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「サブスク。」ショートストーリー

「篠崎さん。今日はありがとうございました。」

父の写真の前で父の友人である篠崎さんに頭を下げた。

「今日が高月たかつきの一周忌だなんて、本当に早かったね。君は今日まで立派だった。」

篠崎さんは、父の数少ない友人で弁護士をされている。父が2年ほど前に余命を宣告された時から今日までどれだけお世話になったかと感慨にふける。

正直、ひとがひとり死ぬということは、悲しいという心情にひたる前に現実的な手続きが山のようにあるのだ。たぶん私ひとりではこなせなかったと思う。まだ、篠崎さんにはこのマンションの明け渡しが残っている。きっとそれもスムーズに終わるはずだ。

それでもう、マンションには何も残っていない。電気も水道もガスも3日後に停止され、次の所有者がここへ転居するまではただの静寂な空間となるはず。

高月たかつきは本当にサブスクが好きだったのだな。」

「ええ。何から何までサブスクできるものがあれば、目についたもの、興味が持てたもの、全てでしたね。自分が死んだ後に何も残っていないのが理想だって。」

「物は残らないかもしれないが、契約数が多かったから解除の手続きが煩雑で大変だったよ。まあ。手続きとか書類は専門だから文句は言えない。ちゃんと報酬も受け取っている正式な仕事だからね。」と篠崎さんは笑った。

父は生前から自分の死んだあとを考えていたようだ。サブスクで家具や電化製品も篠崎さんが驚くほど利用していた。だから、何も残っていない。仏壇だってなくて遺影ともいえない普段の父の写真と母の写真が窓際においてあるだけ。
住んでいたこのマンションだけは、亡くなった母と暮らしていたからそのままだったけれど。一等地で、交通の便もよくて母の好きなお店が近くたくさんあって、父は母との思い出に暮らしていたのかもしれない。

「それで。君は明日からイタリアだって。」

「ええ。この2枚の写真と一緒に。気ままに2週間ぐら、行ってきます。父は新婚旅行で行ったイタリアが素晴らしかった。また行きたかったなと言ってました。」

篠崎さんは私をマジマジと見つめて
「そこまでする義理はないんだよ。」と優しく笑った。

「そんなことありません。私にとっては契約した日から高月たかつきさんは父でした。高月たかつきさんは実の娘のように可愛がってくれました。私は一種のサブスクではありますが。身内のいない私にとってはこの2年間、夢のようでした。契約は今日までですが、お金も充分いただいていますのであと2週間だけ高月たかつきの娘として生きるのを許してください。」

「君は間違ったことや法律違反をしているわけじゃない。高月たかつきだって喜ぶさ。」

「ありがとうございます。」


そして、私と篠崎さんは空っぽのマンションを後にした。

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