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一人世帯は予想されていた

日本の増えている「一人世帯」化の現象は、互いを認め合わなければならない個人主義の流れと感じませんか。

都市化、働き方改革、女性の活躍などから社会が、個人主義にならざるえを得ないように見える。
 
個人主義に派生して「孤独」が話題になる。実存主義という哲学の先進国である19世紀後半のフランス人の思想に少し触れてみました。 
 
フランソワーズ・サガン(1935〜2004年)フランス生まれ、18歳で「悲しみよ、こんにちは」で文壇デビュー、世界の脚光を浴びたブルジュア階級。
 
朝吹由紀子訳「愛という名の孤独」(新潮社)から、サガンの孤独について記述を一部抜粋すると。
 
孤独についてのインタビューに答えて、
 
「いえ、まったく恐れません。…孤独から逃げ出すよりも、孤独を見つける方が難しいのです。ちょうど空間や時間を見つけるときのように……」
 
「コミュニケーションの手段の発達と反比例して、孤独が進展しているように見えます」
 
「庶民は、金銭的な悩み以外には形而上学的な気がかりは何もないそうです。彼らによれば重要で生命に不可欠な悩みは、エリートだけのものなのです」
 
「人間は孤独で、孤独に死にます。……私達は孤独でない、誰かが理解してくれている、耳を傾けていてくれる、見つめてくれていると絶望的に信じようとしている……」
 
「孤独から逃れるための唯一のシステムは恋愛……」
 
「愛と呼ばれているものは、まずは自分を語りたいという欲求であり、自分が存在していること、しかも魅力的に存在していることを他人の視線の中に認めたいという欲求なのです……」
 
僕の概略的な感想として、
1950〜2000年頃のフランス上流階級の「孤独」に関する考え方が今の日本のそれと同じように感じられる。
「孤独に死す」は、何を恐れているのだろう、僕としては、腐乱するかも知れない死体の取扱いのことであれば事前契約で措置がでると思うのですが。 
「孤独に死す」以外は、全体的に孤独をポジティヴに受け止めたれているように思う。
 
 
交友関係
ミッテラン(1916〜1996年)大統領が、手料理の夕食を自宅へ食べに行く間柄。
サルトル(1905〜1980年)の晩年の友人でもあった。サルトルは、ノーベル賞を辞退し、サンガもアカデミー賞を辞退している。両者に共通する考え方があるように感じる。
 
根底にある考え方
統一された正解と言える生き方は存在しない。
個人が個人の正解を探す
結婚は互いを束縛する
サルトルの名言「実在は本質に先立ち、それを規定する」

個人主義が成熟社会と仮定するなら、
互いを認め合い自分らしく自立して自由に生きることが正解となる。
一人世帯を正解と考える人は、未来に増えそうだ。

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