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アナウンサーの私が場づくりを始めた理由

突然ですがあなたの人生を変えた「きっかけ」は何ですか?
ある人との出会い、本との出会い、旅行である場所に訪れたなど…
人それぞれたくさんの「きっかけ」があると思います。

若い世代の「きっかけ」づくりの手伝いになればと「わけもんラボ」という企画を立ち上げました。そのきっかけは、「客観的な立場のNHKにも、もっとできることはないのか」というずっと抱えていたモヤモヤでした。

自分の技術で直接人を救っている姿が、私にはとてもまぶしく映った

こんにちは。
アナウンサーの齋藤さいとう湧希はやきと申します。
ふだんは鹿児島局の報道番組「情報WAVEかごしま」のキャスターを担当しています。

報道番組のキャスターなんてすごく堅そうな肩書かもしれませんが、K-POPとラーメンが大好きな28歳です。高校卒業まではずっと野球一筋の野球小僧。大学時代はいろいろな仕事現場を見てみたくて、建築現場やキャベツ農家、バー、ホテル、自動販売機の補充などあらゆるアルバイトをしてきました。そこで出会った一人一人が自分とは全く違うバックグラウンドを持っていて、そうした人たちにひかれていきました。もっと多くの人を知って、自分がひかれた人を多くの人に伝えるドキュメンタリーが作りたいと思ってNHKをディレクターで受けたんですが、いろいろあって結局最後はアナウンサーとして入りました。

初任地は富山県。富山にいたおよそ3年間は、現代社会であらゆる「生きづらさ」を感じる人たちを主に取材しました。統合失調症、乳がんで乳房を切除した人、APD=聴覚情報処理障害(聴覚障害ではないのに聞こえづらさを感じる障害)の人など。番組をきっかけに同じつらさを感じている当事者同士やその人たちを支援する人がつながることもあり、放送を通じて社会に貢献するやりがいを感じていました。

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記録的大雪の日 

一方でモヤモヤしていた思いも抱えていました。それは、「もっと直接、取材相手の力になれることはないのか」ということです。

乳がんで乳房を切除した女性の乳房再建を行う形成外科医を取材したときです。乳がんの治療では手術で乳房を切除することで喪失感を感じ、精神的ダメージを負う人が少なくありません。しかし、がんが発覚した後はとにかくがんを取り除くことが一番で、その後の人生や生活を考えて再建という選択肢を持つ人は少なく、切除した後にやっぱり取り戻したいと言って再建する人や、再建したいけどもう一度手術することをためらってできない人も多いそうです。そのときに取材した医師は、毎日目の前の患者と丁寧に会話して一人一人に向き合い、患者の術後の生活や人生を考えて再建方法を練っていました。手術後の患者さんたちにも取材をしましたが、「ようやく元の私の体が戻ってきたように感じる」と涙を流しながら話す人もいました。患者の人生に責任を持って、自分の技術で直接人を救っている姿が、私にはとてもまぶしく映りました。それと同時に、自分はその一端を取材して間接的に伝えるだけでいいのだろうかと感じました。

もちろん、放送には放送にしかできないことや価値がありますし、そのために取材相手と一定の距離を保つことは必要です。ですが、それだけではなく、一緒に手や足を動かして、同じ目線で課題を解決するようなことができないか。そのためにNHKだからこそできることがあるのではないかと思うようになったのです。

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全国放送で乳房再建についてプレゼンした際

コロナ禍、それぞれの孤独

ご存じの方もいるかもしれませんが、NHKの多くのアナウンサーは全国転勤です。自分の全くゆかりのない地域にも配属されます。私は宮城県出身で、大学は東京で、初任地は富山。
そんな東日本ばかりで暮らしてきた私は、新型コロナ禍の2021年の3月に縁もゆかりもない鹿児島に転勤してきました。

自分の知らない新たな地域に行くのはすごくワクワクしますし楽しいんですよ?
でも、新型コロナの中での転勤は正直すごく寂しさを感じました。

私が鹿児島に来たのは、2021年の4月から新たに番組のキャスターを担当するためでした。なのでそのときの転勤者は私1人だけ。もちろん歓迎会もありません。知らない土地で知らない人たちに囲まれて、急にメイン番組のキャスターをやるってけっこうなプレッシャー…というか、とにかく気まずい!地域のことも周囲の人のことも1つずつ勉強しながら知りながら、同僚はもちろん視聴者の皆さんからも常に「品定め」されているような感覚でいたので、気を遣いながら毎日必死に過ごしていました。

しかも番組のキャスターって、基本的に誰も自分と同じ立場の人がいないし、代わりがいないんですよ。そのときの苦しさや感覚を誰とも共有できない。でも弱い部分を見せられない。仕事と関係ない外の人たちに話したくても、鹿児島には一切知り合いがいないし、コロナでなかなか人とも知り合えない。新型コロナの状況もあり、常に周りに気を張って、孤独を深めていきました。

そんなとき、取材したのがコロナ禍で学生生活を送っている大学生たちです。大学の授業はほとんどオンラインで、サークル活動も十分にできていないような時期でした。コロナ禍で入学してそのまま過ごしている大学1年生に取材したときには、「もう慣れた」「最初からこの状態だし特に何も感じていない」といった声もありましたが、2年生や3年生からは「留学に行けない」「サークル活動ができない」「バイト先以外の付き合いがない」といった声もたくさん聞きました。まるで鹿児島に来たばかりの自分のように、孤独を感じているように思いましたし、人とのつながりや、ため込んだエネルギーを発散できる「きっかけ」を探しているんじゃないかと感じました。この取材が、私の心の中にずっとひっかかっていました。

孤独の中でイベントに救われ、見つけた目標

私に孤独を脱するきっかけをくれたのは1つのオンラインイベントでした。
鹿児島に来て数か月ほどたったときにふとSNSで「鹿児島100人カイギ」というオンラインイベントの告知を見かけました。毎月ゲストが5人ずつオンラインで自分の活動や思いなどを話し、ゲストスピーカーが合計100人になったら終わるというイベントでした。(今は100人達成して終了しています)。取材で鹿児島の人と話す機会は少しありましたが、とにかく仕事と関係ないところで「誰かとつながりたい」という思いでいっぱいだった私は、すぐに応募して参加しました。

鹿児島100人カイギのゲストは企業の社長もいれば、とにかくサッカーが大好きな人など、職業や趣味に関わらず、鹿児島で様々さまざまな活動をしている人たちです。自分の活動や今の悩み、社会に対して感じていることなどを話していて、ゲストが一方的に話すだけでなく、参加したリスナーがゲストたちと交流できる時間も作られていました。

一人一人のストーリーと思いを聞くことで「鹿児島にはおもしろい人たちがこんなにいるのか」と、すごくワクワクして、イベントが終わってからゲストに片っ端から連絡したのを覚えています(笑)。それをきっかけに、鹿児島では次から次へと数珠つなぎのように地域の人たちとつながっていき、そのつながりから取材し放送したものもあります。今では鹿児島に友人も知り合いもできて、孤独を感じることはなくなりました。1つのきっかけで、一気に世界が開けたように感じました。人と人をつなぐ「場」の大切さを心から感じました。そして、私が「場」に救われたように、孤独の中にいた10代・20代の人たちのために、NHKが「場」を作れないかと思いました。

NHKとして何ができるのか考えた

そこで立ち上げたのが「わけもんラボ」です。“わけもん”とは、鹿児島の方言で若い人たちのこと。10代・20代で何かを成し遂げたいときっかけを探している人に対して、同じ目標に向かって活動する仲間を見つけたり、自分がやりたいことを後押ししてくれる人と出会えたりできる「場」を提供しようと思いました。

画像 わけもんラボ 企画内容

わけもんラボを立ち上げるときに決めたのは「参加者たちで何をするのか決める」という点です。これは私のこだわりです。

何度もいろんな人に「プロジェクトのゴールをしっかり決めておかないと参加した人たちが何をしたらいいか迷う」「これでは放送やロケのめどがたたない」などなど言われました。いや、本当におっしゃる通りなんです。

でも私が掲げた目標は、参加してくれた一人一人が社会や地域とのつながりを作って、さらに多くの人をつなげる存在になってくれることです。参加者には主体的に自分たちで何がしたいか考えて行動してほしいと思いました。テレビの企画としてキレイなゴールを目指すのではなく、参加者が自分自身や地域と真剣に向き合って考え抜き生まれたものを大事にしたい。そうして放送では彼らのリアルな声や姿を伝えたいと思いました。わけもんラボでの新たなつながりや参加者が踏み出した一歩が鹿児島の未来を動かすきっかけとなったらいいなあ…と。それを全力でサポートしたいと思いました。

プロジェクト進行中!

放送やHPで「わけもんラボ」への参加を呼び掛けたところ、およそ20人が集まってくれました。
鹿児島の大学生や社会人、鹿児島出身で県外にいる人など29歳以下の様々な立場の人が集まっています。「学生生活で何もできていないからここで何か挑戦したい」という大学生もいれば、「自分たちの手で鹿児島を変えたい」という社会人、「会社や学校以外で人とのつながりを作りたい」という人など、それぞれの思いを持って参加しています。

そのおよそ20人が自分たちで考えたテーマに沿って6つのチームに分かれて活動中です。外国人の防災に取り組むチームや、鹿児島に長期インターンの風土を根付かせようと奮闘するチーム、鹿児島の伝統産業である焼酎のイメージを変えようとするチームなどテーマはさまざまです。

画像 話し合うメンバーたち

例えば大学1年生のそうたさんは海外に興味があり、大学でも留学生の受け入れサポートをするなど、普段から留学生との関わりがあります。テーマとして決めたのは、「外国人の防災」。熊本地震のあとで留学生が熊本地震の経験を後の留学生に引き継ぐプロジェクトの話を聞いたことがきっかけで、外国から来た人には情報がしっかり届いているのか、大きな災害が起こったときには、日本の災害に慣れていない外国人が真っ先に被害を受けてしまうのではないかと思い今回のテーマを選んだそうです。

画像リンク 鹿児島在住の外国人向けに災害の基礎情報を伝える

NHKとしては、①ネットワーク ②発信力 ③推進力の3つの力を発揮して参加者をサポートしようと考えました。

① ネットワーク:まず、「ある人に会いたい」となったときに、「NHKの企画」というのをきっかけにして会いにいく機会ができたり、NHKが今まで放送や取材でつながった人脈を生かしてもらったりすることもできます。

このチームは、外国人の防災を考えるうえで、「自分たちに何ができるか」を考えるところからのスタートでした。チームで話し合い、自分たちだけではニーズがわからず、まずは災害を経験した留学生や技能実習生、あるいはその人たちを支援していた人の話を聞きたいということになりました。

私が以前、東日本大震災の取材をしていたこともあり、そのつてをたどって話を聞けそうな人を探しました。そこから東日本大震災のときに、福島県内のALT=外国語指導助手の人たちの避難や支援などを行っていた福島大学准教授のマクマイケルさんにつながり、チームの2人と話す場をセッティングしました。マクマイケルさんとの話では、外国人は日本人がもともと経験や知識として持っている「ストック情報」(例えば「大きな災害が起きたら学校などの避難所に逃げる」といったことなど)が足りないのでその情報を知ってもらうことなど、どんなことが外国人の防災に必要かを話してくれました。

画像 オンライン会議の様子
左上:チームメンバー あやちさん         右上:福島大学准教授 マクマイケルさん   左下:チームメンバー そうたさん                       右下:筆者

ただ都道府県によって状況も違いますし、鹿児島には火山の噴火や水害も多いので、やはり鹿児島に住んでいる外国出身の人たちから直接ニーズを探りたいということになりました。そこで鹿児島市の国際交流センターに連絡を取って、鹿児島の外国人の皆さんにヒアリングをする段取りをつけました。いまはオンラインでの通話や会話に慣れているおかげもあって、県内外かかわらず、チームのメンバーが話を聞きたいと思った人を一緒に考えて、探して、つなぐ役割をしています。

②発信力:これはやはりチームの活動を放送で広く伝えることができますし、多くの人に参加者の活動を知ってもらうことができます。それだけでなく、このチームで言えば、国や地域によって災害の経験や知識が違い、日本人にとって当たり前の情報が当たり前でないことなど、その「場」に最初から関わることで、ニュースだけでは届けられなかった様々なリアルな声を視聴者に発信することができているのもわけもんラボを始めて気が付きました。

③推進力:「防災情報を伝えるうえでどこから役に立つ情報を引っ張ってきたらいいか」といったチームメンバーの悩みには、NHKや気象庁のページなど参考になるページを紹介したりしました。ふだんから情報を扱う職業だからこそ、情報源をどうするかということや、正確な情報にこだわった活動ができていると感じます。またNHKの職員がチームごとについて活動スケジュールを見直したり、議論を活性化させたりすることで、プロジェクトが停滞せず進んでいるとも感じました。

基本的には参加者たちがNHKの企画を「きっかけ」としてうまく使って自分たちで主体的に動いていて、私たちNHKがサポートしたのはスタートの部分くらいです!地元をもっとよくしたい、というチームメンバーの取り組み、こちらでぜひご覧ください。

おわりに。

わけもんラボが始まって3か月以上がたち、社会人と学生といった普段は交わらなかった人たちがわけもんラボを通してつながっていく様子や、参加者と地域の人がつながっていく過程を見てきました。NHK、そして私自身が放送だけでなく地域に直接関わって少しでも人と人をつなぐ懸け橋になれたのかな…と感じる瞬間があってすごくうれしいです!

今回わけもんラボをやってみて、始めたころは放送だけでいいのかってモヤモヤしてたんですけど、実はやってみて「放送」の大切さを再認識したんですよね。参加者や、地域の人たちが社会で感じているリアルな声やそれぞれの経験からくる考えって、私もそばでカメラ回しながらすっっごく勉強になることばかりなんですよ。それこそ国籍によって災害の経験も知識も違うことなんてよく考えたら当たり前なのに「外国人」っていうひとくくりで考えてしまっていた自分に大反省しましたし、地域おこし協力隊の人たちが話していた「まず自分たちがその土地で楽しく過ごすことでその地域に活気が出る」とか、その人たちが話してくれなかったら気が付かなかったことばかりでした。そうして参加者や私が見聞きしたことを、放送があることで、参加者だけでなくさらに多くの人に届けられるのって、すっごい地域サービスだなと。いや、毎日そういうことを番組の中で伝えているし放送しているんですけど、私はそのことに改めて回りまわって気が付いたというか。目の前の参加者に対して直接サポートをしつつ、放送にすることで、画面の向こうの人たちにも気づきとなる情報を届けることができるのは放送局だからこそできる地域貢献のアプローチだなと実感しています。

今回は私が立ち上げて、鹿児島中のいろんな人にアドバイスをもらいながら試行錯誤してやっています。でも「チーム形成をもっと時間をじっくりかけてやればよかった」とか「もっとチームメンバーが集まれる場をセッティングすればよかった」などなど足りない部分が多くて反省点ばかりです。伸びしろがたくさんあるプロジェクトですので、もしこれを見て協力してもいいよって人は、ぜひ教えてください…!NHKの局内の皆さんもお待ちしてます!(笑)

▼活動報告など、わけもんラボの最新情報はこちらから▼

アナウンサー 齋藤 湧希

画像 執筆者へのメッセージはこちら

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