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記憶の中の自分~輝いていた、そこにある時間~

昨日、残っている仕事をするために休日出勤した。
休日の20時過ぎの病棟は電話もほとんどならず、静かで好きだ。
 
しかし、昨日はナースステーション内に、入院している認知症の患者さんが二人座っていた。ふたりとも腹痛などの症状は落ち着いており、歩行も自力でできるが、まだ食事が許可されておらず点滴を投与している。一方で、認知機能の低下があり入院していることを十分には理解できず他の病棟へ行くことや点滴棒を忘れて立ち上がることがある。転倒リスクもあり、まだ消灯まで時間もあるため、夜勤の看護師が、病棟に置いてあるDVDを流しており、二人は談笑しながらDVDを見ていた。
 
話は変わるが、ご高齢の患者さんの鉄板DVDとして、美空ひばりの歌があげられる。
今のところ、このDVDに目を奪われない患者さんはほぼないと言っても過言ではない気がする。
また、綾小路きみまろも結構な人気だ。しかも、ついつい職員の私達も聞き入ってしまう。
 
そんな二人の会話を聞いていて、つい笑ってしまったのだが、一人の患者さんが寝巻きのポケットから自分の携帯を取り出し、「私、今日66歩しか歩いていないわ。座ってばっかりだから。」
もう一人の患者さんが「もっと動かないとだめよね。」と答えている。
入院していることは、説明しても忘れてしまうことが多いが、身についた生活習慣はきちんと残っており、二人の中では病院での生活はむしろ、自分の健康習慣を阻害される場所のようだ。
 
その二人の会話に入らせていただくと、ご自身の仕事、ご主人との出会いなど話がとまらない。「私、国交省にいたのよ。昔の建設省。」などと、働いていたときの記憶は鮮明で聞き入ってしまうことがある。この間は、高度経済成長期に日本の企業で働いていた患者さんからリアルプロジェクトXのような話を聞かせていただいた。
 
患者さんが働いていた頃の話を目を輝かせながら話す様子を見ると、もしかしたら仕事と家事で慌ただしく過ごす私の時間も後で振り返れば、輝いていた時間なのかもしれないと思える。
 
中間管理職として様々な部署や人との関わり合いや、圧力でつらいと思う日々ももちろん多々あるが、そう考えるとこの毎日をできる限り楽しんでいきたいと思う。

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