見出し画像

プロローグ:【GPS】×【探偵】×【不倫】終了のお知らせ。探偵がGPSを使ってはダメなたった一つの理由その0

GPSを利用した位置情報・移動履歴の取得で違法?懲戒?

 弁護士には「自由と正義」という若干厨二くさい格調高いタイトルの会報誌が配付されます。中身は趣味の話題から読ませる記事まで大変充実しているのですがだいたいの弁護士が目をやるのは末尾付近に載っている会員異動情報そして懲戒処分の公告です。そんな中、ある懲戒処分の公告を巡って主にTwitter上で弁護士垢からどよめきが起きるような案件が載っていました。

処分の理由の要旨

被懲戒者は、Aから委任を受けたBとの離婚訴訟においてAがBの自動車にGPS装置を取り付ける方法によって、6カ月近くにわたり、夫婦関係破綻により別居していたBの行動を監視していた等を認識しながら2019年1月31日頃、上記GPS装置の位置情報の履歴を、証拠として提出した。

被懲戒者の上記行為は弁護士職務基本規程第14条に違反し、弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

処分が効力を生じた日 2023年1月13日 

2023年5月1日 日本弁護士連合会

※弁護士職務基本規程(違法行為の助長)
第14条 弁護士は、詐欺的取引、暴力その他違法若しくは不正な行為を助長し、又はこれらの行為を利用してはならない。

自由と正義2023年5月号

 懲戒処分というのは弁護士の非行に対する処分です。弁護士には弁護士自治の観点から監督官庁がない代わりに弁護士の自治組織である弁護士会そして日本弁護士連合会が処分を課すという立て付けになっています。ただ処分の基準や量刑が曖昧であったり、私生活上の非行も含め懲戒処分になったりするなど個々の弁護士への萎縮も懸念される処分例も散見され(また公告の要約があまり出来がよくないため)読後感想として「これが懲戒処分?」「量刑のバランスを欠いてないか?」というような懐疑的な反応はままあります。そしてこの懲戒処分が掲載された「自由と正義」が手元に届いたツイッタラーの反応は概ね「え?これが懲戒処分になるの」「自分の依頼者がこういう証拠を持ってきて証拠にしてくれと頼まれたら(そしてそれを断って依頼者に恨まれたら)どうなるんだ?」という反応であふれていました。分析するに、訴訟上の立証活動という弁護士業務ど真ん中の部分で懲戒処分が科されていることへの強い懸念と警戒感からの防御反応じゃないかなと考えます。

 ただ、反応ツイートの中にはこのケース特有の「6ヶ月近く」「別居後」という事情を考慮して当該処分を科されたのではないか、つまりもっと短期間なら、同居中なら自動車にGPS機器を取り付けて相手の行動を監視したとしてもそれは違法ではないだろうし、懲戒処分を科される非行にあたらないという分析をされている方もおられました。しかし私はその考え方はGPS機器の無断設置・無承諾による位置情報取得という行為の卑劣さと結果の重大さ・強力さを軽く評価しすぎているのではないかな?という感想です。

そこで私は、(刑事訴訟では既に決着を見ているので)主に民事訴訟(人事訴訟含む)での、対象者の自動車にGPS機器を無断で設置し無承諾にて位置情報を取得する行為(以下「GPS調査」という。)について私見を述べたいと考えます。なおその設置者は配偶者の場合と探偵業者の場合が想定されますが厳密な区別はしておりません。ただ「業として」行っている分探偵業者の方が悪質度は高いというのが私見です。

GPS機器とは何か

 位置情報を取得するGPS機器には2つの異なるタイプがあります。
 一つはリアルタイムで位置情報を発信し確認できる【送信型】で、もう一つは位置情報を記録し続け事後PCなどに接続して蓄積された位置情報を吸い上げて確認できる【蓄積型】(ロガーとも呼ばれる)です。送信型にもGPS機器から一方的に位置情報が送られるタイプと、使用者が送信した指令を機器が受信・作動し任意に位置情報を取得することができる双方向利用可能なタイプがあります。
 GPS機器の歴史にそれほど詳しくないのですが、まず登場したのが蓄積型で、バイクのツーリングや山登りなど自分で所持したまま移動して旅の記録をブログにまとめる(撮った写真にも位置情報を埋め込み連携させる)などで楽しむ使い方だったと思います。その後技術の進歩により送信型が誕生・一般化しました。最初の送信型は某警備会社が提供するサービスとして展開されましたが、今は海外のベンチャー企業が基礎を提供してマップも汎用性の高いGoogleマップなどを使っているようです。子どもの見守り、老人の徘徊対策、タクシー等の配車に使われるなど社会生活になくてはならない存在になっています。蓄積型が先に登場したのはバッテリーの容量の問題で、送信型で位置情報を常時発信し続ければそれだけ消費電力が増えバッテリーが長時間保ちません。バッテリーの大容量化により送信型が誕生・普及し、また位置情報の発信も常時ではなく必要な限度で行えばその分消費電力も抑えられることになり、リアルタイムで世界中のどこからでも位置情報を確認できる便利さも相まって一気に普及しました。

 GPS等位置情報取得技術は進化と深化の一途を辿っています。
 ①精度。かつては誤差が100メートルなどとも言われましたが条件次第で数メートル以内、しかも複数の衛星(アメリカの「GPS」、日本の「みちびき」、ロシアの「GLONASS」)を用いることで高精度(1メートル未満とも言われています)での位置情報を取得できるようになっています。
 ②稼働時間。満充電で100時間超稼働することを謳う機種もあります。長時間稼働するということは充電のための交換も少なく済み、それだけ装着脱着の場面で発見される機会が減り密行性が高まります。
 ③小型化・軽量化。大きさは数センチメートル三辺の物体で女性でも片手で持てるくらいの小型軽量です。しかも強力なマグネットが内包され金属部分に貼り付けることができます。軽量×強力磁力のため機器の自重や運転中の振動で落下することも稀です。そして外観はほぼ例外なく黒系(日陰では見つけにくい)、文字の記載もなく「四角い物体」という没個性です。

 従ってこのサイズの物体が車体下部に隠されるように設置されていれば、普段屈んで車体下を目視する通常人はおらず、特殊部隊や空港など爆弾テロ対策で車体下部を検査するミラーなどの特殊な道具がない限りは見つけることはほぼ不可能です。つまり強力な密行性を獲得しています

こんな夢のような便利道具を、普段から尾行や張り込みを仕事にしている方々が放っておく訳がありません。世界の警察や情報機関がまず使用し、我が国の捜査機関でもGPS機器を対象車両に貼り付けて位置情報・移動履歴の取得をする捜査が行われ、そして刑事裁判にて違法捜査じゃないかと争われたのでした。

【GPS】×【探偵】×【不倫】終了のお知らせ。探偵がGPSを使ってはダメなたった一つの理由その❶「GPS捜査と刑事裁判」編に続きます



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?