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「肖像画。」/ショートストーリー

「お父さん。個展、おめでとう。」

父の個展最終日に会場で開かれた内輪のちいさなパーティー。私は祝いの言葉とともに花束を差し出した。
父はとても嬉しそうに受け取ると香りをかいでいた。

「花はいいな。綺麗で香りもいい。心を癒してくれるよ。」

「たくさんの方がおみえになられて良かったわ。」

「モデルが良かったのだろう。」と私に微笑んだ。

父は画家だったが最愛の妻である私の母を病気で亡くして以来、絵を描くどころではなかった。娘の私でさえ、父が立ち直るとは思えず、このままもしかしたら廃人になってしまうのかと覚悟したこともあった。

そんな父が数年前から私をモデルにして絵を描くことを再開した。それまでは風景画家で名を成していたのだが風景は一切描かず、私をモデルにして書き始め、私というモデルに飽きもしないで日ごと夜ごと描いてきた。それらを目にした父の友人である画商の方が渋る父を説得して個展が開催されたのだ。すべて非売品という条件で。

個展におみえになられた方々に「綺麗なお嬢さんだ。モデルにふさわしい。」「お母さんに似て美人ですね。モデルにピッタリだ。」などと言われたのだが、私はその言葉を嬉しいような悲しいような複雑な気持ちで聞いていた。

ある夜。父が絵を前にして「彩子あやこ。君にしか見えない。」とつぶやくのを聞いたとき、私は自分の違和感の正体がはっきりと見えた。

絵のモデルは私ではあるが父は私を通して母を描いている。

父に私をモデルにして描きたいと言われたときの喜びはこの上なかった。なんでもいい。父がまた描いてくれるなら。そして、絵を再開した父は私が願っていた以前のような父に少しずつ戻っていった。
ただ、何故私の絵ばかり描くのだろう。そろそろ、風景画を描き始めてもいいのでないか。てっきり、父が私をモデルにしているのは体力がなくリハビリのつもりで描いているものだと思っていた。風景が描いていた頃の父は母をモデルにしたことがない。

母の四十九日の夜。父は母に関するものをすべて処分してしまった。焼却できるものは庭で焼いていた父の顔が怖かった。悲しんでいるというよりは怒っているという形相の父に私は近づくことができなかった。

個展の前日。すべての絵が会場に配置されたのを眺めて、私はあらためて母の存在を感じた。結局、父を救ったのは母だった。

私はもうすぐ嫁ぐ身だ。私が嫁いだら、きっと私がいなくても、父はたくさんの母の肖像画といつまでも穏やかに過ごしていくのだろう。
私はそう願っている。


【企画】君にしか見えない【#物語の欠片】|むらさき あやめ✒物書き男子Vtuber|note
ヒント・お題は上の企画から頂戴いたしました。実は410文字のショートショートストーリーにしなければいけないのですが。今回このお題、3回目なので字数制限を外してみました。企画から外れてごめんなさい。(汗。。。)
いつもありがとうございます。






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