法を考えてみたい。

・ 「音便」という現象

まずは、「音便」という現象について取り上げたい。音便は国文法教育においては、特に「書いて」や「習って」のような、五段動詞(古典文法なら四段動詞)の特殊な活用(「音便形」)として学習するだろう。

しかし、その扱いとしては、カ行やタ行のような各行内での活用からはみ出るものとして、詳しく取り上げられることはない。これはとてももったいないことである。このような例外こそが面白いのであり、その例外にもまた「法則」があるのである。そして、この「法則」を探ることは、誰でも十分可能なのである。

動詞の音便形には、イ音便、撥音便、促音便の3種類がある(ウ音便はない)。そして、この3種類はランダムで用いられているのではなく、使い分けの法則が存在する。

そこで、学習者には、「動詞の音便形の使い分けはどのように行われているのか」を考えてもらうのである。

・ ポイント

この問いを考える鍵は、それぞれの動詞が何行活用であるかに着目することである。そのことに気づいた上で、様々な動詞の音便形を思い浮かべて、それが何行活用の動詞であるかを考える必要がある。このことは、動詞の活用判断の力を鍛えることにつながるだろう。

また、そのように五段動詞を網羅的に調べあげ、うまく分類するという能力も同時に問われる。この能力は、より高度な学習をしていくために必要なものである。


うまく分類ができれば、次のような答えにたどり着くはずである。(濁音であるガ・バ行にも気付けるかも一つのポイントである。)

カ・ガ行…………イ音便
ナ・バ・マ行……撥音便
タ・ラ・ワ行……促音便

・ 発展的な問い

たしかにこれで答えは出たのだが、さらに次のような問いに発展させることができる。

「他の行の活用の五段動詞には音便形はないのか?」

この問いの答えとしては、サ行五段動詞には元々「まして」→「まいて」や「おびやかして」→「おびやかいて」のような、イ音便形が存在していた。それが平安時代から現代までの間に発生し消滅したのである。

この歴史については論文(福島直恭(1992)「サ行活用動詞の音便」)が出ているほど難解なものであるが、このような事実自体は興味深いものであろう。

・ この学習の意義

最後に、この学習によって考察できることを考えてみたい。

まず、動詞の音便形には3種類あり、それらは何行活用であるか、すなわち語幹末尾の音によって決まるものであった。したがってこの法則は音韻面によるもの、わかりやすく言えば「発音のしやすさ」によるものである。ここまで考えが至れば、この学習は大きな成果を生んだと言えるだろう。

このように、自らが無意識に使いこなしている文法の仕組みを、自らの頭で解き明かすということこそが、国文法学習の真の面白みなのではないだろうか。


なお、イ音便を持つはずのカ行活用である「行く」の音便形は促音便(「行って」)であり、法則の例外である。もしこのことにまで気づければ、もう言うことはないだろう。

また、動詞の音便形という話題に関連して、次のような歴史変化がある。
上一段動詞「借りる」は元々五段動詞であったが、「買ひて」→「買って」と「借りて」→「借って」の区別ができなくなるため、「借りて」とするために一段動詞に変化した。この事実を知っていれば、古典文法において「借る」が五段活用であったことが納得しやすいだろう。

・ 参考文献

・福島直恭(1992)「サ行活用動詞の音便」『国語国文論集』21: 1-14. 学習院女子短期大学国語国文学会.
・森山卓郎・渋谷勝己編(2020)『明解日本語学辞典』東京: 三省堂.

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