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「神様の望み。」/ショートストーリー

「おめでとう。」みんなが口々にお祝いしてくれる。今日は私の結婚式。きっと今まで一番幸せな日。涙が溢れてくる。お母さんの姿もにじんでいる。

「神様の望みはなんなのかしらね。」と美しいそのひとは幼い私に言った。私はその美しい女のひとが優しくしてくれるのが嬉しかった。良い匂いがするその人はお母さんだった。美味しい料理も整えられた気持ちの良い家もお母さんが私に用意したくれたのだ。

どこのおうちも私と同じだと思っていたがそうではないことが分かったのは小学校に入学した時だ。お母さんは本当のお母さんではなかった。私を生んでくれたお母さんは私を生んで死んでしまったということだ。しばらく私は祖父母の家に預けられたらしいがその時の記憶はあまりない。3歳にもなっていなかったのだから仕方ない。だけど淋しかったという気持ちだけが残っている。

そしてお父さんとお母さんは私が3歳の頃に再婚したのだ。私の小学校の入学式に祝いにきてくれた祖母がお母さんに言った言葉を今でも覚えている。

「あなたみたいな若くて特殊な暮らしをしていたひとがうちの息子と再婚して心配していたけど。孫の様子をみたら大丈夫みたいで安心したわ。これからもよろしくお願いね。」

お母さんは静かに笑うとうなずいていた。

その時はまだ再婚という言葉が意味することがどのようなことなのかわからなかった。ある日先生に「新しいお母さんは良くしてくれるの。」と聞かれた。私は「白雪姫」や「シンデレラ」に出てくるお姫様みたいにそのうち新しいお母さんによってひどい目に合うのかと色々と想像して過ごしてみたが少しもそんなことは起こらなかった。不思議に思うほど幸せな日々が続いた。

たが私が中学にはいった時、お父さんの勤めていた会社が倒産して大変なことになってしまった。貯金だけの生活は前のように生活ができないのでお父さんはいくつかのバイトをやりだした。そして私は荒れだした。お母さんはいつも静かで穏やかだったけれど、それさえもわたしにとってはイライラする原因になった。反抗期と言えば赦されるわけではない。ひどい言葉でお母さんを何度も傷つけたことだろう。そのうち、言葉だけでは飽き足らなかった私はやっとはいった高校も勝手に辞めて悪い友達と遊ぶようになり、家に帰らなくなることが多くなりついに戻らなかった。

「本当のお母さんじゃないんだから。いい加減にしてよ。お母さんぶらないで。」

お母さんは諦めず手をつくして、病気で弱っていた私を探し出した。お母さんのおかげで私は二十歳になり、やっと健康を取り戻した。お父さんもちいさな会社で働くようになって生活が安定し始めた。お母さんは相変わらず静かな笑顔で家のことも慣れないパートの仕事もやっていた。


お母さんはお父さんと結婚するために修道院から出たという。お母さんの心はいつもシスターの頃と変わらなかったのだと思う。でも、なんで子持ちの男とわざわざ結婚したんだろうと最近の私はよく考えていた。お母さんに聞いても静かに笑うだけ。



「神様の望みも私の望みもきっと同じね。あなたの幸せよ。あなたの幸せがお母さんの幸せなの。」

そういってウェディングドレスの私を抱きしめた。

腎臓さえもくれたお母さん。

「お母さん。今までありがとう。」

私はマドンナリリィの花束を手渡した。


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