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はじめての降霊術の巻

今日は、わたしの愛犬、ニコちゃんの命日。

朝から、お部屋には、ニコちゃんの好きだった、たんぽぽとスミレの花をお供えして、わたしは、横浜中華街の母 月浜可憐から貰った教科書を熟読していた。

「なになに? 霊を呼ぶには、その霊の好物をお供え? ああ! ニコちゃんの好物は、おせんべい! 美味しそうに食べてたな! あとは、アキレス腱付き肉巻き! あれ、いまは売ってないんだよな、ペットコーナーに」

わたしは、ニコちゃんが大好きだった金吾堂の胡麻煎餅をバリバリ食べながら、教科書のページをめくった。

「目を閉じて、霊に話しかけてみる。か...」

わたしは目を閉じた。

「ニコちゃん、会いたいよ。ニコちゃん、大好きだよ。かわいいニコりん...」

耳元で風が吹いたような気がした。

「キュウ〜ン」

懐かしい声がした。

「アンアンッ!!」

わたしの鼻がヒヤッとした。目をそうっと開けたら、ヒタヒタの真っ黒いお鼻。

「ニコちゃん!!」「アンアンッ!!」

ニコちゃんは、わたしの目の前で、ニコニコ笑っては、わたしの鼻をペロペロ舐めてきた。尾っぽをちぎれんばかりにクルクル回して。

「ニコちゃあ〜〜ん!!」わたしは、泣きながらニコちゃんを抱きしめた。ニコちゃんは大暴れ!! 嬉しくって嬉しくって、わたしの顔面に飛び蹴り?!

「本物のニコちゃんだ!!」わたしは、大暴れのニコちゃんを捕まえては、抱きしめて、ジタバタ大騒ぎのニコちゃんの顔を抑えて、チュッ!!とした。ニコちゃんは、またわたしの顔をペロペロ。

「ニコちゃん、ごめんね。ダメな飼い主で」「キュウ〜ン」ペロペロ。


「おっ! とうとうやったかね!」いつのまにか、月浜可憐がやって来ていた。

「おうおう、元気な子じゃのぉ!」ニコちゃんは、月浜可憐の顔もペロペロ。

「どんだけ厚化粧なの?! こんだけペロペロされても、落ちないよ?!」「うっせー!」「イテッ!」

ニコちゃんは、月浜可憐の膝に抱っこされて、幸せそうにあくびした。「ほんと、人懐こい子じゃ」

「あ! そーだ!! ばあちゃん!! ニコちゃんを生き返らせてよ!!」わたしは、月浜可憐に詰め寄った。

月浜可憐は、わたしの顔を哀しそうな笑顔で見て、首を横に振った。

「ダメじゃ。この子は、生き返らすことはできぬ」「なんで?!」わたしは、泣き声まじりに叫んだ。

月浜可憐は、すっかり自分の膝でくつろぐニコちゃんの頭を撫でながら、「この子はもう、あの世に大事なモノがあるでな、この世に生き返りたいとは思っておらぬぞよ」と言った。

「なんで?! ニコりんは、わたしのこと、大事じゃないの? ねぇ、ニコ!! 玲奈ちゃんのこと、嫌なの?! 怒ってるの? 最後、あんなふうにしたから、玲奈ちゃんのこと大嫌いになったの?」わたしは泣いた。

「キュウ〜ン」ニコちゃんが、わたしの涙を舐めた。

「違うぞよ。ほら、見てみろ、玲奈」

チャカチャカチャカと、床を走る音がした。ニコちゃんが廊下を走っていた音と同じ。しかも、何匹もいるみたい。

わたしが顔をあげると、そこには、ニコちゃんにそっくりな子犬達。

子犬達はニコちゃんに飛びつき、まとわりつき。子犬達を舐めるニコちゃんは、母親の顔だった。

「ニコちゃん、お母さんになったの?」

ニコちゃんは、キラキラした真っ黒な大きな瞳で、わたしを見ていた。ニコちゃんの瞳の中に、まんまる顔でぐしゃぐしゃに泣いてるわたしが映っていた。

ニコちゃんは寝転がった。そこに、子犬達は飛びつき、おっぱいを飲み始めた。

「ニコちゃん! おっぱいある!!」わたしは叫んだ。「当たり前だでな、母親だもの」月浜可憐は、おっぱいをあげてるニコちゃんの背中をさすりながら言った。

「そうか...」わたしもしゃがんで、ニコちゃんの頭を撫でた。ニコちゃんは、わたしの指をペロペロ。

「ニコちゃん、生きてた時は、赤ちゃん生まれたら、貰い手なくて可哀想なことになるからって、避妊手術したんだよね。あの時、手術から帰ってきたニコちゃんと一緒に寝たんだよ。そしたら朝方、ニコちゃん、デッカいおならしてね。しかも、くっさかった!」

わたしは、その時の光景を思い出して吹き出した。鼻水も吹き出した。

「きったないのぉ」月浜可憐がテッシュ箱を渡してくれた。

「そっかぁ、ニコちゃん、お母さんになったんだねぇ」「キュウ〜ン」ニコちゃんは、わたしの足首に顔をこすりつけた。

「だけど、相手の男は誰?」急にわたしは、厳しい気持ちになった。

そう、あれは、ニコちゃんに生理がきた時、お散歩していたら、どっかの雄犬が鎖引きちぎって、ニコちゃんを追っかけてきて、ニコちゃんを襲おうとしたんだ。

慌てたわたしは、ニコちゃんを抱き上げ走った。だけど、その盛り付いたブサイク犬は、わたしに飛びつき、わたしは足がもつれてズッコケた。そして、両足負傷。ニコちゃんは無事だった。

「テンパリ過ぎじゃ!」月浜可憐は笑った。

「だって、かわいいニコちゃんに、悪い虫でもついたら。しかもあの雄犬、なんか卑しそうな、強欲そうな、下品な犬だったもの」「盛り付いた犬なんて、みんなそんなもんじゃろが」

わたしは、おっぱいをあげてるニコちゃんに、「ニコちゃん!! 相手の雄は、誰なの?!」と問いただした。「アンアンッ」ニコちゃんは元気に鳴いた。「どんだけ、親バカなんじゃか」月浜可憐が呆れていた。

と、その時、

カツカツカツという音がした。振り向くと、そこには、ニコちゃんを凛々しくした柴の雑種犬が。

その犬は、わたしを見て、ブンブン尾っぽを振っている。

「うぉうぉんうぉ うぉんうぉんうぉん!!」

「え?!」

「うぉうぉんうぉ うぉんうぉんうぉん!!」

「ジュン?」

「うぉんっ!!」

「ジュン!! ジュンくん!!」わたしは、ジュンを抱きしめた。そして、振り向くと、「ばあちゃん!! ジュンだよ!! 昔うちにいたジュン!!」

月浜可憐は、「え?」と、キョトンとしていた。

ジュンは、わたしのホッペをペロペロとして、「ヘッヘッヘッ」と笑うと、次は、ニコちゃんに近づいていき、ニコちゃんの顔をペロペロした。

「え? てことは?」「ニコりんの旦那が、ジュンかね?」

「うぉうぉんうぉ うぉんうぉんうぉん!!」

「なんだい? そりゃ?」月浜可憐は首を傾げた。

「あのね、ジュンが死んじゃう時ね、妹の愛菜が一緒にいたの。ほら、わたし、もう実家を出ていたから。で、愛菜の話だと、ジュンは最後、愛菜と一緒にリビングのテレビでドリフを見て、終わると自分の犬小屋に入って行ったんだって。しばらくして、愛菜が見に行くと、もう動かなくなってたって」わたしは、そう言いながら、少し泣けた。

「あんたんち家族は、犬までドリフ好きかい?!」月浜可憐は、そう言うと、おっぱいを飲み終わった子犬達を抱いて、「おうおう、おチビちゃん達」と言って、子犬達と戯れていた。

ニコちゃんは幸せそうに、ジュンの顔を舐めていた。

「ニコちゃん、幸せなんだね。ジュンもね」わたしは、ニコちゃんとジュンの頭を撫でた。

「よかった」


ニコちゃんとジュンと子犬達は、ゆっくりと消えていった。だけど、不思議と寂しくはなかった。

「だって、すごく幸せそうだった」


月浜可憐が、わたしの背中をさすってくれた。涙がまた、ポロッとした。

「ばあちゃん、あの時はごめんね」「ん? なにが?」月浜可憐は、不思議そうにわたしを見ていた。「ううん、なんでもない」


つづく




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