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ちょっと聞かせてください…!あなたがその指で「攻撃」に加わった理由

ネットにはときどき極端な意見の人と、それに追随する人たちがいます。私はこれまで「排外主義的な言論」を主張したり、時には行動で訴えたりする人たちについての取材を多く手がけてきました。

例えば4年前、弁護士に全国から13万件もの懲戒請求が送られた問題です。
2018年10月に「クローズアップ現代+」で放送しました。

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そしてあいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」の内容を巡って大量の苦情や問い合わせなどの電話、いわゆる“電凸”が寄せられ、展示が一時中止に追い込まれた問題や、慰安婦問題を扱った映画「主戦場」の上映について映画祭がこちらも“電凸”を懸念して一時中止にした問題。

去年はテレビ朝日の情報番組「羽鳥慎一 モーニングショー」のコメンテーターの大谷医師が、PCR検査を巡る発言で炎上して一時出演できなくなった問題も取材し、7月に朝の ニュース番組で放送しました。

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どれもこれも、いわゆる「ネット炎上」が絡んだテーマです。そればかり取材しているつもりはないのに、担当デスクから「ほかにやること(テーマ)あるんじゃないの?」と言われたり、後輩からは「相変わらずよくやりますね」と炎上専門記者のように言われたりしたことも。

そもそもNHK自体がメディア批判の対象になることもあるので、上記のような「ネット炎上」の現場を取材するのは一定のリスクもあります。

なのに続ける私自身の取材の動機は、右や左など特定の主義や主張からではなく、シンプルです。
「なぜその話を信じてしまうのか」「なぜそうした行動をとってしまうのか」という疑問です
それは最初に取り組んだ「弁護士懲戒請求問題」のときからそうでした。

「弁護士懲戒請求問題」とは?

その問題は、「朝鮮学校に適切な補助金が交付されるべきだ」と弁護士会が出した声明に、あるブログが激しく反応したことから始まりました。

その「余命3年時事日記」というブログでは、弁護士たちの資格をはく奪させるために懲戒請求を行おう、という呼びかけが行われたのです。

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(ブログの画面です)

このブログでは弁護士たちのことを「外国の勢力と通じて武力を行使させる『外患誘致罪』にあたり、死刑に相当する」とまで糾弾していました。
「外患誘致罪」とはスパイやテロ行為に適用されるものですが、弁護士たちの行為のどこがその罪にあたるかは明示されず、読者を惑わす内容でした。

ブログが呼びかけたこの「運動」では、200人以上の弁護士に対する懲戒請求書のひな型が作られ、呼びかけに賛同した約1000人の「読者」に届けられました。
そして、、2017年に出された懲戒請求の件数は例年の約40倍、13万件という異常な数に上ったのです。

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異例の裁判で結成された取材班

「ネトウヨ」といっても明確な定義があるわけではありませんが、以前からこのブログでは在日外国人の排斥などを目的に、さまざまな「ネトウヨ的な運動」が行われていました。

例えば総理大臣官邸へ大量にメールを送りつけたり、不法滞在しているとみられる人物の情報を入国管理局に大量に通報したり。

このブログがその影響力を見せつけた”事件”が6年前にありました。
当時の制度改正によって、在留する外国人は新たな証明書への切り替えが必要になりました。その切り替え期限の2015年7月9日を前に、「不法滞在の外国人を通報しよう」という呼びかけがこのブログで行われ、期限の当日に大量の通報が入国管理局に集中してサーバーがダウンする事態になりました。
俗に「ウヨマゲドン」などと呼ばれましたが、それほどの力を持つブログだったのです。

冒頭の「弁護士懲戒請求問題」ですが、懲戒請求された弁護士の一部が、損害を被ったとして懲戒請求した市民の側を訴えました。こうした異例の裁判が各地で起きたことで、以前から問題意識を持っていた記者やカメラマン、ディレクターが集まって取材班を結成し、動き出しました。

ネットの取材だけど手法はアナログで


この問題では「朝鮮学校への補助金の交付を巡る是非」も議論になっていましたが、私たちの疑問は「なぜブログの読者たちは、根拠の定かでない情報を信じて大量の懲戒請求を行ったのか」ということでした。

それには1人ずつ詳しく話を聞く必要があります。でもブログの読者がどこの誰なのか、まるでわかりません。
ネットの話だけにデジタルの手法を駆使したいところですが、わたしたちがとった手法はアナログでした。

探す手がかりは2つあって、1つはこのブログが寄付を呼びかけていて、その受け入れ先の団体を登記していたことです。登記簿を調べれば代表者らの名前や住所が分かります。まずはここで明らかになった数人への取材から始めました。

もうひとつは、「取材協力者」づくりです。
ブログの関係者の中にもさまざまな意見があることが分かり、取材を申し込んで、私たちの意図を丁寧に説明することを続けました。
そうして関係者から得た情報を、ネットの電話帳や登記簿の情報、経営者情報などのデータベースと照らし合わせた結果、懲戒請求を行った1000人のうち470人まで特定できました。

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特定した情報によると「読者」の平均年齢は55歳で、居住地は全国に広がっており、約6割が男性。職業は公務員や医師、会社経営などさまざまで、主婦もいました。

NHKの訪問取材に「対応マニュアル」が

続いては対象者に実際に会ったり電話をしたりする、いわゆる「直当たり」取材です。取材拒否されることは想定していたものの、予想のはるか上の事態が相次ぎました。

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取材を受けた人たちがブログに「脅迫された」などと書き込み、取材への対抗策を紹介したり、NHKへの攻撃を呼びかけたりしたのです。

ある「読者」が作った「取材対応マニュアル」の内容です。
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▽手元に「ボイスレコーダー」や電話の録音機能、録音機能が無い場合はボイスレコーダーを受話器のスピーカーに押し当てる。

▽NHKの取材班(電話)が来たら、深呼吸して心を落ち着かせ、まず、ボイスレコーダーを準備して、録音スイッチをONにしながら玄関(電話)に向かう。訪問の場合、ドアを開けて顔を出さず、ドア越し・インターホン越しで録音する。

▽全て録音し、録音記録は然るべき諸機関に提出することがあると断りを入れる。同意しない場合は、すぐに警察に連絡する。

▽質問はさせない。相手の「誘導的質問」に乗らないようにする。

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マニュアルには、「質問は受けない代わりにこちらの意見は述べるべきだ」として11項目にわたる「主張項目」も書かれていて、実際に多くの人がこのマニュアルどおりの対応をするようになりました。

取材の目的は「批判」や「糾弾」することじゃない

訪問取材の際はマナーとして名刺をお渡ししますが、そこに書かれた私の名前や携帯番号がすぐにネットにさらされ、休日には非通知の無言電話が相次ぐようになりました。

またネットに残っていた過去の記事から私の顔写真も調べられ、「違法取材をしている犬HK記者」などとブログやツイッターでさらされました。

さらに勘違いで関係無いところに攻撃が向かったケースもありました。ある読者がブログなどにあげた電話番号から、なぜか文京区のマンションが「NHKのアジトの1つ」とされ、無関係な住所がネットにさらされてしまったのです。

特に悩ましかったのは、訪問した際に取材に応じるふりをして110番通報をする対応です。こちらもなんとかコミュニケーションを図ろうと相手に取材意図を説明するのですが、そうしているうちに警察官がやってきて、職務質問されてしまいます。
もちろん通常の取材だと説明しますが、取材で110番通報をされることなどそうそうありません。デスクも心配しましたが、こうしたトラブルは取材班のスタンスを改めて確認する機会になりました。

それは今回の取材は、個人の思想や信条を批判したり攻撃したりするのが目的ではないということ。

「なぜ」必ずしも事実を伝えていないブログに影響されてこれほど多くの人が動いたのか、その背景を探るのが目的だということです。

この姿勢に対しては別の批判も受けたのですが、ともかく「なぜだろう」「教えてください」という姿勢で全国に足を運び、対話を求めていった私たちの努力は、しだいに実を結んでいきました。

一方で取材班の中には「どんな形であれ、懲戒請求すること自体に問題無いのでは」という慎重な意見もありました。

それについては「理由がないと知りつつ懲戒請求を大量に行った場合は違法」とする最高裁の判例があります。そして懲戒請求された弁護士が起こした裁判の最初の判決でも、今回の懲戒請求について「事実上及び法律上の根拠を欠く」などと指摘し、被告の読者側に33万円の損害賠償を命じていました。

ある男性の理由=「理不尽だという怒り」

今回の取材で私たちは220人に取材を試み、首都圏から愛知、大阪、北海道、中国地方、九州地方まで訪れて28人から実際に話を聞きました。

テレビカメラによるインタビューはやはりハードルが高くほとんどの人に断られましたが、根気よく申し込んだ結果、3人にインタビューに応じてもらえました。

その1人は、関東地方に暮らす50代のタクシードライバーでした。

訪れた取材班に「ほかの誰も話をしてくれないようだったら、インタビューに答えてあげる」と話す、面倒見の良さそうな人でした。実際、そのとき誰にも応じてもらえなかったので再度申し込んだところ、すんなりインタビューに応じてもらえました。

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男性は私たちに、「懲戒請求の制度をよく理解せず、軽い気持ちで行ってしまった」と話しました。もともと朝鮮学校への補助金などに関心はなく、在日コリアンの友人や同僚もいて、親しくつきあってきたとのことでした。

転機になったのは2013年ごろ。男性は勤めていた会社を退職し、ギャンブルでも負けが込んで多額の借金を抱えていました。

自分が経済的に苦しいなかで在日コリアンなどが優遇されていると主張するブログを見て、「理不尽だ」という怒りが沸いたといいます。関連した内容をほかのサイトでも見るうちに、同じような情報にばかり接するようになっていきました。

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(懲戒請求したタクシードライバー)
「別に『嫌韓』や『嫌中』を目指して検索しているわけではないけど、関連した動画って必ず出てくる。面白ければチャンネル登録するし。おすすめされている物をひまにまかせてクリックして見ていました」

問題のブログにものめり込み、「世の中がよくなれば」という思いで170件もの懲戒請求に署名となつ印をしていました。

「印鑑をぺったんぺったん、て。やっていることの重大さとは別で、楽しいんだよね。決して自分が悪いことをしている意識はない。俺、いいことやっているんだと、ある種の高揚感みたいなものも当然あったし」

男性の話からは、懲戒請求すること自体が目的になっていった様子がうかがえました。

ある女性の理由=「匿名性と安心感」

もう1人の50代の主婦は、ネットの「匿名性」と、同じ考えの人がたくさんいるという安心感から懲戒請求をしてしまったと話しました。

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サラリーマンの夫と子どもの3人で暮らす女性は、いつも笑顔を絶やさず、ささいな悪口でさえ言ったことがないのではと、私たちに感じさせる人でした。

女性は「日本人を礼賛し誇りを取り戻すべきだ」というブログの主張に強く共感しました。ブログに書かれた内容は既存のメディアが伝えない真実だと感じ、信頼する気持ちが日に日に高まっていったといいます。

(懲戒請求した主婦)
「自分が知りたい情報だったと思う。そういうことを知ると他がおろそかになるっていうか。嘘もあるんですけど全て信じてしまう。それが間違っていたか合っていたか、関係ないと思ってしまう」

懲戒請求する決め手となったのは、「署名やなつ印をしても、相手の弁護士には名前が伏せられる」とブログに記されていたことでした。

「自分の頭で考えて、思いとどまることができなかったかなって。ちょっと過激さが加わってしまった。偏りすぎちゃって、”戦闘モード”に入って、こういうところ(懲戒請求)までいったので。その世界に入っていくと慣れてしまって、自分の中の過激さもそこに同調していると思う」

女性が話した「戦闘モード」ということばは、ブログの読者の心理状態を的確に言い表したように感じました。

常に「敵」を必要とする心理

一連の取材でわたしたちは、問題のブログのような言説に影響される人たちは、常に「敵」を求めているのではないかと感じていました。いったん敵を見つけると、集団で「戦闘モード」に入っていくのではないか。

ある日インタビューに応じる予定だった人が現れないので私が焦りを感じていたときのこと。取材班のディレクターが冷静につぶやきました。

「そもそも相手との会話が成り立っていない。『余命3年時事日記』で読んだことしか信じられない心理状態になっているんじゃないか」

ふだんは面倒見のいい人やにこやかな人が、なぜ相手の話を聞けない心理状態になってしまうんだろう?

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お話を伺ったのは、ネット上の排外主義的な言論について研究を続けている大阪大学の辻大介准教授です。

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辻准教授は過去に行ったアンケート調査から、「排外主義的な傾向を持つ人は、ネットの情報に触れることでさらにその傾向を強める」ということを明らかにしてきました。

辻准教授が取材班に説明した「フィルターバブル」と「エコーチェンバー」という現象は、当時の私たちには耳慣れないものでした。

「フィルターバブル」とは、インターネットで自分の好みの情報だけが表示されるようになることで、自分で情報を取捨選択していると思っていても、実際には特定のフィルターを通した情報にばかり触れているという状態です。

そうした状態が続くと同じ意見の情報ばかり飛び交う閉鎖的な空間、「エコーチェンバー(共鳴室)」ができあがり、この中の情報だけが真実だと錯覚するようになってしまうのです。

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取材したある女性は、70代の父親が韓国や在日コリアンを攻撃する動画ばかり見ているうちにすっかり人柄が変わってしまい、女性がたしなめると「お前も在日か!」などと怒鳴りつけられた、と話しました。

「差別に向き合っていない」という指摘も

長期間の取材と議論を経て、私がいわゆる「ネトウヨ的な運動」と初めて本格的に向き合った番組、「クローズアップ現代+」は放送されました。
当のブログはこの番組について「偏向しているに違いない」などと放送前に書いていましたが、意外にも放送後は激しいクレームはなく、反応もほとんど書かれていませんでした。

一方で番組に寄せられた意見の中で、「差別の問題に向き合っていない」という指摘には考えさせられました。

当のブログには在日コリアンや少数者への差別的な記述が多くあり、読者らが懲戒請求を行った背景に差別的な考えがあることはうかがえました。

私たち取材班はそうした差別意識など個人の思想を批判するのではなく、ブログの誤った情報で多くの人が動かされるシステムの危うさを伝えることに主眼を置いていました。

そのことについて「ネットの問題として理解しようという思い込みがあるのではないか」という指摘でした。

「25分間では時間が足りない」「続編を期待する」という意見もいただき、次の取材を考えていたところで「第2ラウンド」が始まりました。
次回に続きます。みなさんのご意見をお待ちしています。

中村雄一郎 鹿児島放送局ニュースデスク

2003年入局。記者として大阪、沖縄、東京で勤務し、現在は鹿児島局ニュースデスク。専門は沖縄戦や基地問題、憲法、災害、そしてネット世論。沖縄局時代には、遺骨収集ボランティアの人たちと一緒に洞窟(ガマ)へもぐり遺骨を探し歩いた。山梨県の蔵にこもって憲法改正をめぐる重要な資料を見つけたことも。趣味はマラソンと野球、でも育児が最優先です。

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