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短編 | いちごパフェ掘削

激務に忙殺されておざなりになっていた一口の甘味を求め、ウッドデッキのイマドキな看板を横目に、扉に手をかける。

道中で耐えてきた外気熱はあまりにひどく、既に脳が沸騰していてもおかしくなかった。
プリンが出来上がるはずが、何かの手違いでグラニュー糖の代わりに汗の涙で味付けされてしまった茶碗蒸しのような私。
店内の冷房によって急激に冷やされ、まるで氷の上で撹拌される生クリームのようで気持ち良い。

明日では間に合わなかったかもしれない。もし思い立ったのが明日だったなら、きっと私は今頃コンクリートに溶けて土に還っていることだろう。
体内ではミネラルを生成できないように、不足した甘味は体外から摂取する他なかった。

目当ては新品種のいちごをふんだんに使ったいちごパフェ。
贅沢なメニューの多さは私たちをあちこちに目移りさせることになり、逆に選択肢をせばめることになった。
結局決めたのは王道の看板パフェ。古い人間はどこに行っても時代の流れに付いていくのが大変だ。この店もテレビやSNSで取り上げられた流行りの店ではあるが、人気がピークを迎えてから大分時間が経っている。ただ平凡な癒やしを求めて来たのであって、挑戦する勇気などは持ち合わせていない。

僅かに残った体力を何を食べるかを選ぶことに使ってしまったために、なんだか疲れて遠くを見つめていた。
向こう側の棚には生食用のフルーツやジャム、ドライフルーツが綺麗に陳列されているのがぼんやり見える。

すると、視界の端にあった棚下の壁龕へきがんの中にピントが合い始め、ガーデニング用のスコップが無造作に置かれているのに気が付いた。
どうする訳でもなく、私はその使い道についてしばらく考えていた。値札のタグがついているところと、他に花瓶や植木鉢が商品として陳列されているのを見て、おそらく庭を掘る用途で売られているスコップなのだろうと検討をつけた。
私用のスコップでないことは、先端に土が付着していないこと、塗装がきれいに残っていていることから考えるまでもなく分かったのだろうが、私は持て余した待ち時間を有効的に使ったのだと過去の自分を肯定してあげることにした。

メニュー表の写真の中で一番大きく映っていた王道パフェが2つ、目の前に丁寧に置かれた。
思ったより小さく、普通だった。
しかし、横から見ると写真よりも解像度が上がっているように見え、スローモーションで捉えられた赤いミルククラウンを思わせた。
掬ってみないと中身の分からない茶碗蒸しと対照的に、透明なグラスに入ったパフェは触らずとも全貌が全て丸見えである。
風情がないなと思いつつ、色も質も異なる材料が何層にも重なっているのは綺麗で、見ていて飽きない。

あなたは写真を撮るよりもまず一番上のいちごを口に入れる。

「ああ」

一番肝心な大きないちごを最初に食べてしまうなど、なんてもったいないんだろう。思わず声が漏れた私を一瞥して、あなたは屈託なく言う。

「おいしいよ」

そんなの分かっている。言われるまでもないことだ、そのいちごがおいしいことなんて。スコップの使い道よりも自明である。
彼とは分かり合えないのだと今更気付いた私の愚かさを証明しようとするように、「この人の言うことは信用しないで。いちごはきっとまずいわ」と誰かが囁く。

とにかく私は一番食べたいものを最後に食べることを決めている。
私はこの決まりを産まれたときからきちんと遵守しており、もしかするとこれは私が産まれるずっと前から決まっていたのかも知れなかった。
だから、一番上に置かれた目玉商品には最後まで手を付けない。

虹色の長いスプーンを使って出来るだけ深くまで掘り出そうとしてみる。
が、思いのほか手前で止まった。フレークだ。
UFOキャッチャーでぬいぐるみを取る時と同じように、横からスプーンの挙動を確認しながらスプーンをぐりぐり動かして場所を推定する。
スプーンを刺すたびに一層目のフレークがじりじりを揺れ動いているのが分かる。地層でいうとジュラ紀にあたるだろうか。地球の歴史に比べたら恐竜が生きていた時代など、手で触れられるほど最近の出来事だ。
その下には気の遠くなる年月をかけて作られた時代が埋まっている。

私は上のいちごが倒れないように慎重且つ大胆にスプーンを地上へ持ち上げ、地質調査をするふりをする。
フレークによって二層にもかさ増しされた長い時代に世俗的な背景が垣間見えた。その間で押しつぶされたバニラビーンズ入りのカスタードが一刹那の甘美な時代を築いたことを示している。私たちは過去に同じ過ちを何度も犯して今日にいたる。

一体これが作られるのにどれほどの時間を費やしたのだろう。パフェの中に生じた空洞は浅いようで深い。
私がパフェに対して畏敬の念を抱き始めた頃、カウンターの奥で新人の店員が涼しげな顔で3作目のパフェ作りに取りかかっている。

時代の変遷をパフェの中に見ながら、虹色のスプーンを4つ目の神器として私は時代を撹拌していく。
順不同の年表は無味のフレークに程よい味付けをするが、代わりに見た目の悪さをより際立たせた。

帰ったら、家の庭を堀り起こしてみようか。
もしかしたら私がもう一人埋まっていたりするかもしれない。もう一人のあなたもそこにいたら面白いのに。もしいたら、当時の話を聞くんだ。恐竜とは仲良くしていたのか、いちごはどんな味付けをして食べていたのか。
きっと同じ時代を生きる誰よりも、ずっと仲良くできるはずだ。

私の長いスコップはパフェのカンブリア紀を越え、ジャムで形成された赤黒いマントルに到達した。
こんな時代にもいちごがあったなんて。いちごの材料はマントルだったのか。横から見ていただけでは気づかなかっただろうな。掘ってみて正解だった。

「見て。今になって新品種が見つかったんだよ」

いちごは地盤のゆるくなった生クリームに斜めに座り、未だ身を預けている。実は同じ品種だったりしてね。

「知ってるよ。言われなくても」

あなたと話しているつもりはなかったけど、彼のグラスを見ると何分も前に完食して私の完食を待っていたようだった。

「それ、要らないの?」

あなたのグラスの底にこびりついた赤い土の上には、本来一番上に飾ってあったはずのスペアミントが植わっていた。
彩りのためとはいえ、これだけ残されているのを見ると悲しくなってくる。ミント農家がミントを残す人が多いという統計を見て、「美味しく作ってるんですけどね」と憂いていたインタビューを思い出した。

最後に食べるつもりで残しておいたいちごのほの甘さは、私の分と、彼の残した分のスペアミントの香りに一瞬で上書きされた。
その突き抜ける清涼感はようやく私を正気に戻し、ついに私はわたし自身の用途をパフェの中に発見した。

液晶に表示された金額を少しだけ超過した数枚の紙幣と硬貨の用途は、火を見るより明らかだ。
私は店員に「ごちそうさまでした」と爽やかに言いながら、パフェ2つとスコップ1つ分の料金をレジのトレイに乗せた。




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