雑記40 熟しきった果実の香り
ひとつひとつの心の微かな襞までをもすべて音で表す事が出来ると、多くの作曲家たちがそう考えていたのでないか、ロマン派の作曲家たちの手になる作品を耳にした時の私の率直な感想だ。前時代を象徴する英雄譚はすっかり影をひそめ、細やかな個人の心のドラマがどこまでも深く描かれてゆく。音楽の技法的に言うならば、ひとつの点から次の点に移る過程がより複雑になったという事だ。躊躇いや不安、ささやかな喜びなど、わずかな心の揺れとして克明に写し取られた音の像は、退廃と背中合わせの美しさを湛え続ける。