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ジャニーズ事務所解体のは茨の道…(その2)エージェント契約

2023年10月2日にジャニーズ事務所が、ジャニー喜多川氏による性加害事件に関して2回目の記者会を開いた。
そして記者会見では、ジャニーズ事務所の実質的解体案ともいえる内容が発表された。
またジャニーズ事務所の代表取締役で、現オーナーであるジェリー藤島氏が会社を清算し、納税を回避していた相続税の納付も明言し驚きの声が上がった。
このジャニーズ事務所解体案を巡っては、様々な意見やコメントが飛び交っている。だが企業経営や企業統治などの観点からは、問題点を正しく把握してないと思われるものが多い。
そこで今回は、ジャニーズ事務所実質解体と新事務所発足に関する問題点や課題を何回かに分け考えてみたい。第二回目は、エージェント契約に関する考察。

悪名高い奴隷契約

今回のジャニーズ事務所の実質解体で注目されたことの一つにタレントとの契約があるだろう。タレントの受け皿として新たに発足する新会社とタレントとの契約が、従来からの「専属マネージメント契約」から所謂「エージェント契約」に変更になることが発表された。
従来から使われてきた(そして今でも芸能界で広く使われている)「専属マネージメント契約」は、よく「奴隷契約」と揶揄されることがある。その主な内容は以下の通りだ。

  • タレントは所属事務所以外の仕事ができない

  • タレントは所属事務所がとってきた仕事は拒否できない

  • タレント活動によって生まれたすべてのコンテンツ(音楽、映像、記事…)などのすべての知的財産権は事務所に属する

  • タレントは一方的に契約解除できない

一方でタレントが得られる利益は限られている。

  • 事務所が定めた一定の報酬(月給制、歩合制、組み合わせなど)

  • コンテンツから生じる印税(通常は数%)

歌えない新しい地図

旧SMAPのメンバーである新地図のメンバーが、公の場所でSMAPの楽曲が歌えないのは、旧ジャニーズ事務所が楽曲の使用権を独占していて、更に新しい地図のメンバーにその利用を認めていないからだ。

「のん」は能年玲奈を名乗れない

またNHKの朝の連続テレビ小説「あまちゃん」で有名なタレントの「のん」が、旧芸名である”能年玲奈”を名乗れないのも、旧所属事務所が芸名の商標権を独占しているためだ。
同じような例で有名なところでは、男性タレントの加勢大周の芸名を巡るトラブルなど枚挙にいとまがない。

嵐でも年収一億未満

ジャニーズの売れっ子タレントでも事情は同じらしい。今回のジャニーズの騒動で流出した旧ジャニーズ事務所の契約書には、ギャラのうち50%を事務所が「みなし経費」として控除した後、残りの50%をタレントと事務所が折半する旨記載されていたそうだ。実際にタレントが得られるのは、収入の25%しかない。さらにジャニーズの場合には、大人数のグループが多いため、その25%を人数割りすることになる。もし5人組なら5%しか手元に残らない。例えば1億円のCM契約でも、5人組のグループなら一人当たり500万円にしかならない。
過去の週刊誌の記事によるとテレビやCMに引っ張りだこの「嵐」の櫻井翔氏でさえ年収は6千万円程度らしい。多くのCMに登場し、毎週夜のニュース番組に出演、ツアーをすれば100万人も動員する(チケットを1万円で計算すると100億円の売上!)嵐のメンバーでさえ、年収一億円に届かないとは驚きだ。これも奴隷契約と揶揄される専属マネージメント契約の弊害だ。

エージェント契約の功罪

今回の記者会見でジャニーズが新事務所で採用を表明した「エージェント契約(代理人契約)」は、旧来の契約書とは全く内容が異なる。
事務所が行うのは、基本的にタレントから委託を受けた営業だけだ。出演契約などは、タレント本人(または個人事務所法人)とクライアントで直接締結する。またギャラの支払いもクライアントからタレントに直接支払われる。
事務所が得るのは、契約に伴うギャラの一部(ハリウッドでは10%が標準らしい)と、契約によっては定額の年間契約料ぐらいだ。
問題のコンテンツのIP(知的財産権)も通常はタレント本人に属する。

タレントがリスクを負う

良いことずくめのように見える「エージェント契約」だが、タレント自身に負担やリスクとなる部分も多い。
例えば契約書の内容確認や会計、税金の計算などは全てタレント本人が責任をもって行う必要がある。
例えば出演するCMや映画、TV番組などが、タレント本人のスキャンダルなどによりお蔵入りとなった場合には、タレント本人に巨額の賠償責任が発生する可能性がある。
税金の滞納などが発生した場合にも、タレント本人が責任を負わされる。さらに脱税の場合には逮捕もあり得る。
また身の回りの世話をするマネージャーや運転手なども自分で雇う必要がある。当然に雇用契約の締結から年金や健康保険、雇用保険の納付義務も生じる。滞納すれば、やはりタレント個人の責任だ。
殆どのタレントが、個人事務所と呼ばれる「法人」を設立して対応するだろうが、それはそれで税務会計や法律関係の事務処理が発生する。また法人を維持するには、それなりの固定費が経費として掛かってくる。
今までの専属マネージメント契約が、奴隷契約と揶揄されながらそれなりに機能してきたのは、やはり様々なリスクをタレントに代わって事務所が負担してきたということだろう。

タレントの育成コストは誰が負担する

このタレントと芸能事務所の関係で見逃せないのが、デビューまでのレッスン代や生活費などの「育成費用」の負担だ。
今まで日本では、このデビューまでの育成費用の殆どを芸能事務所が負担していた。今回のジャニー喜多川氏による性加害の舞台になったのも、まさにこの「育成過程」のジャニーズJr.と呼ばれるデビュー前のタレントの卵たちだ。彼らは自分で歌やダンスのレッスン費用を免除される代わりに、ジャニー喜多川氏の性加害の被害にあったといえなくもない。
一方でハリウッドやブロードウェーなど欧米の芸能界では、歌やダンス、演技などレッスン費用は基本的に自己負担だ。俳優やタレントを目指す場合には、アルバイトをしながら自費でレッスンを受けて、映画や舞台のオーディションに出続ける。目が出れば巨額の収入が得られるが、殆どが夢破れて人生の貴重な時間を棒に振ることになる。典型的なロングテールな自己責任の世界だ。
ジャニーズの新会社では、若手タレントの育成は新会社が行うとしている。また若手タレントのうち希望するタレントには、従来の「専属マネージメント契約」の締結も行うと表明している。しかしコスト構造を考えると、ジャニーズJr.の育成費用をタレントからの代理契約から得られる利益だけで賄えるのかは正直疑問だ。
またジャニーズなどのタレントには、元々貧しい家庭の出身者が多く、自分でレッスン費用賄えない場合も出てくるだろう。

テレビ局も対応が必要

タレント側のリスクを列挙してきたが、リスクが高まるのは、例えばテレビ局やスポンサーも同じだ。
今までは、トラブルが発生した場合でも、芸能事務所との「阿吽の呼吸」や「大人の話し合い」で大半の場合には解決がついただろう。
しかし出演契約の相手方が、全てタレント個人や個人事務所となると、トラブルのリスクが各段に高まる。また損害賠償になった場合にも、タレント個人から取り立てが可能か疑問が残る。
この場合には保険などでカバーする必要もあるだろう。

新しい仕組みのモデルケース

以上のように「エージェント契約」と一言で言っても、様々な問題点が発生することは言を俟たない。
新たなリスクを回避するには、新たな仕組みが必要になる。当然にコスト構造や利益の配分にも変化が生じるだろう。逆に言えば、新たなビジネスチャンスとも言える。

芸能専門法律事務所

多数のタレントの個人事務所などの契約を個別に精査・チェックするためには、多数の弁護士が必要になる。ある種、業界のバブルとも言える状況も予想される。弁護士余りとも言われる状況にも変化が生じるかもしれない。

保険契約

タレント側、TVなど双方に新たなリスクが発生することから、「保険契約」が必要になるだろう。ハリウッドやブロードウェーでは、映画製作や興行に保険の専門家が付くのが普通のようだ。弁護士と並んで、ある種のバブルが発生するかもしれない。
保険業界に対しては、この事態をビジネスチャンスと捉えて、積極的に保険を引き受ける姿勢が期待される。

資金調達

映画製作などの資金調達にも革命が生じるかもしれない。
今まで日本では、電通や博報堂が取りまとめた大企業のスポンサーや、テレビ局などの大資本が資金提供することで、IP(知的財産)を独占するのが通例だった。
そのためクリエータ自身は、微々たる報酬しか得られないことが多かった。例えば、「泳げたいやきくん」の報酬が5万円だった話や、機動戦士ガンダムを制作した富野 由悠季監督の報酬が30万円だった話は有名だ。
しかしエージェント契約が広く普及すれば、芸能事務所とタレントの利益相反がなくなり、契約時からタレントの利益の最大化を目指すことになるだろう。そうなれば、今までの大企業によるカルテル的な利益独占に風穴があくかも知れない。

奨学金(Jr.向けのローン)

レッスンの大半が自己負担となる場合には、ある種の奨学金や学費ローンのようなものが必要になるかもしれない。場合によっては、デビューした際の知的財産を担保にとるスキームも考えられるかもしれない。

労働組合の結成を

ジャニーズ事務所の問題を見守っている芸能関係者に提案したいのが、「労働組合」の結成だ。
おりしもアメリカのハリウッドでは、俳優や脚本家の組合が一か月以上に渡って、報酬の引き上げやAIの規制を求めてストライキを行っている。
今回のジャニーズスキャンダルでは、テレビ局などメディアが隠ぺいに加担したのではないかとの噂も絶えない。
テレビ局などメディアが負い目を抱えている今こそ、労働組合を結成して、芸能人の人権を確保する絶好のチャンスだ。

まとめ

今回のジャニーズ新事務所による「エージェント契約」導入は、芸能界に革命を起こす可能性が高い。旧来の「興行」時代からの悪しき弊害を除去し、IP(知的財産権)に関する混乱を整理し、日本のエンタメ業界をヤクザまがいの業界人が支配する世界から世界標準に切り替える契機になるかもしれない。
その影響は芸能界のみならず、ほかの産業にも波及するだろう。特にAmazonやUberなどで広がる”業務委託”を取り締まるいい機会にもなるだろう。
今回の歴史的な性加害スキャンダルの教訓を将来に生かすためにも、関係者には、旧弊や既得権益に囚われることなく、行動してもらいたい。






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