見出し画像

わらしべ長者的な派遣

医療機器メーカーのデータ入力作業がコールセンターになり。苦情窓口対応ありになり、なしになり。労働契約書にサインした覚えはないのに、労働契約書はすでに作成されており、先方にも提出済みだそうで、派遣会社には勤務初日まで詳しい業務内容は秘匿というルールがあるそうだ。

漆野密子に強度の不信感と不安が走った。
だから、この派遣バイトの仕事を断ったのに、さっきから密子のスマホはその派遣会社からの電話で殺到している。
私も採用されない女からだいぶ人気者に出世したもんだわ。
密子はため息を一息ついて、電話に出る。
電話に出るたんびに、担当者と言う人の名前が変わる。

「応募多数の中、漆野さんだけが採用になりました。人手不足で困っている会社さんなんです」

派遣会社の担当者は言った。

「申し訳ないですけど、今回の件はなかったことにしてください」

数回の通話の中で、密子のイライラも絶頂期を越えた。
ネットの『断り方マニュアル』のとおり、丁寧にを心掛けた密子だった。

被害者は私ではない。
むしろ、あの派遣会社で働いていて、私にこうして電話をかけてくる若者たちだ。
きっと、あの若者たちも派遣バイトだ。
法に触れない程度に人を騙して、生活費を得て生きてかなきゃいけないなんて。

ああ、電話を切る前に一言言えばよかった。
「辛いだろうけれど、どうか自分を見失わないでね」
あの若者たちより、ちょっとだけお姉さんの密子は、心の底からそう後悔したのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?