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高齢男子は化粧をすべきか

♪化粧の後の鏡の前で♪ 高齢男子は化粧をすべきか

鏡で自分の顔をしみじみ見る

うふふふ。
自分の顔を見るのは恥ずかしいものだ。
これが街歩きでショーウインドーに写った自分の顔ならまだしも。
鏡の中の自分は、まさに老人だ。
老人に見えるのではなく、限りなく正真正銘の老人である。
どこにも若さの残滓さえ見ることが出来ない。
当たり前だ、老人なんだから。
鏡に写っている自分の顔は、真実の顔。
笑っても微笑んでも、角度を変えても、帽子を被っても、サングラスをしても、
やっぱり鏡の中の老人が、こちらを見ている。
「まあ、こんなもんか。」
自分の顔に、投げやりな言葉。
ふと、
「化粧の前の鏡の前で・・・」
布施明の歌のメロディが頭を横切る。
「化粧か・・・むふふ。」
口元が歪む。

化粧に、生まれて初めて挑戦

 

普通だったら、化粧と言えば真っ赤なルージュだろうが、
これを男子がやったら吸血鬼で目立ちすぎ。
ハロウィンじゃないんだから。
で、白い眉毛からはじめるか。
ネットで調べたら、鉛筆が良いとか、マジックが良いとかダイソーのマスカラが良いとか色々。
まあ身近にあるものと言えば鉛筆なので、探してみることにする、
するとチタン製の鉛筆が出てきた。6Bくらいの濃さ。
鏡を見ながら、そのチタン製の鉛筆で眉を書いてみる、上書きである。
白い毛の上に恐る恐る書いていくと、眉毛が真っ黒になった。
当たり前である。
でも黒くなりすぎた、不自然だ。
ティシュで拭いて、やり直し。
濃くなりすぎないように、ゆっくりゆっくりと白髪の上をなぞる。
ちょっと首を動かしてみると、まあまあかなと納得させる。
ごま塩頭に比べて違和感がなくなったようだ。
こういうのは、一人でやると、どこまでやって良いのか加減が難しい、
できれば助言が欲しいが、助言をしてくれる相手がいない。
まあ、初めてなんだからと自分に納得させる。

顔色が悪いような気がして

最初は、眉毛だけで終わりにするつもりだった。
でも鏡に映る自画像を見ていたら、顔色が悪いような気がしてきた。
そう言えば、レーガン大統領が、頬紅を塗っていたと思い出した。
アメリカ人は、大統領も普通に化粧をするらしい、トランプもしているようだし、バイデンも多分同じだろう。
それで、迷わず大統領の真似をすることにした。
これは、色鉛筆の赤をそのまま使う。
紐を引っ張ると赤い太い芯の出る赤鉛筆。
ちょっと頬骨の上にグリグリと塗っていく、その後指の腹でその部分をこすり赤を広げる。
これは、意外に効果が出ているのがすぐに分かった。
眉毛より不自然にならないのが良い。
左が終わったら、右の頬も挑戦。
血色の悪さが、少しは加減されたような気がした。
化粧をしたあと、ふと思った。
化粧をするということは、自分のためだけれど、やっぱり化粧をした自分の顔の変化に気づく人がいてほしいと思った。
眉毛ほど緊張しないで、容易に出来た。
今まで、奥様の化粧を見て、一度でもその化粧について何か言ったことがあったか。
いやいや、そんなことを思ったり考えたりしたこともなかった。

妻に告白を試みる

珈琲を飲みながら、さりげなく言ってみる。
「あのさあ、ちょっと化粧してみたんだけど。」
妻の小さな目がパッと見開いて、一瞬わたくしの顔をまじまじと見た。
「良いんじゃないの。」
声が半分笑っている。
「頬を赤鉛筆で塗ったことは黙っていた。
妻の言葉にこんなものかと、ただそれだけ。
「散歩に行ってくる。」
わたくしは、散歩に出る。
自分では化粧をして変わったように思っているが、
誰一人として振り向く人もいない。
マックに入って、珈琲を飲んでも、スーパーへ行っても。
以前、フリーマーケットで、スカートを履いた男性を見た。
衆人の中異彩を放っていた。
化粧をしていることが、周囲の人にすぐ分かるには、
化粧も目立つくらいの、変容が必要なのかもしれない。

化粧には色と匂いが必要なのだった

化粧品のことは分からない、だって買ったことがないから。
ただダイソーでも売ってるし、ちふれと言う安い化粧品もあるらしい。
「分からないのは、分かろうとしないからだ」
そう言ってる人がいるけれど、それはそうだなと納得。
で、せっかく外へ出たので人間を観察する。
じろじろ、変態ではない、観察である。
目で見るだけではなく、五感を使ってみる。
すると、発見だ。
女性から化粧の匂いがするのだった。
濃い匂いを発散している人もいれば、かすかな匂いを漂わせている人もいる。
匂いの濃淡は色々、人それぞれと同じ。
匂いと言えば、ホルモン効果だと言う説がある。
匂いで誘引して獲物を捉えたり、オスを誘惑したりするのである。
ただわたくしには、誘引されるほどの興奮はまったくなかったが。
人によっては、ホルモンの匂いに誘われて、罠に引っかかることがありそうだ。
化粧イコール顔に色を塗る、そう単純に考えていたが、そうじゃなかった。
化粧品にはいい匂い成分が含まれているのだ。
ただの棒と如意棒くらいの違いがありそうだ。
だから、駄目なんだなあと猛省する。
ただ分かったけれど、女性用の化粧品を使うのには抵抗がある。
女性用の化粧品を使って、外出して、もしも男が寄ってきたら!
考えただけで・・・。
まあ、そんなことを考えるほうが変なのだが。
化粧品て、奥が深い。
ハマったら大変だ。

化粧をするのは根気がいる

わたくしは、毎日ひげを剃る。
習慣である。
化粧はしないけれど、ひげを剃るのは今も毎日忘れない。
勤めていないけれど、外出をしないけれど、ひげを剃る。
化粧は難しいけれど、ひげを剃るのは簡単だ。
ひげをただ剃るだけでいいのだから。
でも、化粧は難しい、加減がある、絵画のように繊細だ。
それに時間がかかる。
最初の化粧で感じたのは、化粧をしても、心理的に変化がなかったことだ。
やっぱり、化粧は他人を意識しないでは成り立たない行為だ。
一応、洗面台の歯ブラシの横には、チタンの鉛筆と赤鉛筆は置いたまま。
化粧もあれっきりで、進歩がない。
妻は関心がないのか、わたくしの化粧のことには触れたことがない。
化粧もいいけれど、なんだかちょっと違うなと思う。
「お父さんの匂いは、石鹸の匂い」
そんな言葉がふと思い出される。
テレビの見過ぎで、コマーシャルにあったのかもしれない。
お父さんと言っても、若いお父さんである。
「おじいちゃんの匂いは、石鹸の匂い」とは言わない。
じゃあ、高齢男性から、中年のお父さんになれば良いのか。
石鹸の匂い・・・。
もしかして、これって身だしなみのことか。
身だしなみを整えることが、男子の本懐とかなんとか。
化粧をすれば若くなるんじゃなくて、化粧も身だしなみを整えているんだ。
で、化粧は女性のたしなみなら、男子は?

高齢男子の身だしなみに必要なことは

街を歩いていると、破れたジーンズを履いた若者が胸を張って歩いているのを見ることがある。
わざと破ったビンテージのジーンズだ。
あれは若者の特権で、老人が真似をしたら滑稽極まりない。

フォーマルに近い、普通に見える、嫌味のない、透明人間になれば良い、
嫌悪感を感じさせない、ただの人、これが大切なんだろう。
満員で車で側に立っていても、逃げたくなるような衝撃を受けない、違和感のない存在になれば良いのだ。
清潔感!
これだな。
シンプルで清潔、これだよ。
高齢男子よ、シンプルで清潔、これだね。

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