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隣の住人の巻

「雲坂雅哉さん」

わたしの隣の住人。イケメン木彫りアーティスト。

「はぁ〜」

月浜可憐がくれた教科書を開きながらため息しか出ない。

「雅哉さんに、ほうとう、作ってあげたい」

TELTELTEL    TELTELTEL

携帯が鳴った。

「あっ! お母ちゃん? ん?  ああ、大丈夫よ、風邪ひいてないし、転んでないし。あ? ああ、大丈夫よ、自炊もちゃんとしてるし。そんなことより、あ?  いいよー、見合いなんかさぁ。あ? そんなことより、ばあちゃ、え? 分かってるよ! 家賃遅れたことないしっ! 口座から引き落としだしっ! え? ああ、また見てるの? お父ちゃん好きだもんねぇ、ドリフ。え? あ、そう。分かった、分かった。はいはいはい。じゃあね、バイバイ」

プツッ! プープープー

「はぁ〜。ぜんぜん、人の話聞かない。いつもだけど」「恵子かね?」「うん、うん? うわー?!」

わたしの隣にいつのまにか月浜可憐が座っていた。いつも通りの白いフワフワワンピースに、厚化粧で。

「白粉塗りすぎじゃないの?」わたしは、月浜可憐の頬の粉を、手で払おうとした。月浜可憐は、それを避けて、「うるさいっ!」と少し怒った。

「ちゃんと、明るいところで鏡見て化粧しなきゃ!」わたしは、月浜可憐に鏡を向けた。「うわー?! なんじゃ、こいつは! バケモノでないか?!」月浜可憐が悲鳴をあげた。

「ギャハハハハハハッ!!」

月浜可憐の顔が、薄ピンク色になった。

「そんなことより! 勉強は進んでおるか? 5級の勉強」月浜可憐は、わたしが持っている教科書を覗き込んだ。「ほほう、ほうとうレシピか、良いことじゃ良いことじゃ」月浜可憐は嬉しそうに笑った。

「ちわっす! ちわっす! 玲奈ちゃん! ちわっす!」「雅哉さん!!」

隣の住人、雲坂雅哉がやって来た。

「おお、おお、おおっ!! さっそく、お客様かね」月浜可憐が目を細めた。

雲坂雅哉は、わたしの前でひざまずくと、「玲奈ちゃんっ! 裸になってくれないかな?」と真剣な顔で言った。「え?」わたしと月浜可憐がハモった。

「モデルになって欲しいんだよ! 木彫りの」雲坂雅哉は、まだ真剣に言っている。

月浜可憐が、まじまじと雲坂雅哉を見て、「最初にしちゃ、相当変わったお客さんだねぇ。この子のこんな健康優良児体型のメタボリック体型をモデルにして、何が楽しいんだい?」と聞いた。わたしは、月浜可憐のケツをひっぱたいた。「痛いねぇ」

雲坂雅哉は、キッと月浜可憐を睨むと立ち上がり、「そんなことないよっ! 玲奈ちゃんは最高だよっ! いまにも貪りつきたいくらいっ! 最高の身体だよっ!」と叫んだ。

いままで生きてきて、こんなこと言われたのは初めて。「雅哉さん!」わたしの目が潤んだ。

「やってくれるね? 玲奈ちゃん!」「わたしなんかで良かったら」「玲奈ちゃんっ!」雲坂雅哉は、わたしを強く抱きしめた。

(男の人の胸板って、こんなに広いのね。あっ! どうしよう。わたし、頭臭くないかな? 昨日洗ったけど、さっき、散歩してきたから。あっ!! やばいよやばいよ!! 朝ごはん食べた後、歯磨いてないやっ! 納豆食べちゃったんだよ!! この後キスだったら、どうしたらいいわけ? ねば〜っ!とか糸伸びたら最悪なんだけどっ?!)

「まあさ、モデルもいいんだけども、しっかり勉強しなさいよっ! 玲奈っ! それから、高尾山行くの忘れずに」月浜可憐が、わたしと雲坂雅哉の間に割って入ってきて、こう言った。

「おばあさん!! じゃあ、僕たちのこと、許してくださるんすかっ?!」雲坂雅哉が月浜可憐にすがるように言った。

「許すも何も、あんたらの問題だろ? もういい大人なんだし。それから、あたしをおばあさんと呼ぶでないっ! 月浜可憐様とお呼びっ!」月浜可憐は、すがる雲坂雅哉のおでこをペシッと叩いた。「イテッ!」

「じゃあ、帰るでな!」月浜可憐は小股でシャシャシャシャッと玄関を出て行った。

わたしは、雲坂雅哉の両手を取って、「雅哉さん。てことは、わたし達、恋人同士ですか?」と聞いた。雲坂雅哉は立ち上がると、わたしの手を握り返し、「もちろんだよ」と言い、キスをした。わたしは目を閉じた。

強く抱きしめられ、

深い熱いキス。

(納豆食べたけど、まっ、いっか!)


つづく

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