初の鹿児島!駆け抜けろ九州道【鹿児島編③】
日本軍が運用した航空機は数多くあるが、その中でも傑作と謳われる飛行艇が二式飛行艇、通称二式大艇だ。
そんな二式大艇の実機が現存するのは世界広しといえども鹿児島県鹿屋市だけである。
むしろ、これを見るために鹿児島県へ来たといっても過言ではない。
前置きが長くなったが、鹿児島編③の幕開けといこう。
7月16日(3日目)
この日宿泊していたドーミーイン鹿児島は大通りに面しており、朝食会場からは市電が走っているのを見る事ができる。
そのため、市中を走る路面電車を眺めながら食事をするという優雅なブレックファストから始まった。
ドーミーインの朝食はバイキング形式で、ご当地グルメなども多く提供される。
色々な種類のものを食べようとして、欲張った結果がこれだ。
当然食べ過ぎて苦しい思いをしたのだが、これが後になって功を奏する事になる。
もっとも、朝から食べ過ぎた事による結果論と言うべきかもしれないが。
鴨池・垂水フェリー
鹿屋市は鹿児島県でも大隅半島にあり、県都である鹿児島市の中心部とは錦江湾を挟んで対岸に位置している。
あえて中心部と書いた理由は、桜島も鹿児島市の市域に属するためだ。
桜島は大隅半島にある垂水市と陸続きとなっており、事実上の飛び地に近い。
そんな鹿屋市へ行くために、今回もカーフェリーを利用した。
鹿児島市には複数のフェリーターミナルがあるのだが、その中でも鴨池港フェリーターミナルから就航しているのが鴨池・垂水フェリーだ。
所要時間はおよそ45分と桜島フェリーの3倍程で、ちょうどいいくらいの船旅が楽しめる。
錦江湾から眺める桜島は絶景だ。
やはり旅先でのカーフェリーというのは単なる交通手段以上の感動を与えてくれるものなので、カーフェリーの利用そのものを観光目的として訪れるのもありだろう。
船舶に乗船する際は、カーフェリーか遊覧船の別を問わずデッキへ出るようにしている。
客室内からの眺めもいいかもしれないが、やはりデッキからの景色が勝るのだ。
様々な方向を自由に眺めることが出来る利点は大きいし、意外と客室のガラス窓というのは綺麗ではないという理由もある。
誤解を招くといけないので補足しておくが、これは掃除が行き届いていないとかいう意味ではない。
船舶のガラス窓は常に大量の水しぶきが飛んでくるため、塩分や水垢などがこびりついて表面の視界が悪くなってしまうものなのだ。
これは自動車のフロントガラスなども同様で、水垢などが付着するとなかなか取れず視界不良の原因となってしまう。
そのため自動車だと水垢なども含めて油膜取りなどをするのだが、これが非常に面倒くさい作業なのだ。
おそらく船舶でも水垢等を除去するための方法があるのだろうが、自動車と異なり雨天以外でも日常的に水しぶきに晒される船舶において、常に客室のガラス窓まで綺麗にしておくのは困難なのだろう。
垂水港
さて、45分の船旅も終了だ。
フェリーの料金は降りる際に支払うことになっており、料金そのものは人数と車両のサイズごとに決められている。
料金収受は料金所で行なっているが、係員が徴収業務をしているため時間がかかり、スムーズとは言い難い状況だった。
そこで思い出したのがETCXだ。
ETCXとはETCを活用した新しい決済手段で、簡単に言えばETCを利用して高速道路料金以外の支払いを出来るようにしたサービスのことを指す。
導入コストも高くはないため有用なのだが、現状ではETCXそのものの知名度が低すぎることから、思うような効果は直ちに得られないかもしれない。
そもそも事前に会員登録を済ませていないと利用できず、認知度が低いために登録もあまり進んでいないと思われる。
もちろん、私は会員登録済みだが。
そんなフェリーの料金所がこれだ。
通行料金の表示を見ようかと思っていたが、ふと視界に入った「あいがとさげもした」という言葉の方が気になって仕方がなかった。
何となく見当はついていたが、これは鹿児島弁で「ありがとうございました」という意味なのだそう。
道の駅たるみずはまびら
垂水港でフェリーを降りて国道220号を鹿屋市方面へ走行しているとすぐに見えてくるのが、この道の駅たるみずはまびらだ。
道の駅としては規模が大きく、駐車場もかなり広い。
奥に見える建物はフェアフィールドバイマリオットというホテルで、道の駅に隣接している。
これは偶然ではなく意図的に道の駅と隣接して建設されており、全国各地の道の駅に続々とオープンしているのだ。
プランは基本的に素泊まりだが、これは道の駅をはじめとして近隣の飲食店や商店、温泉などを利用することを前提としているためである。
(ただし、朝食弁当が付くプランはあるようだ)
調べたところ一泊あたり12000円以上はする等、素泊まりでこの価格は決して安くはない。
しかし、マリオットというだけあって非常に快適なホテルのようであり、ネットの評価でもかなり高い点数が付いている。
一度行ってみたいが、最低でもシングルツインかダブルベッドといったように二人以上の利用を前提としており、お一人様はお呼びではないようだ。
ちんこ団子
タイトルだけを見て、いきなりレベルの低い下ネタに走ったなどとは思わないで欲しい。
これは道の駅に置かれていたご当地のお土産で、薩摩川内名物の名称なのだ。
由来は画像にあるとおりで、決してシモの意味ではない。
諸説あるようだが、方言や訛りなどで変化して現在の名前になったようである。
愛知県でも尾張弁で熱いことを「ちんちん」あるいは「ちんちこちん」などと言う。
よそ者から見ると奇異な名前や言い回しというのは、どこにでもあるものだね。
鹿屋航空基地史料館
鹿屋基地は海上自衛隊の航空基地であり、戦前から一貫して海軍が使用してきた場所だ。
大東亜戦争末期には錦江湾を挟んだ対岸の薩摩半島にある陸軍の知覧飛行場と共に特攻隊の基地として使用され、数多くの特攻機が飛び立っていった前線基地だった。
戦後に破壊された知覧飛行場とは異なり、今に至るまで現役の軍用飛行場として我が国の国防の最前線にあり続けている。
知覧にも知覧特攻平和会館があったように、ここ鹿屋にも航空機を始めとした兵器を展示している軍事博物館がある。
それこそが、この鹿屋航空基地史料館なのだ。
こちらは現役の軍用施設であり、また海上自衛隊が管理運営する広報施設でもあるため、入館料は一切かからない。
ここには多数の用途廃止となった海上自衛隊の航空機が展示されているので、写真点数を可能な限り絞ってあげておこう。
練習機
練習機とは、航空機の操縦訓練に用いられる機体のことを指す。
掃海ヘリコプター
掃海というのは、海上に敷設された機雷とよばれる爆弾を排除する作業の事を言う。
海の爆弾処理班とでも言えば分かりやすいだろうか。
対潜哨戒機
対潜哨戒機とは、その名の通り主に対潜水艦戦闘を担う航空機だ。
潜水艦を探知するためのソナーや、潜水艦を攻撃するための対潜魚雷などを装備している。
連絡機
連絡機とは、基地間での要員もしくは少量の物資運搬に用いられる小型の航空機の事をいう。
US-1A救難飛行艇
さあ、屋外展示のメインディッシュの一つといよいよご対面だ。
これは全機退役した救難飛行艇US−1Aで、荒波とされる波高3メートルの海面への着水も可能という諸外国の機種と比べても高い性能を有している。
実はと言うと、私は飛行艇が好きだ。
写真を見ても分かりにくいかもしれないが、飛行艇というのは他の軍用機と比べてもかなり大きいので迫力がある。
戦闘機などのいわゆる花形の航空機ではないのだが、大きくてゴツい機体にカッコ良さを感じるのだと思う。
似たような理由で輸送機も好きなのだ。
エンジンとプロペラと魚雷
海軍の局地戦闘機紫電改のエンジンをはじめ、各種航空機のプロペラや魚雷なども野外展示されている。
しかし、残念ながらエンジンやプロペラなどには微塵の興味もない私にとっては、何の感動も覚えられなかったと言うのが率直な感想だ。
魚雷はなかなか見ることが出来ないので、こちらは意外と興味が湧いた。
一応この辺りで書いておくと、私はミリオタではない。
ミリオタのような印象を受けるかもしれないが、実は単なるにわかのミリオタなので中途半端な知識しか持ち合わせていないのだ。
そう言うわけでエンジンの凄さとか特性だとかに関するウンチクは一切語れないので、興味を持った人はセルフサービスで調べてほしい。
局地戦闘機というのは、飛行場から出撃して敵機の迎撃任務にあたる戦闘機のことをいう。
対して日本軍機で最も有名は零戦は艦上戦闘機であり、飛行場ではなく航空母艦から出撃することを前提とした戦闘機だ。
艦上攻撃機とは、航空母艦から発艦して敵の艦艇に対し魚雷攻撃を敢行する航空機のことを言う。
この魚雷は九三式魚雷といい、いわゆる酸素魚雷と呼ばれるものだ。
ブラウザゲーム「艦これ」をプレイしていた提督なら、ゲーム中のセリフでよく耳にしただろう。
実は私も元提督なので、酸素魚雷と言うと艦これしか思い出せない。
なお、私は既に予備役入りしている。
(要するに、実質的にゲームは引退したという意味だ)
海軍第254飛行隊の慰霊碑だそうだが、これは恐らく第254航空隊の誤りではないか。
日本軍では陸軍と海軍で航空部隊の名称が異なり、陸軍は飛行隊と呼び海軍は航空隊と呼んでいた。
現在においてもこれは変わらず、航空部隊の事を陸上自衛隊では飛行隊と呼び、海上自衛隊では航空隊と呼んでいる。
なお、実質的に両軍の航空部隊を統合した航空自衛隊では、陸軍式に飛行隊と呼んでいる。
史料館館内
銃火器類
飛行機を見に来た資料館で、まさか日本軍の小銃を目にするとは思わなかった。
これは九九式短小銃といい、三八式歩兵銃と並び日本軍の主力小銃として活躍した歩兵用の小銃だ。
P-2Jコクピット
史料館内では、航空機のコクピットや内部を観ることが出来る場所もある。
これは対潜哨戒機P-2Jのコクピットだが、いざ座ってみるとかなり狭いことが分かる。
尋常ではない数の計器類があり、相応の訓練を積んでいないとまともに飛ばせないのだということがよく分かる。
そして、狭い上にスイッチなどの出っ張っているものが多いことから、擦って怪我をしないように注意が必要だ。
また、これは注意書きも添えられていることだが、細かい隙間が多いので物を落とさないように注意する必要もある。
S-61A救難機内部
救難機ということで傷病者を輸送するという観点から、機内はかなり広々としている印象を受けた。
零式艦上戦闘機52甲型
鹿屋航空基地史料館でのメインの一つが、この零式艦上戦闘機52甲型だ。
2つの機体を合わせて1つの機体としており、非常に美しい状態で復元されている。
いわゆるニコイチというものだろう。
二式大艇(二式大型飛行艇)
二式大艇とは日本海軍が運用した傑作飛行艇であり、現存する機体は世界でも鹿屋にしか存在しない貴重なものだ。
そんな二式大艇が展示されているのは野外なのだが、他の野外展示機や本館とは道路を挟んで反対側に単独で展示されている。
ちょうど本館からは正面に見えるように配置されているようで、一階及び二階のいずれからでも見ることが出来た。
本館を出て二式大艇へと向かう。
横断歩道を渡った先に入口があり、まさに二式大艇のためだけに設られたことを窺わせるような展示場所となっていた。
さあ、いよいよご対面だ…
機首の下から見ると、その大きさと迫力に圧倒される。
飛行艇というのは水上に浮く必要があるため、機体は船のような形状をしているのだ。
尾部銃座
先述の通り私は単なるにわかのミリオタなので、知らないことも多い。
そのため、二式大艇に大量の銃座や機関砲が搭載されていた事も知らなかったので、現地で二式大艇に銃座があるのを見て驚いたのだ。
銃座があるという事前知識こそなかったが、このようなガラス張りの半球形状の座席など銃座以外には考えられないので、銃座を見ただけで興奮してしまった。
上部の回転銃座もそうだが、航空機のあらゆる方向に向けてハリネズミのごとく半球の銃座がついている仕様が、いかにも大戦中の航空機といった感じで好きなのだ。
言うまでもなく二式大艇をモチーフにしたキャラクターで、くじらをも模している。
フロートがコバンザメのようでかわいい。
紫電改のマキ
紫電改のマキとは野上武志先生による漫画で、その名の通り紫電改に乗る少女を描いているらしい。
こんな誰にでもわかりそうな雑な一文を書いたのは、言うまでもなく私もこの漫画を読んだことがないからだ。
ただし野上武志先生については、私が好きだったミリタリーアニメである戦翼のシグルドリーヴァのスピンオフ漫画を描いていたため知っていた。
鹿屋航空基地史料館の敷地内には売店とレストランがあり、この先生のサインが入れられた服はそこに置かれていたものだ。
さて、鹿児島遠征における一番の目的だった鹿屋航空基地史料館について、ようやく書き終えることが出来た。
尋常じゃない枚数の写真点数だが、これでもそれなりに削っている。
怒涛の3日目が終了かと思いきや、まだ3日目の半分が終了したに過ぎないのだ。
次回の記事は、この日の残り半分で霧島神宮へ向かったところから書き出していこうと思う。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?