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僕がどのように歩んできたのか(中高時代)


こんにちは!花咲 徳太郎です🌷

前回お話しした、幼少期の大きな出来事は、
「人間の本質とは」を考えるには十分なきっかけでした。

小学生時代、いじめを受けていた僕ですが、それでも人を嫌いになることは決してありませんでした。
もちろん加害者と最終的に仲良くなったからも要因としてはあると思いますが、そもそもなぜ人は簡単に人を傷つけてしまうのかということをもっと深く知りたくなったのです。逆に「人の幸せ」とは何なのかを漠然とですが、
考え始めるようになりました。

単純に「人」に興味が湧いていました。


  • 中高時代

中学、高校とエスカレーター式の私立を受験し、
6年間、同じ環境で過ごしました。

ちなみに男子校6年間だったので、異性との出会いがあまりなかったことはご想像に難くないと思います笑

それでも友情を育む環境としては、すごく恵まれていて、
僕自身は多くの友人ができ、充実した学生生活を送れたと思います。

ただやはり「いじめ」は少なからず、存在してました。

また、グループが作られていく中で、そのグループのRANK分けのような心地悪い、棲み分けができていました。もちろん気の合うもの同士で集まることは、自然の現象ですが、そこに一種の価値が生じており、

ヒエラルキー」が小学校の時より、確実に存在していたのです。
本来、同級生同士だし、優劣なんかないのに、、、


僕は特定のグループには属さず、自由にコミュニケーションをとっていくと決めました。

なぜなら僕は小学校転校の時に友達を作らなければ、好きになってもらわなければ、と必死に相手に合わせて失敗した経験があったからです。

ちょっと哲学的になりますが、
人間は「恐れ」や「不安」が強い時に行動する際、
実は、自分の幸せ軸がずれている可能性が高いです。

いじめやランク分けに関しても、自分を守る為、敵から防衛する為の
いわゆる本能的な恐れだと思っています。

僕は、とにかく自分が楽しいと思っていることに没頭しました。
(当時バンド活動や英語)
そして無理なく、自分がコミュニーションを取りたい人と
グループ関係なく話していました。

好きなことをし続けていると自然と輝いてきます。
そしてそれを誰かが必ず見ています。

気づいたら、修学旅行の班決めの時、
ウチに入ってよ!と引っ張りだこになっていました。


  • 今回伝えたいこと

辛いことだろうが、成功したことだろうが、
経験こそ間違いなく自分だけの力になります。

友達がいなかった経験は知らず知らずのうちに、
自分を強くしてくれていました。

もし今、苦しい思いをしている人がいたら、
必ず味方がいると信じて欲しいです。
少なからず、僕は味方です。

そして傷つけてくる相手の言葉や行動に飲み込まれないで、
自分はダメなんだと決して思わないでください。
なかなか難しいかも知れませんが、
相手は何かに恐れているんだと、客観的に捉えて欲しいんです。

そして自分の心が喜ぶことに集中して、自分を愛してあげれば、
世界はふとした時、変わって見えたりするものです。

大丈夫!乗り越えた時もっと強くなってる!
愛を込めて。



  • 最後に

最後までお読みいただきありがとうございます。
もし少しでも現状を変えるヒントが見つかったら嬉しく思います。
またもし反応いただけたら、心から励みになりますし、力になりますので、
そちらも合わせてよろしくお願いします。

次回も自分の実体験を元に、熱く書いていきます!

どうぞ、よろしくお願いします。




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