きもちわるいきもちとのわたしなりのむきあいかた。つたわんないで

いや、そんなのありかよーって毎日生きてて毎日が毎日でそれ以上でも以下でもない平凡が私の世界ぐっちゃぐちゃにしてて、まあどうでもいいんだけど。ってなんかいろいろ制限しながらクソみたいな世界で生き延びてただけなのに、なんかすごい面白い人間一人に出会うだけでこんなに世界変わっちゃうのかーっておもしろい。わたしのドロドロに染み着いた癖がいろんなベクトルで消化されていって手垢のついた愛の証明方法がことごとく通用しなくて意味わかんないめんどくさいおもしろい

どうでもいいやって気持ちに支配されていろんなものと距離とって逃げて捨てて捨てられてって人間としての能力皆無HP0の状態でここ20年ふらふらと生き延びてこられたことが奇跡だけど、わたしよりももっと変な人間に会えてそいつの変な話聞けるってこと自体がサプライズ以外の何物でもないし生きててよかった。自称ハッピー人間で生きてても、ツイッターの自己紹介欄はっぴーでも、それが永遠に続くわけないし今の意味のないのんびりした変な時間も永遠なわけじゃないから、なんだってそうだけど壊す準備はできててぶち壊したいってずっと思いながら人生謳歌することになるんだろうけど今は壊すことよりも関係ない人間に壊されるほうが怖い。いつかなんか壊れるかもしれないから消化しやすいように消えるものとかで繋いでなんとか取り持って生きてたけどそんな上っ面だけで満足するほど子供じゃなくて正直にいなくちゃ許してくんないんだろうなって怖くなって行方不明になりたくなる。そんなくせに記憶に残るような傷をつけてもらってんのよ私ってなんなんだ

昨日までなかったピアスがふたつあいてしかも同じところがいいなって思っちゃって、つけてたピアス奪い取ってつけてもらってまだ耳たぶ占領されちゃってんの。自分の耳から流れた血が愛おしく思っちゃって私きもちわりって。圧倒的孤独を感じながら毎日生き延びようとしてる最中で、大好きな星アスファルトに寝転んで人と見ながら感じたきれいだなって幸せと途中で車きちゃって全力で「車や!」って叫んで手すりむきながらぎりぎり回避したその金曜の何気ない日常と非日常が混濁した出来事が今の私の気持ちを代弁してくれてるみたいでギリギリを許容してくれる寛容さが怖い。大人って、って思いながら生きてきたから大人の拒絶のしようが半端なくて でもその大人の範疇に収まらない謎の存在すぎて意味が分からないし複雑で簡単には解けない謎解きパズルみたいでおもしろい。適当にフラフラしてあんまり誰とも心の底から関わることも毎週会いたいって思うこともなかったし生きてんのか死んでんのかそういうもの自体無いような昨日の繰り返しみたいな人生だったし、まあそれでいいかもなって真剣に思ってたのに明日何してくれんだろとか、明日の私はこの人に何してあげたいって思うんだろうか、とか考えることが増えて人間らしいんじゃないのかなって感じる。これが大人化か

正直愛とかそんなの自分にはないのかもしれないって今まで思ってて、結局自分のことが好きなそいつっていうフィルターで好きをみつけて私を認めてくれるって気持ちを愛だって勘違いしてたから今まで楽しいとおもったことがあっても幸せが何かわかんなかったし、しょうもないって義務的なものに思ってたから超つまんなくて、そのつまんないことが面白いって感じて生きてたけどそれってクズだなって。しんでるみたいにいきててもまあそれはそれで生きてるし大丈夫だって思ってたしそうじゃないと私は生きてらんないんだろうなって、でもおいしい!ってご飯食べてたり、ウトウトしてたりニコニコしてたりいろんな話真剣にしてたり、嘘がない人間っていないのかもしれないけど私には純粋に見えて新鮮で面白い。もう私は嫌とかやりたくないだとかそういう気持ちにふたをして真っ白に頑張る人間には戻れないのかもしれないけど、もうちょっとだけ真剣に生きてたいなって、正直に何からも逃げない生き方をしてたいなって思うしそうしなきゃいけない、やらなきゃって思います。でもすぐに逃げたくなる、大事で仕方なくなるまえに逃げ出して自分にもうキズつけないようにしたくなる、全力の防衛本能開花して異国でなんにもない位置で私を構築したくなる。もう変なんだぜんぶ。好きとか嫌いとか男とか女とか変とか変じゃないとか愛とか恋とか嘘とか本当だとか生きてるも死んでるもサイコパスも超人も全部もう疲れたけどもっともっと知りたくて仕方ない。今の私の興味は全部そこだし、それかそれ以外かてっていう感覚でしかない。気持ち悪いけどまとまんないけど多分それが私なりの正直だと思う。