犬走哲也

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雑記36 コンサートの誕生

 歴史上最も古くから認められた観光都市ヴェネツィア、そこに坐するサン・マルコ聖堂、そこから新しい音楽の在り方が始まった。東ローマ帝国内の自治領であるヴェネツィアは自治領であるがゆえに、カトリック教会から自由な立場を取り続ける事ができた。  ヴェネツィア共和国時代のサン・マルコ聖堂はカトリック教会の司教座聖堂ではなく、ドージェ(共和国総督)の礼拝堂として存在していたが、ここでは神をも恐れぬ派手な音楽が横行していた。元々カトリック教会では持ち込む事が禁止されていた金管楽器を高ら

    • 雑記35 商品としてのオペラの誕生

       大胆、自由にしてどこまでも誠実、モンテヴェルディはまさにそういう作曲家だった。そしてそういう作曲家の出現がオペラという新しい様式を発展させたんだ。多分声高に理念ばかりを掲げる扇動家の連中にまかせていては、新しい音楽はできなかっただろうね。音楽が発展するためには何より、人々を引き付ける魅力がなきゃあならないんだ。  台本に描かれた情景を描写するために大胆な不協和音を用いたり、今では当たり前の技法になっている弦楽器のピチカートやトレモロを使い始めたのもこのモンテヴェルディ大先

      • 雑記34 オペラの誕生

         フランスの貴族が「ルネーッサンス」のなどと叫びながら、ワイングラスをぶつけ合ったのかどうかは知らないが、ルネサンス、ともかくその運動はイタリアより起こった。ちなみにルネサンスという言葉はフランス語だが、それは十九世紀のフランスの歴史家ミシュレが自著の中で正式も用いた事により広まったとされる。ルネサンスは主に文芸復興などと訳されるが、要するに古代ギリシャ、ローマの文化を復興させようという運動さ。ダンテはその代表作「神曲」の中で物語のナビゲーターとして古代ローマの詩人ウェルギリ

        • 雑記33 ○○家の馬鹿娘さえ初見で弾けた

           ルネサンスの三大発明というと羅針盤、火薬、活版印刷だっけ?コロンブスが新大陸を発見し、コペルニクスは地動説を唱え、うん、新時代の到来さ。さあ、こうなると音楽もすっかり新しい時代の波に呑み込まれてゆく。例えば十数年ほど前にいろいろと話題になった絶対音感、この絶対音感という概念だって交通によって生み出されたと言われている。道路が整備され様々な都市同士の交流が盛んになる。そうすると街々によって音の高さが違っているってのは何かと不便だ。よし、ならば統一してしまおうって訳さ。  活

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          雑記32 聴き手の出現

           朝からぼんやりした頭でネットニュースを眺めていた。宝塚歌劇団の練習場では私語も、笑顔も禁止・・・。ん?この文言、どこかで見た事あるな。そうだ、中世後期、十二世紀から十三世紀にかけてのキリスト教会では私語も、それどこらか笑う事すらも禁じられていたんだ。あれも駄目、これも駄目、まさにクレヨンしんちゃんとかいうアニメのエンディングテーマ、ダメダメダメダメ・・・・。でも、何だって禁止してしまうのは怖れがあるからさ。この時期のキリスト教は新時代の到来に怯えていたんだ。だからといって新

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          雑記30 パイの中の二十六人の楽師たち

           1400年代の丁度半ば、ブルゴーニュで歴史に残る大宴会が催される。「雉の誓い」という名で知られるこの大宴会、しかしこの大宴会こそが見事に歴史の転換を教えてくれる。1453年、トルコによってコンスタンチノープルが陥とされる。つまり東ローマ帝国が滅びたんだ。教皇ニコラウス五世は大慌てさ。急いでブルゴーニュ公、フィリップ・ル・ボンに使いを送り、何と時代錯誤な、うん、新十字軍の結成を求めたんだ。よし、ここで一旗揚げようとフィリップ公、集めた諸侯たちと十字軍の結成を、生きた雉に賭けて

          雑記30 パイの中の二十六人の楽師たち

          雑記29 祭りに浮かれる阿保共の一人になりたい

           もう十年以上も前の事だと思う。渋谷のBunkamuraで開催されたブリューゲル展、そこで見た「阿保の祭り」、うん、私はその前から一歩も動く事ができなかった。そこに描かれた阿保共、こいつらは一体何をしているんだ。輪になって踊る者、とんぼ返りを打つ者、奇妙に体をくねらせる者、向かい合って互いの鼻を摘まみ合う者・・・阿保だねえ・・・うん、私はその絵の前で必死に笑いを堪えていた。もちろん大声で笑うなんてもっての外さ。何てったってここは美術館なんだ。阿保面を下げて踊り狂う人々の後方に

          雑記29 祭りに浮かれる阿保共の一人になりたい

          雑記28 森の中の宗教 それはどういうものだったのだろうか

           久々にパンクしてしまった。ちょいと作曲に入れ込み過ぎたんだ。これを書き上げるまでは死ぬ訳にはいかない、うん、そんな新作のプランがこの私の中にもあるんだ。一週間ほど下書きに没頭していると、あれれ、随分と目が翳むじゃないか。おいおい、眩暈も酷いぞ。子供の頃公園にあったでかい地球儀みたいな遊具。ガキ共が中に入って、くるくる回して遊ぶやつ。あの中にでもいるみたいだ。当然吐き気が込み上げてくる。そうして、うん、やはり最後は寝込むのさ。ほら、たちまち布団が沼のようになってしまったぞ。凄

          雑記28 森の中の宗教 それはどういうものだったのだろうか

          雑記27 人の眠りを邪魔するものはやっぱりシンバルだろう

           社会にじわじわと進出し始めた楽師たち。その彼らが主にどんな仕事に就いたかというと、やはり最初に思い浮かぶのは宮廷でのお勤めだろうね。楽師からもう少し範囲を広げるとジョングルールなどと呼ばれる芸人もいて、新しい音楽の出現に大きな役割を果たしていた。ちなみに宮廷が栄えてゆくという事は、教会の力が衰えてゆく事を意味している。つまり神に代わって人間が力を持ち始めたって事さ。  宮廷に属する楽師たちの仕事で思い浮かぶのもというと、やはり食事や舞踏の伴奏などだろうか。一方で屋外の行事

          雑記27 人の眠りを邪魔するものはやっぱりシンバルだろう

          雑記26 そろそろ音楽家たちの活動の予感が

           西暦1000年頃の事だ。農村部が深刻な人口増加に見舞われた。当時の農業は世襲制だ。長男以外は不要って訳さ。このまま農村に留まっていては埒が明かないってんで、次男坊、三男坊・・・は挙って都市部へと流れ込む。都会で一旗揚げようってなもんかね。そんな状態が百年近くも続くが、都市だっていつまでも田舎者を受け入れ続ける訳にはいかない。都市部の人口増加も随分深刻になってきたんだ。  1100年頃になると都市の人口飽和のあおりを受けて市民権を得られない人々、つまり流人という存在が急激に

          雑記26 そろそろ音楽家たちの活動の予感が

          雑記25 偉大なる教皇、鳩に歌を教わる

           西暦800年、カール大帝は教皇レオ三世よりローマ皇帝としての帝冠を受ける。ここからすべては始まった。さあ、初めての宗教国家の誕生だ。といってもカロリング朝はいわば他民族国家、それをどのように統一してゆくのか。そこでカール大帝は聖歌の一本化を目論む。その頃のカロリング朝にはさまざまな民族によるそれぞれの聖歌が存在した。ローマ聖歌、フランク人たちのガリア聖歌、スペインからもたらされたモサラべ聖歌、他にも東方教会聖歌、アビシニア聖歌、ビザンツ聖歌、アルメニア聖歌、打楽器を用いたコ

          雑記25 偉大なる教皇、鳩に歌を教わる

          雑記24 涙を流すほど美しいミサの音楽があったらしい

           キリスト教が中世の音楽に及ぼした影響は限りなく深い。いや、というよりも中世の音楽史を語る事は、ほぼ教会の音楽の歴史を語る事になる。もちろんヨーロッパ全体を大きく見回すと、すべての音楽の中で教会の音楽が占める割合など僅かなものだろう。しかし、いかんせん教会の音楽、それ以外の資料がほとんど存在していないというのが悲しい現実だ。教会の外に数多存在し続けた民衆の音楽、それを教会音楽からの照り返し、後は直接音楽を表すわけではないさまざまな描写から辿っていかなければならない。これが学術

          雑記24 涙を流すほど美しいミサの音楽があったらしい

          雑記23 三つの音楽

           唐突な話をすると、中世の理論家ヨハンネス・ド・グロケオが1300年頃、「これからは耳に聴こえる音楽のみを音楽とする」という、現代の我々からするといささか奇異に思える宣言をする。えっ?てえことは、それまでは耳に聴こえない音楽も存在したって事かい?うん、実はそうなんだ。  ここからちょいと厄介な話になる。古代ギリシャの音楽思想を中世に伝えた哲学者ポエテゥスが、500年頃の書き記し著書「音楽教程」によると、古代ギリシャ人は音楽を三つに分類したとある。一つ目はムシカ・ムンダーナ、

          雑記23 三つの音楽

          雑記22 牛の腸と亀の甲羅より生まれた美しい響き

           ヘルメス、そう、知性を掌る神であるヘルメス。ある時ヘルメスはふと考えた。長さの違う複数の弦を同時に鳴らすと一体どうなるのだろう?思い立ったら吉日とばかりに、彼は親友である亀をばっさりと斬り捨てる。ヘルメスには仲良しの亀がいて、いつも一緒に遊んでいた。いつも亀と一緒に遊ぶなどと書くと、ちょいとおつむの弱い奴かなと思われたりするかもしれないが、もちろんそうではない。なんてったってヘルメスは知性の神なんだ。  それから彼はアポロンの牛を盗み出し、その腹を裂いて腸を取り出し、二本

          雑記22 牛の腸と亀の甲羅より生まれた美しい響き

          雑記21 西洋音楽について語ってみた

           先週の事だ。私が住む某県の高校の音楽先生方にお集まりいただき、その前で講演というか、講義というが、うん、ともかくお話をしたんだ。西洋音楽の歴史ってやつについて。二時間で西洋音楽二千五百年の歴史をお話しようという無謀な試み。ああ、一体どれだけ早口で捲し立てればいいんだよ。舌の数だって一枚じゃ足りないぜ。二枚、三枚・・・ともかくそいつをプロペラのようにフル回転、しどろもどろになりながらもどうにか二時間、話し続けたんだ。  いざ話してみると、自分の記憶が虫食いだらけの古文書のよ

          雑記21 西洋音楽について語ってみた

          雑記20 最後の夏祭り

           吹きこぼれるように朝顔が咲いた。ある朝。ある朝?その朝とは今朝だ。明け方に幾つ夢を数えたのだろう、浅い眠りから醒め、ベランダへ立つとそこには朝顔が一杯で。夢を数えるように、何度繰り返しても咲いた朝顔を数える事ができない。  昨夜の私は酷く酔っ払ってしまった。古い街の古い居酒屋。若い頃には毎日のように通ったその店が、とうとう閉めてしまうというのでお別れにと、年若い友人を誘って飲みにいったのだ。  切りのいいところで店を出て、友人を地下鉄の駅まで見送ると、一人夜の街をさ迷う

          雑記20 最後の夏祭り